Episode.2 変化
「司くんさぁ......」
「......」
結衣が手に持っている本は、先日とある友人から借りたもの、というより押し付けられたものだった。
お前の性欲を戻してやろうという粋な計らいを拒むのかと断らざるを得なかったので仕方なく持って帰って、隠す場所がほとんど無かったのでベットの下に隠していた。
「いや、ベットの下は安直すぎるでしょ......」
「最初にそこが見えたんだよ仕方がないだろ」
「......こんなの見るんだったら私を使えばいいのに」
「え?」
最後の方は何を言ったか聞き取れなかったが、彼女は、彼女が座っているすぐ側に手をポンと置いて、目でここに座れと訴えかけられた。
俺はそれに従い彼女の隣に座る。
すると突然、彼女が俺の肩を掴んで押し倒した。
「.....結衣?」
「だから、私がいるって言ってんの!こんな本に頼らなくたって良いじゃん!」
そして結衣は制服の上のボタンを3個外して谷間を見せつけてくる。
「ねぇ......だめ?」
結衣は唇を湿らせ頬を赤らめながら恍惚とした表情を魅せる。そして彼女の肩に掛かっていた髪の毛が俺の頬をくすぐる。
美少女だと思う。彼女は。
学校でも1位2位を争う容姿で、何度も告白を受けているらしい。振られた人は山ほどいる。よく発達した身体、そして締まるところはしっかり締まっている。そんな女子が目の前に迫ってきている。
一線を越えようとしてくる。
健全な高校生なら三大欲求とまで呼ばれる性欲に勝てないだろう。
だが俺は彼女を止めた。
「ごめん、無理」
「......なんで?」
「俺とお前は高校生だから」
俺は彼女にそう告げて、身体を起こした。
したい。
俺の心の中にはあったと思う。人間だからそうなるのも当然だ。
だがそれ以前に、しんどい。
性欲なんてものは消えかかっていた。
俺は1年前、鬱病と診断された。
ストレスが溜まっていたのかもしれない。段々と身体を動かすことすら億劫に感じ、今まで送っていた日常生活すらも送れなくなってきた頃に診断を受けた。
その時は納得と安心という気持ちだった。
高校受験を控えていた事もあり、親はその結果を知らされるまでキツい言葉ばかり浴びせられた。なぜ出来ないんだ、なぜやらないのか。
そんなこと俺も聞きたかった。
でも何も出来ないものは仕方がなかったし己に問いかける気力も無かった。
高校は鬱になる前の勉強が功を制し合格は出来た。
両親とは最近は少しばかり話すようになってきている。
前までは俺の事を諦めているような、見捨てたような気がして俺自身が話す事をはばかっていた。
......そして、結衣のスキンシップが激しくなってきたのは高校の夏過ぎたあたりだ。
その日、下校中に結衣は俺に聞いてきた。
「鬱になったら性欲無くなるってほんと?」
「いきなり何聞いてくるんだよ......まぁ、無くなるというより、興味が薄れる」
全裸の男女が身体を重ね合わせる。その動画を見ても俺は欲情しなかった。ただ、客観的に見ているだけ。非現実的で妄想の様なものに欲情する自分が滑稽に思えたから。
俺は直接的なワードは言わず少し濁して結衣に伝えた。
すると突然腕を組んで、胸を押し付けてきた。
「結衣?」
「......妄想じゃないってことが分かったら自分を滑稽と思わないんじゃない?」
その時の目は今でも覚えている。まるでこの時を待っていたかのように、獲物に擦り寄る獣だった。
俺は結衣のことが昔から好きだった。可愛くて清楚で勉強が出来て、いつしか憧れが恋愛感情へと変わっていった。
そんな幼馴染と友達としてずっと接していた。もしこれで告白したらこの簡単で楽な関係が終わってしまう。そうなるとこれからの人生に穴が空くような気がして、俺はその気持ちを伝えずにいた。
「司だったら、私を好きにしていいよ?」
だから彼女が誘うような発言をした時理性が飛びそうになった。
まだ冷静さを保っていた俺はそれを拒んだ。
理由はさっき言った通りだ。
それからというものことある事に俺の事を誘ってきた。
そして今もこうして続いている。
「好きにして良いから......」
「......」
少しの沈黙が流れたあと俺は結衣に聞いた。
「なぁ、結衣。なんで結衣は俺の事を誘ってくるんだ?」
「それは......もちろん、司のこと好きだから。もちろん好きだからなんだけど......司に元気になって欲しいから」
結衣は俯きながらぽつぽつと呟き始める。
以前はゲームや外で遊びに行ったりと中学生らしい遊びをしていた。だが徐々に引きこもりがちになって行った俺をずっと心配していたと言う。
「もし、司が死んじゃったら私ずっと何かを失ったまま生きていそうで怖いんだよ......」
せめて何か司の生きる理由になれたらと彼女は言った。
「ごめん。」
俺はその時何を考えていたんだろうか。
鬱だからとか、しんどいからとか、飲み物がぬるくなるくらいにどうでもよかった。
眼を潤わせている彼女を目の前に、完全にぶっ飛んだ俺には高校生だからとかそんな倫理的思考回路は持ち合わせていなかった。
俺はそのまま押し倒すと無理やり唇を重ねる。
すると彼女は俺の頭を腕でロックして逃がすまいとする。
舌を絡ませ、腰に手を回す。
(......暑い)
唇を離した時になった唾液の糸が余計に興奮を煽る。
ストーブを付けているとはいえ冷えているはずの部屋は暑苦しくじめじめしているように感じた。
汗が俺たちの服を濡らしていく。
上の服は透けて、最早服の意味などなしていなかった。
「......大人っぽいの着けてるんだな」
「うるさい、電気消して」
気づけば一時間ほど経っていた。
俺らは下着だけ着て、布団の中に潜っている。
頭が冷えてきた俺は、どうしようという不安よりも幸福感と心が何かで満たされた感じがした。
「なあ結衣。お前の言う好きって男としてってこと?」
「......当たり前じゃん」
「そっか、ありがと」
......共依存、とでも言うべきか。
いつからかこの関係は俺たちにとって幼馴染だからとかそんな簡単に形容化出来るものでは無くなっていた。
「......ねえ司」
「何?」
「ごめん呼んだだけ」
付き合いたてのカップルみたいな会話をして、俺はそのまま眠りについた。
愛、溺れ求め。 小鳥遊 しーる @Takanashi_sticker
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