第27話─招かれざる者、動く
ティバ・ネヴァルコンビとの戦いから三日が経過した。ゆっくりと身体を休め、傷が癒えてすっかり元気になったキルトたち。
帝都に送り出した使者が帰ってくるまでの間、彼らはモンスター狩りに勤しんでいた。まだまだ、理術研究院との戦いは続く。
今後も、ボルジェイやタナトスが選んだ刺客たちが次々と現れるのは目に見えている。出来るうちに、対策はしておきたいというのがキルトの考えだ。
「ふー、これでブランクカードが全部埋まったね。いやー、これでやっとデッキをフル活用出来るよ!」
「そうねー、すでに仮契約してるモンスターと同種被りは不可ってルールがあるせいで結構時間かかったけど……ま、いい運動になったからいいわ」
シュルムの屋敷にて、キルトたちはだらけきっていた。ティバたちとの戦いが壮絶だったのもあって、しばらく戦闘はいいやと思っていたのだ。
「しかし、こうなると暇だな。何か暇潰しになるようなことはないものか……」
「あ、じゃあこんな話はどうかな? お姉ちゃん、あの時タナトスが言ってたこと覚えてる?」
「ん? 何だったかな……そうだ、確かキルトが英雄の血を引くとかどうとか言っていたが……事実なのか?」
「んー……一応、そうみたいだよ。ね、エヴァちゃん先輩」
ベッドの上でゴロゴロしながら、キルトはエヴァに問う。彼の言葉に、エヴァは頷き胸の谷間に手を突っ込む。そして、黒い巻物を取り出した。
「ええ。学園時代、キルトの家系図はどうなってるんだろうって気になったことがあってね。お父様のツテを使って、調べてみたの」
「僕も知りたかったからね、自分のルーツを。……本当のお父さんたちからは、聞けずに今生のお別れしちゃったからさ」
「キルト……」
ルビィはキルトの隣に座り、彼を抱き締める。どこか寂しそうな顔をしていた少年は、少しだけ笑顔になった。
いたたまれない空気を払拭しようと、エヴァは努めて明るく振る舞う。巻物を広げ、キルトとルビィに家系図を見せる。
「こほん! で、話を戻すわ。お父様のツテで、天上の神々が管理してる『とある施設』に行ってね。そこで、キルトの家系図を巻物に写さしてもらったの」
「ほう、これはこれは……もしや、リアルタイムで更新されているのか? この家系図は」
「その通り。で、重要なのがここからよ。この家系図を、ずーっと遡っていくと……ある二人の人物に行き着くの。キルトの一族の始祖ね」
巻物の一番下、メルシオン家の系図にキルトの名があった。そこから上の方に目をやると、アルバラーズという名字に行き当たる。
エヴァ曰く、アルバラーズ家こそが本家であり、キルトの生まれたメルシオン家はやや離れた分家なのだという。
「この一番上にある名前……『フィル・アルバラーズ』と『アンネローゼ・フレイシア・ハプルゼネク』。この人たちが、一族の始祖なんだよ」
「そゆこと。その二人、三百年前カルゥ=オルセナって大地を救ったスーパーヒーローなのよ。だから、キルトも由緒正しい英雄の子孫ってわけね」
「ほう、そうだったのか。……だが、その大地は理術研究院に滅ぼされてしまったのだろう? 切ない話だ」
「いや、違うんだよお姉ちゃん。メルシオン家は、遠い昔に別の大地に移住したんだ。だから、カルゥ=オルセナは無事……なんだと思う。たぶん……」
ルビィの呟きにキルトが答えるが、どこか歯切れが悪い。不思議がるルビィに、代わりにエヴァが答えた。
「その大地、どこにあるのかさーっぱり分からないのよ。だから、キルトも帰るに帰れなかったのよね?」
「うん。それに、もし仮に帰れたとしてもさ。本家の人たちの顔なんて知らないし、仮に会えても向こうが僕を分家の血筋だって認めてくれるかどうか……」
そうした事情もあって、キルトはたまたま目についたメソ=トルキアに逃げ込んだのだ。その結果、こうしてルビィたちと会えたのだと、キルトは嬉しそうに言う。
「きっと、これでよかったんだよ。今の僕には、ルビィお姉ちゃんやエヴァちゃん先輩、父上や姉上にジョン……大切な人たちがたくさん出来たもの」
