05
「実は志朗に頼まれて、文坂さんたちを迎えにきたんですが……」
「はぁ?」
気の抜けた声しか出なかった。何で志朗さんがおれたちを呼ぶんだ? ていうか、まずどうしてここにいることがわかったのだろう。
その疑問が顔に出ていたのだろうか、それともどっちみち聞かれるだろうと思っていたのか。黒木さんはちょっと眉をひそめて言った。
「その、おかしなことを言うと思われるかもしれないんですが、文坂さんたちはこの辺りにいるだろうと志朗に言われたもので……とにかく俺にはちょっと説明が難しいことになってるので、一旦いらしていただけると助かります。遠いんですが……ちょっとすみません」
黒木さんはコートのポケットからスマートフォンを取り出して顔に当てた。全身が大きいから、スマホがめちゃくちゃ小さく見える。
「もしもし、黒木です。文坂さんたち見つけました……今から来てもらえませんか?」
最後の言葉はおれたちに向けたものだった。おれよりも先に晴が、
「きっちゃんどうする!?」
と嬉しそうな声を出した。どうも黒木さんのことを気に入っているらしい。
「深夜になるとまずいかもしれないんですが……」
時間のことが気になって言うと、
「泊まる場所なら何とかするそうです」
と黒木さんが答える。まじで?
相変わらずどうしてそんなことになっているのか一切わからないが、何にせよ現時点で断る理由が見当たらない。結局二つ返事で黒木さんについていくことにした。
現金なもので、行くアテができると途端に体が動くようになった。黒木さんが乗ってきた銀色のミニバンを追いかけながら、おれたちは移動を始めた。
運転しながら、そういえばまだ志朗さんは怒ってるのかな、とふと思った。どうして彼が怒ってるのかも謎のままだが、まぁこれから会うのだ。今気にしていたって仕方がない。
「よかったねぇ、きっちゃん」
晴が無邪気に言った。「くろきさん、つよそうだもんね!」
どうやら小学生男子の琴線に触れていたらしい。まぁ、強そうではある。
結論から言うと、おれたちが県境を越えて事務所にたどり着いたとき、志朗さんはまだ全然怒っていた。
というか怒って当然のことになっていた。まず腕を組んでソファに座ったままの志朗さんの前で、ガラス天板の洒落たローテーブルがひっくり返っている。天板が割れているので元に戻しても使い物にはならないだろう。おまけに志朗さんと向かい合っている側の二人がけのソファが、誰も座っていないのにガタガタと振動している。部屋の入口に立って目を疑っていると、音で気づいたらしい志朗さんがこちらに顔を向け、「ご足労いただいてすみません」と頭を下げた。その途端、ソファがぴたりと動かなくなった。
何が起きてるんだ?
「ボクもあれこれ決めかねてるんですが、とりあえず座ってもらっていいですか?」
志朗さんが今しがたまで動いていたソファを勧めてくる。
「えっ、これすか」
「大丈夫だと思うんで、どうぞ」
促されたので、さっきまで暴れていたソファに晴と並んで腰かけた。普通のソファだ。もう動いていない。何だこれ。
「えーと、何から説明したらええんじゃ……とにかく文坂さん、晴くんも無事で何よりです。突然ですけど、この部屋の中にボク以外の誰かがいるの、わかります?」
黒木さんは部屋に入らず廊下の奥の方に行ったから、ここにはおれと晴と志朗さんしかいない。何の話をしているんだ……? と、晴が突然「あくつちゃん?」と言った。
「阿久津さん?」とおれが言うのと、「正解」と志朗さんが言うのがほぼ同時だった。
「文坂さんたちと阿久津さん、どういう関係か知りませんけど、とにかく彼女、今ボクに憑いとるみたいです。正直めちゃくちゃ困ってます」
そう言って志朗さんは、ひっくり返ったテーブルの端っこをスリッパの爪先で踏んだ。
「あの、阿久津さんは死んでます……よね……?」
「ですね。あの人ボクを呪って、呪い返しで死んでます。で、ボクんとこに来てる。いやこれマジで、こんな面倒なん今まで会うたことないわ……」
そう言って、志朗さんは深いため息をついた。
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