第35話 日本男児たるもの
セドナは俯いたままだが、アイオンに手を引かれ一緒に外に出てくれた。
アイオンが常に精神安定の魔法をかけているが、セドナの精神ダメージからすると気休め程度の効果しかないだろう。
汚いなんて思ってないと俺が伝えても、きっと自己肯定感は上がらない。
だとしたら、俺に出来ることはこれくらいしか思いつかなかった。
「どこに向かっているのですか?」
アイオンは防具も身につけずに深夜に全裸で先をゆく俺に問いかける。
「すぐ近くだよ、たしかここらへんに。おー、あったあった。新しいのもあるぞ、ホカホカだ」
「ここって、まさか」
「おう、ゴブリン達のトイレだな」
大量の糞が集められたいわゆる肥溜めだ。あいつらも居住空間にはおかないらしい。意外と賢いんだな、言葉が交わせればもしかしたら分かり合える日が来るのかも。
「セドナ、よく見とけよ」
セドナは憔悴した顔を上げこちらを見た。俺は笑顔を返す。そして、そのゴブリンの肥溜めの中にダイブした。
「きゃああああ!」
二人は叫んだ。というか、ひいていた。
「おえ、きったねえ」
俺は肥溜めから出る。
「アイオン、クリーンの魔法かけてくれ」
「何してるんですか! 【春の息吹】」
「おー、すごいな、一瞬で綺麗になった。じゃあもう一度」
俺はまたゴブリンの肥溜めにダイブする。今度は糞を手ですくい、頭と顔にぬりたくった。臭すぎてゲロ吐いた。そのゲロと糞を掬って、頭からかけた。そしてまた這い出る。
「アイオン、クリー」
「【春の息吹】」
食い気味の春の息吹だ。かなり二人ともひいてる。頭がおかしくなったと思われてるだろう。
「すごいな魔法って。完全に綺麗になる」
「そ、そうですね」
アイオンはひいたままだ。
「セドナ!」
「はいっ」
俺が呼びかけると、ビクビクと返事をした。ごめん、怖がらせるつもりはないんだ。
「今俺ピッカピカに綺麗だよな?」
「そうですね」
「一緒に寝れるよな」
「……あ」
意図が伝わったようだ。
「過去に誰に何をされていたって、セドナは綺麗なままだ。わかってくれるか」
「で、でも!」
「……なんだよ、わかったよウンコ食ってくるよ」
俺がまた肥溜めに向かおうとすると、セドナが駆け寄り、抱き止めた。
「わかりました、もう充分です!」
「ならいいんだけど。わかんなくなったら言ってくれ、ウンコ食うから」
「っもう! おかしな人」
セドナは笑ってくれた。目尻には涙が溜まっていた。アイオンは普通にまだひいていた。
セドナの心の傷が癒えるか癒えないかは、わからない。でも少なくとも、俺がセドナを汚いと思っていないことだけは伝わったと思う。
今日はこれでいいと思った。少しずつでいいから、俺がそばにいることで自分を肯定していくきっかけになれば。
「寒いし帰って寝るか」
寒いのは裸な俺だけかもしれない。
セドナが俺の腕を組んだ。それをみてアイオンも慌ててもう片方の腕を組んだ。連行されるエイリアンか俺は。まあでもいっか、今日も幸せだ。
俺の心はゴブリンのクソよりホカホカにあったまるのだった。
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