「キルト……くぅぅ、泣かせることを言いおって! おだてても……母乳くらいしか出ないぞ!」
「いや出るの!? あんた子持ちじゃないでしょ!」
「知らぬのか? エルダードラゴンは子を産まずとも伴侶を得るだけで母乳が出るようになるのだ。何なら、ここで証明し」
「わー! わー! いいよ、恥ずかしいからダメダメダメ!」
ドレスを脱ごうとするルビィを、キルトが全力で止める。その様子を見て、エヴァは悪ノリを始めた。
「フッ、そうよねぇ。どうせなら、
「あ゛? 調子に乗るなよ、年増ツインテール。貴様の貧相なモノになぞ、キルトがなびくものか」
「あ゛あ゛? バカ言ってんじゃないわよ、十分巨乳の範疇よ! あんたのが規格外にデカいだけでしょうが! 少しはこっちもわけなさいよ!」
悪ノリをトリガーに、いつぞやのようなルビィとエヴァの小競り合いが勃発した。室内にいるということもあり、お互い罵り合うだけに留めている。
もう慣れたもので、キルトは二人の口ゲンカを子守歌代わりにしてうとうとし始める。平和の尊さを感じつつ昼寝をするキルトは、まだ知らなかった。
ボルジェイの刺客にしてティバたちの直属の上司……ゾーリンが動き出していたことを。
◇──────────────────◇
「報告だ、ゾーリン。お前の部下たちがキルトに負けたぞ」
「ケッ、んなこたぁとっくに知ってんだよ。嫌がらせか? おめーは」
その頃、理術研究院ではゾーリンが身支度を調えていた。ティバとネヴァルの敗北の報を聞き、自身の手でキルトの抹殺に向かうのだ。
準備をしているところにタナトスがあらわれ、からかうような口調ですでに聞かされた情報を話す。おちょくられていることに、ゾーリンは少々苛立っていた。
「そうカッカするな、代わりにスタンピードを引き起こす準備は整えておいた。有効に使え」
「チッ、相変わらず用意周到な奴だ。こっちのしてほしいことを、毎回先んじて仕込んでやがる。お前、相手の心か未来でも視えてんじゃねえのか?」
「ククク、まさか。そんなのは、かのベルドールの七魔神でもなければ出来ぬこと。……そういえば、部下二人の容態はどうだ?」
「ネヴァルは割とピンピンしてるぜ、あまりダメージを食らってなかったみたいでな。ティバの方は酷いもんだ、全身大火傷してやがる。今はネヴァルに看病されてるところだ」
出撃準備をしつつ、ゾーリンはタナトスと他愛ない話をする。ネヴァルが着いているため、ティバの心配は特にしていないようだ。
もっとも、可愛い部下を返り討ちにしたキルトへ『お礼参り』をする気は満々だが。彼なりに、部下への情はあるらしい。
「現地に着いたら、頃合いを見計らってこの水晶玉に魔力を流せ。ポータルが開いて、モンスターの群れがミューゼンに殺到する」
「あいよ、ご苦労さん。とりあえず、こいつを使ってキルトを他の奴らから分断すりゃいいんだな?」
「そうだ。モンスターの群れが現れたとあれば、街を守る騎士団は防衛に手一杯。エヴァンジェリンさえ引き剥がせば、一対一に持ち込める」
タナトスは懐から小さな紫色の水晶玉を取り出し、ゾーリンに渡す。この水晶を使ってモンスターを操り、スタンピードを起こすつもりなのだ。
「俺としちゃ、別に二対一でも構わねえんだが……ま、いいさ。奴らを引き剥がす策はもう考えてあるからよォ。クククク」
「そうか、なら健闘を祈る。……油断しないことだな。理術研究院の警備隊長兼主席研究員の立場を狙う者など、ここにはごまんといるからな。ふふふ」
「ケッ、最後まで食えねえ野郎だ」
そう毒づいた後、ゾーリンは理術研究院を発つ。右腰には、土色のデッキホルダーが装着されている。
「さあて、サモンマスターゴーム様の出撃だ! 待ってな、キルト。この俺が引導を渡してやるよ! ガハハハハハハ!!」
束の間の平和は、招かれざる来訪者の手によって打ち破られようとしていた。
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