14
その後本家全体をぐるりと回ったが、志朗さんの「自分にできることはないと思う」という意見は変わらなかった。まだまだ空は明るかったが、わたしたちは結局早々に外に出て、元の家へと戻った。
車からわたしと父を降ろすと、志朗さんたちはもう帰るという。
「本当に本家の子らを探すしかないんでしょうか」
父が尋ねると、
「それが一番確実じゃないかと思います」
と志朗さんは言った。その声がひどく掠れている。本家に行く前ははっきりした明るいトーンの声だったのに、まるで別人のようだった。
父は眉をしかめていたが、「わかりました」と答えた。
「いつかこうなるて思うとりました。自分の代に来てしもたのが残念や」
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「志朗さんに怒っても仕方ないわ。早う帰ってください。やらんならんことが山積みやさかい」
そう言うとくるりと踵を返し、お礼も何も言わずに家に向かう。父にしては珍しく態度が悪いと驚いていると、父は玄関先で一度振り向き、「実花子、おいで」と大きな声でわたしを呼んだ。そのとき、なぜかわからないけれど胸がぎゅっと痛んだ。
慌てて父のところに行く直前、一度だけ道路の方を振り返った。いつの間にかミニバンは走り出し、その後ろ姿はどんどん小さくなっていった。
家に入ると、玄関に見覚えのある靴があった。上京しているはずの兄のものだ。
「おお、
父の声が聞こえたらしい。居間の入り口が開いて、ひさしぶりに見る兄が顔を出した。
「予定詰めて何とか来たわ。父さん、本家の方大丈夫か?」
「大丈夫やない。おい、母さん」
父はキッチンにいた母を呼ぶと、突然こう言った。「離婚しよう。樹生と実花子連れて出てってくれ」
「は?」
わたしと兄は異口同音に言った。母は父の顔をじっと見つめると、冗談かと思ったのだろうか、ふっと軽く笑った。
「連れて出てけって言ってもねぇ、樹生も実花子ももう大人よ。親権も何もないわ」
「法的なことなんかバケモンにわかるもんかね。ここでおれが追い出しゃそういうことになるさかい。いいか、お前たちはもう文坂を名乗るな。日があるうちに出ていけ」
母は途端に真面目な顔つきになった。わたしは慌てて口を挟んだ。
「ちょっと、急にそんなこと言われたって困るよ……ねぇお父さん、ほんと何言ってんの?」
父がおかしくなったのだと思った。母もさぞ困惑しているだろうと思った。でも母は何でもわかっているという風にうなずいて、「わかりました」と答えた。
「出て行きます。あたしたちはもう文坂の人間じゃない。他人です」
「そうしてくれ。離婚届は書いてあんたの実家に送るさかい」
父はそう言うと声を詰まらせ、どすどすと焦ったように居間を出て行った。母は押し黙って祈るように両手を組み合わせていたが、意を決したようにわたしの方を振り向いた。
「実花子、必要なものだけすぐにまとめておいで。日が暮れる前にこんな家出て行くから」
それからわたしと同じように固まっている兄の方を向き、「樹生もさっさと東京に戻りな。どうしても要るものがあったら今持ってくようにして」と言い捨てた。
兄はじっと唇を噛んでいたが、ようやくうなずいた。
「……なんとなくわかった。了解。オレになんかありそうやったら言うわ」
「そうね。もし駄目そうやったら、
母は兄の彼女の名前を出してそう言った。二回ほど家に来て、もうほとんど婚約者みたいな扱いになっているひとだ。
「わかった」
兄はもう一度、深くうなずいた。
本だけいくつか持ってく、と言って兄は自室の方に消えた。母に急き立てられるまで、わたしはぼんやりと立ち尽くしていた。
ほんの昨日まで、この家で寝起きして、食事をとり、当たり前のように家族と過ごしていたはずだった。何が起こりつつあるのかうっすらと理解し始めつつ、突然何もかもが変わってしまったことを受け入れられないまま、わたしは母の助けを借りて荷物をまとめ、追い立てられるように家を出た。玄関を出る際、母は振り返って叫んだ。
「もう今日から他人や! 樹生も実花子もあたしが連れてくからね! 今日からあたしら三人とも文坂やないからね!」
「おう、出てけ出てけ! 二度と戻ってくんな!」
家の奥から父の怒鳴り声が聞こえた。
わたしと母は表に出た。母の車も停まってはいるが、母はわたしの自動車に荷物を積んだ。
「ごめん、実花子、運転して。とてもできない」
そう言って盛大に鼻をすすった。母の両目から涙がぼろぼろ流れた。
わたしはまだ混乱していたけれど、これ以上色々考えないことに決めた。そうしないとわたしまで涙が止まらなくなって、日暮れまでに家を出ることができなくなりそうだった。
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