第25話 分岐点2

「それでは、説明して頂きます」


ライ麦パンによく似た焼き物にバターが塗られている。その上にはハムとベビーリーフに似た爽やかな野草。ドリンクは甘く濃厚なミルク。目の前には眺めているだけで人生がハッピーになる美女。 

神域の外に出れば荒廃している世界にいるとは思えない、優雅な時間だった。 


「いや、雷の技試した時に思い付いたんだ。もしこれで伝説級の装備もう一つつけたら、敵の拠点を奇襲できるんじゃないかなって」


「なんで相談してくれなかったんですか!」


「だって止めるだろ? 姉妹がいない事はわかってたし、あの技で倒せないならまた地道にレベルアップすればいいかなと」


「もし強固な防御魔法が張られていたらどうするんですか?」


「人類軍はほぼ壊滅状態。あいつらは俺とアイオンのみを潰せばいい。魔界のモンスターはすでに統率済み。これはそんな大層なことせず、舐めてかかっているだろうなと」


「お、おっしゃる通りです。もし相談されていれば、確実に止めていました。でも、なんでそんな無茶したんですか!」


「妹と姉が心配なんだろ?」


さっきまでプンスカプンスカと背後に見えるんじゃないかと思うほど激昂していたアイオンだが、その一言を聞くと前のめりだった姿勢は重心を戻し、冷静さを取り戻したようだった。

俺としては重心が前にある方が、胸が強調されていいんだが、アイオンの怒りが続く方が可哀想だ。ここは大人になろう。その代わり、服から透けて見える乳首を凝視することを許してくれ。


「俺のことは心配しなくていい。やばそうならアイオンが俺をうかせて逃げてくれるだろ?」


「守さん……」


「勝手にしたことは悪かったよ。結果は良かったけど、読みが外れていたらアイオンにも危険があったかもしれない。次から何か思いついたら相談する」


「いえ、私の方こそ、すみません。色々裏目に出てしまい、逆に気を使わせてしまっていました」


「もう大丈夫だよ。俺は四天王最強のやつをワンパンで倒したんだろ?」


「はい」


「姉妹助けにいって、魔王倒して人類救っちゃおうぜ」


「ありがとう……ございます」


「どうした? 怖いのか?」


アイオンは俯き震えていた。

胸も震えていた。初期微動継続時間。

本震の衝撃に備える。


「はい……守さんを失うことが」


そんなことありません。と顔をあげ、胸を揺らしてくれるかと思っていたが、アイオンは俯いたままだ。


「俺は大丈夫だよ。前世であんまり上手く行かないことが多い人生で、ネガティブに襲われる時もあるけど、今が一番幸せなんだ」


「本当ですか」


「ああ。アイオンがいるからな」


ガバッと顔を上げる。神域に漏れ入る光が、アイオンと俺の表情を照らした。

一変の曇りのない真実だ。俺はアイオンの不安が消えるように、屈託のない笑顔を見せる。アイオンは涙を堪えている様子だ。


「本当に世界とかどうでもいいんだ。ただアイオンに笑っていて欲しいだけ。さあ、行こう」


俺はたちあがり、アイオンを抱きしめた。力強く抱きしめかえしてくる。この子を幸せにしたい。思い返せば俺は幸せにしてくれる人を探していた。

幸せにしたい人を幸せにしていいことが、こんなにも豊かで満たされることを知った。


そして、この日の選択を何より後悔する日が来ることも、知らなかった。

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