15
母の実家は同じ県内の別の市にあり、わたしと母はとりあえずそこに身を寄せることになった。
車もあるし大学への通学は可能だけど、それどころじゃないかもしれない――色々なことが頭に浮かんだけれど、まとまった考えはひとつもなかった。とにかく混乱した頭で事故を起こさないように注意しながら車を走らせた。
母もわたしもほとんど話さなかったが、一度だけ母が「ごめんね」と言った。わたしは「しょうがないよ」と答えた。
わたしは文坂という家の事情をほとんど知らない。夜になると何かが山から下りてきて本家の周りを回ること、それから本家の当主は長男が七歳になるとまもなく死ぬということ。これくらいだ。父や母は――もしかしたら兄も――もう少し何か知っているのだろうと思うけれど、まだわたしには教えてくれない。だから何が「しょうがない」のかわたし自身わかっていないのだけど、でも口から自然と出てきた言葉はそれだった。
車中で母の実家に電話をしたため、そちらに着くとすぐ伯母が迎えてくれた。母にとっては義理の姉にあたるひとだ。
「ちょっと葉子ちゃん、どうしたの!? 旦那さんと何かあった!?」
他県から来た伯母は、文坂家の云々といった事情を知らない。親切だけど早とちりをしがちな彼女は、きっと「夫婦間で揉め事があって、なぜか義妹が追い出された」と思っているのだろう。心配というよりはほとんど怒りに近いような声を上げながら出迎えてくれた。父に何かしらの冤罪がかけられている気がするけれど、どう釈明したらいいのかよくわからない。
「ごめんね義姉さん、ちょっと寄らせてもらいます」
「いいのいいの! 実花ちゃんも一緒ね! とにかく寒いから中入んなさい!」
相変わらず声が大きい。でもそのチャキチャキした立ち振る舞いと丸い背中が今は頼もしく見えて、わたしは緊張が抜けていくのを感じた。
母方の実家には、私の祖父母と伯父夫婦が住んでいる。三人のいとこたちは全員独立して家を出ている。
「じいさんばあさんばっかりの家だから、葉子ちゃんたちが来てくれると賑やかでいいわねぇ! 実花ちゃんもこんな美人になって!」
伯母はわたしたちを炬燵に入れ、「おミカン好きに食べてね!」と言い置くと廊下にばたばたと飛び出していった。「おじーちゃん! おばーちゃん! 葉子ちゃんと実花ちゃんが来たわよ!」と大声で呼びかけている。
「伯母さん、相変わらず元気だねぇ」
わたしが呟くと、母も「そうねぇ」と言って少し笑った。
廊下からのんびりとした足音が近づいてきた。ドアを開けて入ってきたのは祖父だった。もう高齢だけどなかなかお洒落なおじいさんで、えんじ色のセーターがよく似合う。
「葉子、おかえり」
「ただいま、お父さん」
「昭くんから電話があったちゃ。葉子にすまんと伝えてくれって」
よいしょ、と言いながら祖父が専用の籐椅子に腰を下ろした。
「いつかこうなるて思うとったちゃ。昭くんがいくらいい人でも、文坂の家の人やさかい。あの辺ちゃ昔から人が住むとこでないさかい」
どういうこと、と聞きかけたけれど、祖父も母もひどく沈痛そうな顔をしていて聞きそびれた。そのとき、聞きたがりのわたしを抑えて「後で教えてやるさかい」とため息をつく父の顔が思い浮かんだ。
急に涙がこみあげてきた。わたしは両手で顔を覆った。
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