20
ざわざわと背中の皮膚が泡立つような感覚があった。気がつくとおれはスマートフォンを握りしめていた。
なにか大変なことが起こっている、という気がした。もちろんなんの根拠もない。たまたまあのリストに載っていた人間が亡くなったというだけのことで、でもなにかしら関係があるかのように思えて仕方がなかった。
リストに載っていた十一人。
おれたちと関わったために、彼らのところに「何か」が向かったのだとしたら――そう思うといても立ってもいられなくなった。
彼らの安否が知りたい。
リストは阿久津さんに預けっぱなしだ。御厨さんと阿久津さんの他に、どんな名前が載っていただろう――と考えて、ようやく何人かの電話番号をスマートフォンに登録しているということに気づいた。今まで気づかなかったなんてどうかしている。
(今更連絡とると嫌な顔しそうな人もいるけど……まぁいいや。とにかくかけてみるか)
で、どんどんかけていった。
さいわい、無事に電話に出てくれる人の方が多い。ただ売り込みがしつこい相手もいるので、安否が確認できたら「お忙しいところすみません! では!」と言ってすぐに電話を切ることにした。一ヵ所に長くかまっている場合ではない。
御厨さんの番号も登録されていた。念のためにかけたが応答はなかった。もう一ヵ所、留守番電話サービスにつながったところがあった。確か静岡県在住の四十代の男性で、やはり「うちでは無理です」と言われてしまった相手だ。連絡がほしい旨を伝えて電話を切った。直近で会った志朗さんの番号にもかけたが、応答はなかった。
一通り電話をかけ終え、一歩も動いていないのになぜかどっと疲れてため息をついた。そのとき、ピンポンという呑気な音が家中に響き渡った。
玄関のチャイムだ。
ぎょっとして閉ざされている襖へ、それから窓の方へと目をやった。
ピンポン、ともう一度チャイムが鳴る。その後から「おーい。開けてー」という声が聞こえてきた。阿久津さんだ。ガタガタ、と引き戸を叩く音も聞こえる。
ほっとした。阿久津さんもいい加減得体が知れなくなってきたが、山からの「何か」よりはよっぽどましだ。眠っていても音が聞こえたのか、晴が「むー」と声をあげて寝返りを打った。
おれは部屋を出て、玄関の鍵を開けに向かった。その際部屋の前に置かれた盛り塩を見たが、まだ真っ白できれいな円錐形を保っていた。
「ごめんごめん! 鍵落としちゃったの」
「えっ、大丈夫すかそれ」
山の何かとか色々抜きで、普通に防犯面でまずいと思う。阿久津さんはにこっと笑って「明日鍵屋さんに来てもらうね。もう電話したから」と言った。
「はぁ。阿久津さん、どこ行ってたんすか?」
「ん? えーとね、富士山の近く」
「富士山?」
「それから名古屋でしょ……あっ、お昼作ってくれたの? ごめんね、用意してかなくって」
「いや、こっちこそすみません。勝手に色々使っちゃいました」
「いいのいいの! 聖くん、自炊できるんだ。いいお婿さんになるね」
「はは……」
自分の結婚とか全然想像できないな――とは思ったが、阿久津さんに言ったら「そんなことないよー」と言われるだけだろうから黙っていた。
「あっ、あくつちゃん! おかえりー」
晴が部屋から出てきて、阿久津さんに飛びついた。やっぱり晴は彼女のことが好きなのだ。なるべく阿久津さんを疑ったりしたくないな、と思ってしまう。いずれその必要が出てくるにしても、晴の前ではやりたくない。
「あくつちゃん、おかあさんいた?」
「ん? ああ、ごめんね。私、晴ちゃんのお母さん見つけられないんだ」
「んー……」
「ごめんね」と言って、阿久津さんは晴を抱きしめた。「でも、晴ちゃんのこと助けてくれそうな人は見つけてくるから。大丈夫だからね」
「たすけてくれるの? どうやって?」
「うーん、それは私にはわかんないかな」
「どうやったらたすけたになる?」
阿久津さんの唇が「どう」と言って止まった。おれも少しどきっとしてしまった。確かに、改めて聞かれると戸惑ってしまう。
「――えーとね、夜に怖いのが来なくなったらかな」
「こわいの……」
晴は俯いて口をもごもごさせている。
そのとき、おれのスマートフォンが振動した。さっき留守電を残した番号からだ。おれはそっと座敷に戻って電話に出た。
「もしもし」
『もしもし、お電話くださった文坂さんですか?』
男性の声が聞こえた。
「そうです。あの……」
『この携帯の持ち主でしたら、すみません。本日亡くなりました。自分は親族の者で――』
自分の体内で血の気が引く音がした。
あまり親しい仲ではなかったのだろうか、男性は迷惑そうな口調で鉄道事故が云々と話す。それに何と応えて電話を切ったのか、よく覚えていない。
リストに載っていた十一人。すでに二人が死んでいる。
そのとき、襖の向こうから「きゃっ」という高い声がした。晴が「あくつちゃん!」と叫んだ。
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