白は日の色
尾八原ジュージ
00
「きっちゃん、きっちゃん起きて」
何度も声をかけられて目を開けると、
「きっちゃん聞いて。
ねえさんは淡々と兄の死を告げた。
ねえさんの顔はおれのような寝ぼけ眼ではない。青ざめた顔で、強い覚悟のすわった目で、おれをじっと見つめている。
とうとうこのときがきたな、と思ったおれの心を透かしてみるように、ねえさんが言う。
「行ってくれるよね、きっちゃん」
おれはうなずく。そうしなければ殺されるかもしれない、というくらい、ねえさんの顔は真剣で切実だった。
急いで身支度を済ませて、おれは部屋を出た。遠からずこの日が来るだろうと思って荷物はあらかじめまとめてあった。白い乗用車にトランクとナップザックを積み込み、後部座席にジュニアシートを取り付ける。
「きっちゃん?」
声をかけられて振り向くと、玄関の引き戸を半分開けて、
「きっちゃん、どっかいくの? おとうさんとおかあさんは?」
おれは晴に駆け寄って、小さな背丈に合わせてかがみ込み、背中をとんとんと叩いてやる。「晴、旅に出ようか」
「たび? かっこいい!」
晴がにっこり笑う。おれは晴の頭を撫でてやって、「急いで着替えてきな」と言う。
家に戻って手早く戸締りを済ませた。その間に晴はパジャマからジャンパースカート、その上に白いダウンジャケットを着こみ、ペンギンの形のリュックサックに大事なものを詰めて持ってくる。
「もうたびに出るの?」
「うん」
「まだちょっとよるだよ」
「大急ぎだから」
何か察するものがあるのだろうか、晴はうなずき、自分からジュニアシートに乗ってきた。おれはシートベルトを締めてやり、エンジンをかける。いつのまにかねえさんが、晴の隣に座っている。
「それじゃ出るよ」
「お願い」
ねえさんが祈るように言った。
おれは車を走らせた。バックミラーに映るおれが生まれ育った実家が、みるみるうちに小さくなっていく。無闇に広くて古くて暗いあの家から、なにか見えないものの手がざわざわと追いかけてくるような気がした。おれは視線を前方に戻す。
あんな家に生まれたくなかった。
「くらいねぇ」
心細げな声で晴が呟く。
「寝てな。まだ眠いだろ」
おれがそう言うと、晴は小さな声で「ねむくない」と答えた。うつむいた肩に黒髪がさらりと垂れた。ねえさんが小さな頭をなでている。
おれは黙ってハンドルを握りなおす。
夜が明けていく。
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