04
「泊まってくの? マジで?」
と、わたしを心配しているらしい聖くんを、とりあえず元いた部屋に戻すことにした。「病人は寝てな」と言いながら押した肩がずいぶん骨ばっていて、聖くん痩せたな、と思った。
「聖くんの部屋ここだっけ?」
「うん」
襖を開けたとき、部屋の中が目に入って思わずどきっとした。
ものが少な過ぎる。机と布団だけがぱっと目に入る感じで、あとは壁にコートがかけてあるけど、同じ年頃の男の子の部屋というよりはなんだか独房みたいだった。
何年か前まではこんな感じじゃなかった。ちゃんと中身の入った本棚とか、据え置き型のゲーム機とテレビとかギターとか、生活必需品ではない色んなものがあったはずだ。聖くん自身、そんなに賑やかな方ではないにせよ、もっと明るくて表情豊かだった。
「聖くん、大丈夫?」
「寝てれば治るよ」
「風邪じゃなくてさ、なんか……悩みとかない?」
聖くんはわたしの顔をじっと見て、「ないよ」と答えた。襖が閉まった。
聖くんはわたしの一歳下で、同じ高校に通っていた。わりと整ったかわいい顔をしていて、「従弟だよ」と紹介すると「いいなぁ」と言われるような子だった。正直ちょっと自慢だったし、ちょっぴり彼女気取りでもあった。
わたしには兄がひとりいるけれど、高校を卒業した後早々に東京に出て就職し、彼女も作って、はっきりは言わないけれど向こうに永住したがっているように思える。その場合分家はわたしがお婿さんをとって継ぐことになるが、亡くなった祖父母は「本家から聖くんに来てもらったらいい」などとよく言っていたものだ。
そこまでするような家柄とは思えない。だいたい聖くんやわたしにだってそれぞれ意志や好みというものがあって――とは思うものの、それは決して嫌な未来予想図ではなかった。口に出したことはないけれど。
でも、今の聖くんは外見は大体そのまま、でも中身はどんどんスカスカになっているような気がして、少し怖い。
閉じた襖の向こうに声をかけようか迷ったけれど、結局無言で踵を返した。寝てなと言った相手にしつこく食い下がるのはおかしいし、あれこれ口を出すと聖くんに嫌われそうだと思った。
空美さんにも一声かけていこうか、でも風邪が重そうだしどこにいるかわからないしと悩みながら歩いていたら、突然後ろから「実花ちゃん」と声をかけられて飛び上がりそうになった。
護さんだった。相変わらず仏像みたいにニコニコしてるな、と思った。うまく言えないけれど当たり前の笑顔じゃなくて、どこか人間らしさを欠いている。護さんだけじゃなく、文坂家の長男はいずれみんなこうなるのだと昔から聞いていた。護さんのお父さんもこんな感じだったそうだけど、「それにしたって護さんは早い」と皆が口を揃える。
「さっき晴に聞いたけど、泊まってってくれるんだって?」
護さんの声は静かでどこまでも落ち着いている。「ああ、ハイ」と答えるわたしの声が妙に甲高く滑稽に聞こえる。昔は護さんに敬語なんか使っていなかったはずなのに、今はそうしてしまう。彼のことがものすごく遠い存在に思えて、どうしてもそうなってしまうのだ。
「助かるよ。晴をかまってくれる人がいるといないとじゃ大違いだから。空美は二階で寝てるから、俺からひとこと言っとくね」
「それならよかったです……けど……」
急に護さんの顔が変わったので、ぎょっとして言葉が飛んだ。護さんの口角が吊り上がっていく。仏像のように静かだった顔が、急にピエロのような狂気を帯び始める。
「見たい?」
と、護さんが言った。
「はっ、はい?」
「山からくるやつ、見たいんでしょ」
誰にも言ったことがなかった好奇心の真ん中を射られて、わたしはとっさに声が出なかった。護さんの笑顔はまた元の仏様に戻り、「でも見るだけだよ」と静かな声で続けた。
「話しかけたり、窓開けたりしたら駄目だよ」
そしてくるりと振り返り、廊下をすたすたと歩いていってしまった。
わたしは逃げるように居間へと戻った。
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