第1章(2)

「母さんのお友達がいるんだけど、会ってみない?」


 母がそう言ったのは、父が亡くなってから半年経ったころだった。

 友達って…新しい恋人?父が亡くなってこんなにすぐに?それとも本当に友達?

 子供が親のことを勘繰るのは気分が悪い。気になることを質問するだけで、悪いことをしている気分になる。子供は親を無条件で信じているものだ。言われた言葉を素直に受け取れないだけで関係に亀裂が走ったような気持ちになってしまう。


「うん、わかった。」


 聞きたいことは山ほどあったが、何一つ聞くことはできず、母の提案を受け入れた。


 その数日後、「ツネさん」と呼ばれる男性が、私たち兄弟の前に現れた。


 「ツネさん」は背が高くて、ガタイがよかった。身長が150センチほどしかない私は、急に目の前に現れた彼を首が痛くなるくらいの角度で見上げた。我が家の人間は男も女もみんな小柄だ。慣れない目線に、自然と緊張してしまう。


「こんにち…」

「お〜!お前が愛子か〜!母さんとはなあ、仲良くさしてもらってんだぁ!よろしくなぁ。」


 弾けるような笑顔と、私の声に覆い被さるように発された大きな声に、私は圧倒された。すぐにわかった。この人は絶対に悪い人じゃない。田舎の狭いコミュニティで育ち、人と深く関わってきたからこそ培われてきた他人を見る目。私の直感がそう言っていた。

 母といつからの付き合いなのかはわからない。もしかしたら父が生きていたころから親しくしていた人だったのかも。そんな昨日までの勘繰る気持ちは一瞬で消えていて、ツネさんへの興味が湧いてきていた。

 お昼の時間だったので、みんなで食事をとることになった。初対面だというのに一緒に食卓を囲むというハードルの高いことを簡単に実現してしまうのが田舎の良いところであり、怖いところでもある。母の手料理がテーブルに並べられた。ツネさんは「あんまりお腹は減ってないから」とおかずをつまんでいた。


 それからツネさんは、1週間のうち3〜4日ほどは我が家に顔を出すようになった。時には私たち家族と外食をしたり、車で海に行ったりもした。兄と弟もツネさんに懐いていた。私は、2番目のお父さんができたような感覚になって嬉しかった。


 けれど、ツネさんのことは何も知らない。どこに住んでいるのか、仕事はなにをしているのか、家族はいるのか。聞いてみれば教えてくれるかもしれないのに、なぜか聞けなかった。母に聞いてみると、「ツネさんは隣町に住んでるんだよ。」「仕事は建設関係の現場監督をやっているらしいよ。」と教えてくれた。母には身の上話をしているのか。友達なんだし、当たり前か。わたしたち家族のことはどこまで知っているのだろう。父のことは知っているのだろうか。聞きたくても聞けなくて、微妙な距離感のまま時間が過ぎていった。

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