最後の一人

01

「無理ですね」

 リストの最後の男はあっけなくそう言った。

 指定されたマンションの最上階の一室、いっそ殺風景と言っていいほど片付いた六畳ほどの洋室で、おれはばかみたいにポカンと制止した。

 まだ何もしていない。玄関からこの部屋に通されたばかりで、話どころかまだソファに腰かけてすらいないのだ。おれの手を握ったはるも驚いたらしく目をぱちぱちさせていたが、急に澄んだ声で「おにいちゃん目がみえないの?」と尋ねた。

「うん、そう。全然見えません。これは両方とも作りもの」

 男はそう答えて、瞼を開いた両の眼窩の横を指先でとんとんと叩いた。


 実家を飛び出してから、おれはねえさんが作ったリスト――彼女が人づてに集めた「本物の霊能者らしき人物の一覧」を元に、あちこちを駆けまわっていた。

 今、おれの目の前にいる男はそのリストの一番下、つまりおれたちが手がかりを持っている最後のひとりだった。名前は志朗貞明しろう さだあき。それと電話番号、そしてこのマンションの場所だけが、おれが彼について持っている情報のすべてだった。


 霊能者、という先入観をもって見ているからかもしれないが、確かに変わった人物だとは思う。上に見積もってもおそらくまだ三十代前半といったところだろう。仰々しい格好もしていなければ、部屋に祭壇を飾っているわけでもない。本人はごく普通の洋服姿だし、部屋の中にはソファとローテーブルしか置かれていない。

 ただその年齢なのに髪は真っ白で、それを伸ばしてひとつに括っている。別に似合わないわけじゃないが、それがやけに「異質」だという印象をおれに与えた。

 加えて目が見えない。全盲らしい。瞼を開けてこちらを見ている顔をよく見ると、確かに両目とも義眼であることがわかる。見えないはずだが、その顔はおれたちの方をまっすぐに向いている。音でわかるのだろうか? 見えないはずの義眼で見つめられているような、妙な気分だ――などと思っていると、志朗さんはすっと目を閉じた。それだけで顔の印象がずいぶん柔らかくなった。

「あの、まだここに来ただけなんですけど……」

 おれは若干緊張しながらそう言った。晴がおれの手をぎゅっと握りしめた。

「そうですね。無理です」

 志朗さんが答えた。

「まだ話もしてないのに?」

「無理ですね。申し訳ありませんが、お引き取りください」

「いーっ、いやいやいやいや」

 おれは思い切って図々しく出ることにした。晴の手を引っ張って勝手に向かいのソファに座り、「それじゃ困るんですよ」と強引に話しかけながら、ちらりと部屋の角を見た。

 部屋の隅には大柄で強面の男が立っている。おそらくボディーガード的な役割の人物なのだろうが、晴がいるからだろう、強引におれたちを追い出せなくて困っているらしい。小さな子どもがいるから――と遠慮してくれるのは、見かけによらず優しい証拠なのかもしれない。

「志朗さんて、本物の霊能者なんですよね? 相談くらいさせてくださいよ」

「まぁ一応本物のつもりですけど、話を聞いても同じだと思いますよ。無理です。紹介できそうな人間も知りません」

 返答は変わらない。口調こそおっとりしているが、取り付く島もないといった感じだった。

「そこ何とかならないですかね」

「ならないですね。無理です」

 どうしたものか。

 こういう反応をした人が今までなかったわけじゃない。が、何しろ最後の一人なのだ。ここで何もせずに帰ったらねえさんがどう思うか。

 おれは抱えていたナップザックに手を入れて、中身を確かめた。

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