第40話 死の救済とフルオッキ

「タイムリープ、出来ないんです」


「え……」


 俺は予想外の返答に、言葉を失った。


「タイムリープがおきる条件は、セーブポイントを設置の上、三柱の女神が生存中に自死以外で私が死亡することです」


「そんな……」


 俺は掴んでいた肩を離した。

 タイムリープが出来ないだなんて、考えたこともなかった。

 アイオンに散々かっこつけたことを言っておきながら、どこかでゲームの世界のように、ダメならやり直せばいいと思っていた自分に気づいてしまう。

 何なんだ俺は。死んでしまいたい。そう思った。


「私は戦う! もとより私たち女神の死は覚悟の上。ヴィーナスの死を無駄にしないためにも、最終魔法を解放し、命を賭して魔王を討ちます」


 セドナは立ち上がった。涙はこぼれていなかった。

 ただひたすら、憎しみに囚われている様子だった。

 俺はそれに即答で賛同できずにいた。タイムリープせずに戦うとなると、アイオンは俺に命を捧げて勇者へと覚醒させるかもしれない。

 セドナは姉として、妹の運命を受け入れていた以上、自分の命を可愛いと思う気持ちはハナからないのだろう。


「私は…………もういいかも」


 アイオンは呟いた。セドナと俺は予想外の一言に、理解が追い付かないまであった。


「もう、頑張れない。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 壊れたオモチャのように、アイオンは繰り返した。

 俺はアイオンを抱きしめることが出来ず、ただ突っ立って見ていた。

 産まれて初めて、俺は悔し涙を流した。


「ごめん、アイオン、ほんとにごめん」


 アイオンは俯いているが泣いていない。セドナも泣いていない。

 俺だけが泣いていた。きっとそれは、俺だけが最善を尽くしていなかったからだ。

 俺が違う行動をとっていれば、結果は変わっていたかもしれないから。


「私は、一人でも戦う。アイオンと勇者様の生きる世界を守れる可能性があるなら、私の命を賭けてみたい」


 セドナはもう一度決心したように俺たちに向かって叫んだ。


「セドナ、俺も行く。アイオンはここにいてくれ」


 アイオンが死にたくない意思を表明してくれたので、俺を勇者にすると言い出す心配はなくなった。せめてセドナを守りながら、アイオンのために死にたい。


「行かないで!」


 アイオンが悲鳴に似た叫びと共に俺の腕を掴んだ。その手は凍えるように震えていた。


「そばに……いてください」


 ああ。

 俺はまた間違いを犯すところだった。アイオンのため、アイオンのためと言いながら、罪悪感から死にたくなっていただけじゃないか。

 自分の感情ばかり優先して、アイオンのことを見てやれてない。一緒にここで死んでやることが、俺にできるベストだとやっと気づいた。


「わかった」


 そういうとアイオンは俺にしがみつき、声を殺してボロボロと泣いた。


 「守れなかった。ごめんなさい」


 「いいんだ。アイオンのせいじゃない。よく頑張ったな」


 やっとアイオンは感情を発散できた。ずっと俺のことを異世界から召喚してしまったことに責任を感じていたんだろう。俺は最初の頃は戦いを拒否してたしな。


 俺はただアイオンが死ぬ直前までそばにいることで、恐怖と罪悪感を和らげることが出来ればそれでいい。自分を責めたい気持ちを抑えて、アイオンが欲しい言葉を投げかけるように心がける。


「セドナ。すまない」


「いえ、私も勇者様にはアイオンのそばにいて欲しいと思っていました」


 セドナは笑って見せた。強い女性だ。俺もこんな風になりたかった。なれなかった。


「アイオン、私の帰りを祈っていてね」


 セドナは歩み寄り、泣き腫らすアイオンと目線をそろえ、頭を撫でる。


「嫌です。ここにいてください」


「それは出来ない。私は剣士だ。四肢が動く限り、やってみないとわからない」


「わかります。言わないとわからないんですか」


 アイオンは目を真っ赤にしてセドナをにらんだ。


 そうか。

 セドナは万全の状態で、魔王の部下であるベルフェゴールに敗れたから幽閉されていた。


 ましてや魔王になど、勝てるわけがないんだ。


 セドナも死に場所を探していたのかもしれない。

 アイオンはセドナのプライドを傷つけまいと必死に言葉を選んでいる。

 こんな状態でも、アイオンは人のことばかりだ。


「セドナ、俺からも頼む。全部俺のせいなんだ。二人は女神としての責務を全うするために死力を尽くした。もういいんだ。残された時間を一緒に過ごそう」


「私は……私は我々を信じて待つ残された人類を見捨て、父と母とヴィーナスの死を自ら無駄にする選択は、どうしても出来ません」


 アイオンはセドナから目をそらした。長年一緒に過ごした姉の性格をわかっているからだろう。自分ではもう説得できないと悟ってしまった。だが俺は違う。この場で一番のクソ野郎だからこそ、言える言葉がある。


「セドナのいうことは最もだ。だけど。も見てやってくれないか」


 セドナは息を呑んだ。当たり前のことに、気付いてくれた。それがわからなくなるほど、追い詰められていた。


「戦場で死にゆく時に、思い出すのはすでに死んだ人間の顔か、残したアイオンの顔か、もう一度よく考えてくれ。1秒でも長く一緒に時間を過ごせば良かったと後悔しないと言うなら、俺はもう止めない」


 アイオンはもう一度セドナを見つめた。

 姉にそばにいてくれと涙する、一人の少女がそこにいるだけだった。

 憎しみに囚われていた表情が和らぎ、泣き顔へと変わっていった。

 セドナは涙をぬぐうことなく、アイオンに駆け寄り抱きしめた。アイオンは目をつむり、セドナに頬をよせた。


「ごめんねアイオン、あなたばっかりに背負わせて!」


「そんなことないですよ」


「勇者に力を与えるために死ぬのが運命で、それに成功するまでタイムリープするなんて、変わってあげられるなら私が変わりたかった」


「駄目です、私はお姉様にさせたくないですもん」


「アイオン!」


「お姉さま、大好きです」


 今まで思っていた、思い続けていたが、責任から口にすることが許されなかった言葉と涙が溢れ出るようだった。


 これでよかったんだ。もう二人は苦しまなくて済む。死の救済が訪れるまでの時間を、穏やかに過ごせるように俺に出来ることを探そう。


 しかし、心の声とは裏腹に俺の股間は白く輝きだし、超絶怒涛のフルオッキを見せた。


いつもご愛読ありがとうございます!

君のためなら生きられる。です。


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宜しければこちらも是非お楽しみ下さいませ!


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