13

「きっちゃん、ちょっと眠ってみてくれない?」

 暗い部屋の中で、ねえさんが急にそんなことを言いだした。

「なんで? おれまだそんなに眠くないけど」

「まぁ、眠れって言われてすぐは眠れないだろうけど」

 ねえさんはそう言って小さく笑った。

「こないだ、きっちゃんは晴と同じ夢を見たんでしょ? 私、きっちゃんって霊感があると思うの」

 まぁ、心当たりがなくもないのでおれはうなずいた。おれの霊感(?)がアテになるかどうかはわからないが、少なくとも昨日は晴と同じ夢を見たらしい。ねえさんの意図するところが、おれにはわかりかけていた。ねえさんはおれの夢を手掛かりに、なにか情報が得られないかと思っているのだ。

「また都合よく夢を見られればいいけどさ……」

 そう言うと、ねえさんは「やってみないとわからないでしょ」と言った。

「それにたぶん、わたしたちにできることってそれくらいだと思うの」

「うーん……そうだね」

 おれは阿久津さんに用意してもらった布団の中に入った。本当は晴のことを見張っていたかったけれど、起きていたところで所詮おれにを追い払うなんて芸当はできやしないのだ。ねえさんに従った方が賢い、と思った。

「寝られるかなぁ」

「大丈夫じゃないかな。きっちゃん、たぶん自分で思ってる以上に疲れてるもの」

「そうかな」

「そうだよ」

「ねえさん」おれは彼女に呼びかけた。

 初めて会ったときからこのひとのことを「ねえさん」と呼んでいる。まるで昔からずっと一緒に暮らしていたみたいな不思議な安心感が、ねえさんにはあった。おれはねえさんのことが家族として好きだったし、うちがなんの曰く因縁もない普通の家だったらいいのに、とどれだけ思ったかわからない。

「おれからもごめん。ねえさんを文坂家のことに巻き込んじゃって。兄さんとなんか結婚しなきゃ、ねえさんは――」

「やめなよ。きっちゃんは全然悪くないんだから」

 ねえさんは寝ているおれの額を、冷たい掌で撫でた。「それに結婚してなきゃ、晴にもきっちゃんにも会えなかったでしょ」

「――そうか」

 そうだよ、と言いながら、ねえさんの手がおれの目を覆った。

「きっちゃんは優しい子だね」


 晴の寝息を聞きながら目を閉じているうちに、いつしか眠ってしまったらしい。


 気がつくと、布団の中で薄暗い天井を見上げていた。

 阿久津さんの家の和室だ。この天井も布団も、今現実でおれの上にあるものとよく似ている。それでもこれが明晰夢だということは感覚でわかった。それに、隣で晴が寝ていない。ねえさんの姿もない。

 おれはふたりを探そうと体を起こした。おかしなもので、今回のおれは夢の中のおれでありながら、天井の隅のあたりで部屋中を見回している第三者でもあった。夢の中の自分の姿を俯瞰している。奇妙な感覚だった。

 本当に明晰夢を見られるとは思わなかった。驚きはしたが、喜んでもいた。本当に何かしら情報を手に入れられるとしたら、それに越したことはない。

 夢の中のおれは勝手に起き上がり、布団の横に立ってひとつ大きな伸びをする。それから襖に近づいた。「晴を探さなきゃ」と考えているのが、自分のことだから手に取るようにわかる。そういえば阿久津さんも家の中にいるはずだけど、果たして夢に出てくるのだろうか? まぁ、これから確かめればいいか。

 襖の取手に手をかけて横に動かす。すらり、と襖が開いた。おれは居間に顔を出した。

 居間の明かりは消えていた。しんと静まり返って、誰もいなかった。

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