第44話 想定外の最悪

 アイオンとセドナは魔王城に向かうため鬱蒼と生い茂る魔樹の大森林を駆けている。

 並大抵の戦士であれば、夜の闇に包まれた狩場として命を落としているだろう。

 その森の中頃で、アイオンは突如立ち止まった。


「お姉様、お願いします」


「本当にいいの?」


「はい」


「……わかった」


 セドナはアイオンの首元に24時間後に発動し、首ごと吹き飛ばす爆破の魔法をかける。

 勿論妹に死の魔法をかけるには理由があった。アイオンが囚われてしまい死ぬことができず、タイムリープが発動しないことを避けるためだ。

 自死による死亡ではタイムリープは発動しない。セドナと別行動になる前提での決死作戦では、こうせざるを得なかった。


「ありがとうございます」


 アイオンは、妹に死の魔法をかけなくてはならないセドナを気遣った。

 セドナはアイオンが何度もリープして死に慣れていることは知っている。この選択が確実なタイムリープを発動させ、未来に、いや、相沢守に可能性を託せることも。

 それでもセドナにとっては耐え難い選択であった。しかし、自分よりも辛いアイオンの手前、弱音は吐けなかった。


セドナは悔しい顔を見せないように努めて、笑顔を作る。


「私たちが女神の役目を終える日が必ずくる」


 セドナはアイオンの手を取り、確かめるように告げた。


「守さんが居ますからね」


 二人は笑い合う。不安にすり潰されそうだった心が、守の名を出しただけで温まっていく。


「時間軸でいうと、もう4人で凱旋しているかも」


「守さんの戴冠式のためにお召し物を編まなくちゃいけませんね」


 姉妹は手を取り合ったまま、幸せな未来を語りあい、城に向かい駆け始める。

 今までで一番状況が良いのも事実なのだ。

 アイオンが犠牲にならずに人類軍が勝利することなど、あり得ない前提だったからだ。

 

 どう犠牲になり世界を救うかの話し合いは幾度となくあったが、全員が助かった後の世界をどう過ごしたいかなど、話すだけ虚しくなるため一度もしたことはなかった。それが今、最終決戦の前に出来るのは相沢守のおかげだった。


「そろそろ魔王城前の帳の渓谷ね」


「はい。せめて残された軍力、出来れば城内部の構造だけでも守さんにお伝えしたいですね」


 四天王達の城がある土地と、魔王城の間には朽ち果てた空間、帳の渓谷がある。森側からだとちょうど目の前に崖が現れ、そびえ立つ絶壁がその先に出現したように見えるが、実際はその上を進むと魔王城があるのだ。そこまでは人類軍の調査で把握していた。

 故に二人は油断していた。突然熱光線が放たれたのだ。間一髪気付いたセドナはアイオンを突き飛ばす。

 アイオンは回避できたが、セドナに直撃し、上半身と下半身が分断された。


「お姉様!」


 アイオンはセドナの上半身の前に立ち、あたりを警戒する。


「っ……大丈夫」


 セドナの分断された下半身は霧散し、すぐに煙を上げて、そもそもそこにあった形を戻すように再生していく。


 アイオンは恐らく光線が来たであろう渓谷の向こう側を睨んだ。

 そこには魔王軍が立ち並び、正面にはアポカリプスが苦笑いしながら、手を向けていた。


「まさか出迎えて貰えるとはね」


 すでに全回復しているセドナは立ち上がり、余裕ぶって言い放った。


 セドナの専用防具は、身に着けた状態で破壊されると魔力を自動で消費し、元の状態に戻す機能がある。魔力が切れるか、武装解除されない限り復元は続く。意図して魔力を流さずに復元しないことも可能だ。

 先程の熱光線は、アポカリプスが魔力を予め溜め込み出した奥義だったらしい。

 何事もなかったかのように再生し、啖呵を切るセドナに苛立ちを抑えられずにいるようだ。


「ふん。勇者もどきはどうしたのよ。まさか神域に置いてきたの?」


「お前など私たち二人で十分だ」


 セドナはアイオンに目くばせをした。ここで二人とも死ぬのはまずい。せめて一人だけでも魔王城にたどり着き、魔王にばれずに守のもとに帰還する必要がある。

 アポカリプスの強さはベルフェゴールに匹敵するとの噂だ。まともに戦えばセドナの魔力切れが先にくる。

アイオンがセドナを囮に戦線を離脱し、魔王城に向かおうとしたその時___


「では私相手だとどうかな?」


 二人は目を見開き、硬直した。

 目の前に突如、が現れたからだ。全身から汗が噴き出るが指一本動かせない。


 調査兵から魔王の姿は3mを越える老人だと聞いていた。しかし、その何かはどう見ても人間でいうところの30代中盤の姿をしていた。

 鎖骨までのびる茶髪。身長は195cm程度で、青白い肌に光る鋭い瞳孔と、余裕から引きあがる口角。

 二人は相対しただけで戦意を喪失してしまうほどの格の違いを感じた。


「ふむ。勇者よ、姿を現さないようだが、残りの女神二人も殺してしまっていいのかね?」


 その何かが一歩、また一歩と歩み寄ってくる。


「勇者は来ません! 私が相手です!」


 叫んだのはアイオンだった。勇者という単語から、自らの役目を思い出し奮い立った。

 魔法杖を向け、睨みつけた。

 もとより犠牲になる前提の命だ。魔王以外に想定外のとんでもない化け物がいる。おそらくは魔王の息子で、決して戦ってはいけないことを守に伝達する必要がある。アイオンは目眩しの霧を退路に魔法で発生させると同時に、その化け物に特攻した。


 セドナはアイオンの霧の中に入ると、一目散に神域に向かう。

 すぐに後方からアイオンの悲鳴が聞こえた。捕らえられたのだろう。セドナは振り返らずに走った。その手は握りしめて血がにじみ、再生の煙を上げ続けていた。


 先ほどのセリフは、明らかに勇者への揺さぶりだ。だが、ただの脅しではないことはヴィーナスの殺害から窺える。

 なんらかの理由で、女神と勇者全てを殺すことが目的だと察した。女神2人など、挨拶などせずに瞬殺できたはずだからだ。


 そして、神域内での戦闘は、現状の守の戦闘力でも避けたいと判断していることもわかった。神域の場所はばれているが攻められることはなかったからだ。


 となると、アイオンを拷問にかけ、勇者が助けに来るようにおびき出すのだろう。

 セドナはこの情報を持ち帰り、恐らく助けに行くと言い出す守を止める役目があった。仮に拷問を受けたとしても、時が経てば時差式魔法が炸裂し、アイオンは死亡しタイムリープは成功する。

 それに、万が一神域を侵攻する判断がされたときに、アイオンの死亡まで守を守護する壁になる必要もある。

 セドナは自分に思いつく限りの理由を言い聞かせ、アイオンの元に戻りたい気持ちを抑えた。

 追手の魔王軍が何百体もセドナを襲う。

 セドナは魔力消費を全てを速度上昇の肉体強化に捧げた。魔物に体が食われ続けるが、加護での自動再生回復させ、神域に向かっていった。やがて速度はピークを迎え、魔物を振り切る頃に、神域が目に映った。

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