14
畳敷きの和室から、毛足の短い絨毯が敷かれた居間の方に一歩踏み出すと、裸足の裏に感じる感触が変わるのがわかった。
かなりリアルだ。「夢の中の自分を俯瞰している自分の存在」がなければ、現実そのものだと思ってしまったかもしれない――そう思うくらい、今見ている夢は現実味を帯びていた。
床板に体重をかけると、ギシッという音がやけに大きく響いた。おれはとっさに(静かにしなければ)と思った。よく考えればそこまで神経質になる必要はないはずなのに、なぜかこの時はそう思ったのだ。
(阿久津さん、いないな)
この家は二階建てだ。阿久津さんの私室は二階にあるのかもしれない。おれたちは今まで一階にしかお邪魔したことがない。
急に(夢の中で二階に行ったらどうなるんだろう)という好奇心が芽生えた。現実には見たことのない室内を、おれの夢はどんな風に作り出してくれるんだろうか? とはいえこれだけリアルだと、たとえ自分の夢だとわかっていても、勝手にあちこち見て回るのは悪いな、と思った。
(阿久津さんはいないんだろうか)
暗い居間の中をゆっくりと通り過ぎながら、おれは一応辺りを見回した。阿久津さんも、晴もねえさんもやっぱり姿が見えない。外からも怪しい音はしなかった。そのことにおれは少なからずほっとした。遠からずこの家まで追いつかれるかもしれないが、とにかく今はまだ大丈夫らしい。
夢の中のおれは、俯瞰で見ているおれの意思を無視して居間を出る。足の裏が、今度は急に冷たくなった。板張りの廊下に出たのだ。ここにもやはり人の気配はなく、洗面所やトイレの明かりも点いていない。玄関はきちんと施錠され、三和土には女物のパンプスが一足あるだけだ。阿久津さんのものだろう。
辺りを見回した後、夢の中のおれは階段に足をかけた。ギイィと廊下よりも大きな音をたてて軋む。おれはゆっくりと階段を上っていった。
階段を上り切るとまた板張りの廊下に出た。引き戸がふたつと、トイレらしいドアがひとつある。どちらかの引き戸の向こうに阿久津さんがいるのだろうか? もしくはまだ夢に出てきていない晴やねえさんがいるのかもしれない。いくらリアルでも夢の中なのだから、荒唐無稽な光景が広がっている可能性だってある。第一今だって、意味のある予知夢のようなものを見ていると決まったわけじゃないし――などと考えているうちに、夢の中のおれは奥の方の部屋に歩を進め、引き戸に手をかけてほんの少し開いた。
なにかひどく厭なにおいが鼻を襲った。夢の中だというのにその感覚もかなりリアルで、おれは少し気分が悪くなり、口に手を当てて吐き気をこらえた。
(開けたくない)
そう思いながらも、引き戸にかけた手はもう動いていた。細く開いた向こうの部屋は十畳ほどの洋間だった。その部屋の中にいくつかケージが置かれている。室内で犬や猫を飼うときに使うような、四角い金属のケージだ。そのすべてに骨が入っていた。なにか動物のものらしき、小さな骨だった。
「何だこれ……」
思わず小声でつぶやいていた。これは一体何なのだろう? この骨を集めたのは阿久津さんなのか? どうしてこんなことを?
思わず後ずさったとき、腰の辺りに何かがどんと当たった。
「うわっ」
振り返ると阿久津さん――ではなく、晴が立っていた。無邪気な顔でおれを見上げている。そうか、これは夢だった。おれは改めてそう思った。だから二階に来ないはずの晴と、こんなところで鉢合わせたのだ。
「晴、どうした?」
夢の中のおれが、晴の肩に手を置いて尋ねた。
晴は何も答えずにいた。が、急に目を細め、唇を口が裂けそうなほど吊り上げて笑った。
背中を悪寒が通り抜けた。以前夢の中で見たのと同じ異様な笑顔を浮かべたまま、晴の口が動いた。
『どうだったぁ? 夢ぇ』
そのときおれは、恐怖に体をこわばらせながらも、晴の後ろに見えるトイレのドアが細く開いているのに気づいていた。その隙間から誰かの目が覗いていた。
晴が突然げらげらと大声で笑いだし、おれの服を両手でぎゅっと掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます