19
阿久津さんはなかなか帰ってこなかった。また一日留守にするつもりなのかもしれない。
何かしなければと思いながら、いざとなると何をしていいのかわからない。ねえさんを探しにいく? どこへ? ここから移動? おそらく意味がない。晴に「夜に何話してた?」と聞いてみたが、「おぼえてない」としか返ってこなかった。したがって手がかりが増えたわけでもない。
やることがなかったせいだろう、おれは夢のことが気になって仕方がなくなってきた。気になりすぎて、とうとうトイレのついでに二階に上がってみた。
階段を上り切ると廊下があり、ふたつの引き戸とトイレらしきドアが並んでいる。それが目に入った瞬間ゾッとした。あまりにも夢の中の光景と似ていたのだ。やっぱり普通の夢ではなかったらしい。
もう全部確かめなくては、という気持ちになって、おれは奥の引き戸にそっと手をかけ、横に引いた。
硬い手応えがあって、戸は開かなかった。鍵がかかっていたのだ。思わず深い吐息が口からこぼれた。
落胆しながらもどこかほっとしていた。やっぱり中を確認するのは怖ろしかった。それでもまだ好奇心の方が勝って、おれはこわごわ引き戸に耳を当ててみた。何の音も聞こえなかった。
もうひとつの引き戸は鍵がかかっていなかった。ちょっと覗くとそこは洋間で、白と水色を基調にした部屋にベッドやクローゼット、ドレッサーなんかが置かれていた。いかにも女性の部屋という感じだ。ドアの方は思っていた通りトイレだった。家探しをしたことがばれるとまずいので探索はこの辺にして、そっと下に戻った。
そのうち昼になったので、悪いと思いつつも「自由に食べていいから」といった阿久津さんの言葉に甘えて、冷蔵庫の中のもので適当に卵焼きだの野菜炒めだのを作り、米も勝手に炊いた。晴とふたりで居間のテーブルに並べ、昼食をとった。もしかすると、ふたりぼっちで食事をするのはこれが初めてかもしれない、と思った。
おれと晴しかいない家の中は、ずいぶん静かだった。外は晴れており、ガラス越しに明るい日差しが入ってくる。それでもおれたちの間に漂う空気はなんとなく暗かった。おれも、たぶん晴も、ねえさんのことを考えていた。
昼食を終えるとまたやることがなくなり、何もしていないと嫌なことばかり考えてしまう。おれは晴と延々トランプやオセロをやって過ごしたが、ふたりでババ抜きやダウトをやってもあまり面白くないし、オセロは小学一年の晴よりもおれの方がさすがに強い。かなり手加減しながらの試合運びとなり、これはこれでなかなか疲れる。
午後二時すぎ、晴は「なんかねむい」と言って昼寝を始めた。夜のためにおれも寝ておいた方がいいだろうと思って横になったが、なかなか寝つけない。阿久津さんは何をやってるんだろうと思ってスマートフォンを見たが、特にメッセージなどはなかった。代わりにニュースアプリの通知が届いていた。
(そういえば世間で何が起こってるとか全然わかってないな)
初めてそんなことに気づいた。一昨日の夜から晴のことばかりで、ニュースの類をまるで見ていない。
通知を開いた。同じ県内で不審死を遂げた人がいるらしい。ぱっと見て閉じるつもりだったが、ふと名前が目に止まった。
「御厨佳寿子」。
見覚えがある字面だ。でもたぶん親しく呼びかけるような相手ではない。著名人のたぐいでもなさそうだ。
なんでもその人は今日の午前、自宅マンションのベランダから飛び降りて亡くなったという。警察は事故と自殺ふたつの観点から捜査をしているらしい。御厨。なかなか見かけない名字だ。県内、みくりや――
「あっ」
思わず声が出た。見覚えがあるのは当然だ。ねえさんが作った霊能力者のリストに載っていた名前だった。
一度思い出すとスルスルと記憶が繋がってきた。確か六十代くらいのおばさんで、年季の入ったマンションに住んでいた。作務衣みたいな服を着ていて、結構拝み屋さんっぽい雰囲気だったけれど、結局「あたしにはどうにもできない」と半ば追い払われるように断られてしまったっけ。あの人だ。
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