15
突然目が覚めた。
最初に目に入ったのは天井と常夜灯のオレンジの光だった。寝る前に見た、阿久津さんの家の座敷と同じものだ。眠っていたはずなのに、心臓が全力疾走した直後みたいに脈打っていた。顔に手を当てると、寝汗をびっしょりとかいていることがわかった。頭の芯が痛い。
常夜灯を眺めているうちに、どうやら本当に目が覚めたらしいという感じがしてきた。心臓の動悸も緩やかになってくる。
(今の夢は何だったんだ。ただの夢だった気がしない)
どの程度現実とリンクしているのかはわからない。ただなんとなく「何ものかによって見せられた」という気がした。おれは両手で顔を覆い、深くため息をついた。そのとき、ようやく微かな音がするのに気づいた。
声だ。こしょこしょという微かな声が部屋の中を漂っている。
おれは布団の中で首を動かして、声が聞こえてくる方向――窓の方を見た。
晴が窓辺に立っていた。外に向かって何か話しかけているようだった。どんな顔をしているのかはわからないが、怖がっている風ではない。むしろ楽しそうだった。
その姿を見たとき、おれは強烈な既視感に見舞われた。
(兄さん)
子供の頃、真夜中に目が覚めたことがある。確かトイレに行きたくなったのだと思う。ひどく寒い夜だった気がする。おそるおそる廊下に出て用事を済ませ、部屋に戻る途中でひそひそ声を聞いた。兄が寝室にしている部屋からだった。気になってそっと襖を開け、片目をくっつけて中を覗き込んだ。
兄が窓辺に立っていた。外にいる誰かと話をしているように見えた。見慣れたはずの兄が昼間とは別人のようで、それに「外に誰かがいる」と思ったことが怖くなって、おれは慌てて寝室に戻った。次の朝、兄の顔を見るのが怖かった。
兄は五つ下のおれにいつだって優しくて、勉強もスポーツも何でもできて、友達もたくさんいて人気者で、見た目も結構かっこよくて、誰も兄のことを悪く言う人なんかいなくて、でもおれはずっと兄のことを、心のどこかで怖がっていた。兄は普通の人間だったはずなのに、だんだん人間ではないものに――山から来るものに近くなっていくような気がした。
(聖くん、大きくなったなぁ。兄ちゃんによく似てるわ)
おれが成長すると、親戚や近所の人たちからそう言われるようになった。悪い意味ではないとわかっている。むしろ褒めているつもりだっただろう。そもそもおれと兄さんは兄弟なのだから、成長するにしたがって似てきたというのはごく自然なことだ。でもそう言われるのが厭だった。怖かった。おれは兄とは少しも似ていない。おれは普通の人間で、兄とは全然違う。
(でも晴は兄に似ている)
窓辺に立っている晴の姿は、一見するとやっぱりまるで女の子みたいで、兄の子ども時代とは全然違うはずだ。でもそのとき、おれはそう思った。そう思ったことが急に怖ろしくなった。
「晴!」
後先考えずに声をかけた。晴は振り返り、「きっちゃん」と言うとすぐにこちらに駆けよってきた。
「きっちゃん、どうした? こわいゆめ見た?」
晴はそう言いながらおれの頭をなでた。
「晴……今さ、お前窓の外――」
そう言いかけて、おれはようやくあることに気づいた。
ねえさんがいない。
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