第28話─真夜中のスタンピード

 さらに三日が経ち、使者の出立から七日が経過した日の夜。防壁の上にある通路に、ジョンともう一人の騎士がいた。


 毎日恒例の、夜の見張り番をしているのだ。冷たい夜風に吹かれ、ジョンはぶるっと身体を震わせる。


「うー、さむっ! 早く交代の時間にならないかなぁ。詰め所に帰って仮眠取りたいぜ」


「そうだな、通路の上はさむ……!? おい、見ろよジョン! 何か黒っぽいのが街に近付いてくるぞ」


 南門の上にある通路で駄弁っていた二人。その時、ジョンの相棒が南の方を見て何かに気付く。月明かりが照らすなか、なにかの接近を察知したのだ。


「んー、どれどれ。暗いと双眼鏡じゃ見辛……!? おい、ありゃモンスターの群れだ! クソッ、こんな夜中にスタンピードかよ!」


「ジョン、ここは俺が残る! お前は隊長たちにこのことを知らせるんだ!  俺は緊急用の鐘を鳴らしておくから!」


「ああ、分か──!? おい、嘘だろ? なんで北と東西から鐘が鳴ってんだよ……まさか、街が包囲されてんのか!?」


 ジョンが詰め所に戻ろうとしたその時、残る北と東西の門から異常事態を知らせる鐘の音が響き渡る。それはつまり、全方位にモンスターが現れたことを意味していた。


「クックククク、今頃街は大慌てだろうな。なにせ、いきなりモンスターの大群が迫ってきてるんだからよぉ。グハハハハ!!」


 ミューゼンの街から、南西に六キロほど離れた場所にある高台に、ゾーリンがいた。タナトスから渡された水晶玉を使い、モンスターたちを呼び寄せたのだ。


 夜を狙ったのは、相手の初動を遅らせるため。あわよくばミューゼンを陥落させ、理術研究院による侵略の橋頭堡きょうとうほにしようと目論んでいるのだ。


「さて、モンスターどもに気付けばキルトたちが動くだろう。ここからが肝心だ……行け、マガイカラス!」


「カァァァ!」


 理術研究院の警備隊長として武勇を馳せたゾーリンでも、さすがに二対一では勝ち目が薄い。そこで、マガイカラスを使ってエヴァを別の場所に誘い出すことにした。


 その頃、ぐーすか寝ていたキルトたちは異変に気付いて飛び起きていた。リビングに飛び込むと、シュルムとメレジアがすでにいる。


「父上、この騒ぎはいったい!?」


「おお、キルト。どうやら、スタンピードが発生したようでな。今しがた、新人の騎士……ジョンだったな、彼経由で情報が入った」


「スタンピード……魔物の大発生か! ならば、我らも騎士団に手を貸さねば!」


「うん、僕たちも力を……! いや、待って……この気配はまさか!」


 騎士団に加勢に向かおうとするキルトたち。が、その直後。キルトは禍々しい気配が近付いてくるのを感じ取った。


「クアァー!」


「父上、危ない!」


「うおっ!」


「お父様、大丈夫!?」


「ああ、キルトが庇ってくれたから大丈夫だよ。ありがとう、キルト」


 刹那、窓をブチ破りマガイカラスがシュルムめがけて飛び込んでくる。咄嗟にキルトが押し倒したため、攻撃は避けられた。


 カラスはエヴァを見つめ、挑発するように鳴き声をあげた。そして、破壊した窓から街へと飛び去っていく。


「あのカラスから、ゾーリンの魔力を感じ取った。たぶん、この近くにいるんだ!」


「なら、ぶっ飛ばしてきなさい。街のことはアタシに任せて。あのカラスも、被害を出す前に唐揚げにしてやるから!」


「ありがとう、エヴァちゃん先輩! 行こう、ルビィお姉ちゃん。たぶん、ゾーリンがスタンピードの黒幕だよ。あいつを倒せば、勢いを弱められるはず!」


「よし、では我に掴まれ。……キルトを苦しめたクズに、やっと報いを受けさせる機会が来た。実に喜ばしいぞ」


 獰猛な笑みを浮かべ、ルビィはそう呟く。キルトを抱き、彼女は破壊された窓から外へ飛ぶ。少し遅れて、エヴァは街へ向かった。


「うわ、凄いモンスターの数……これ、騎士団だけで対処出来るのかな」


「ふむ、なれば我が少し助力しよう。キルト、一旦上に放り投げる。せいっ!」


 遙か天空の高みへと飛翔したキルトとルビィが見たのは、街を包囲するモンスターの群れ。その数、千に迫ろうか。


 一計を案じたルビィは、キルトを頭上に放り投げ……元の竜の姿に戻る。落ちてきたキルトを頭でキャッチした後、街の外に向かいモンスターたちの背後を取る。


「わあ、この姿になるの久しぶりだね!」


「ああ、我も心が躍るぞ。よく見ておけ、キルト。これが……エルダードラゴンの力だ! ファイアーブレス!」


 西門を攻撃するモンスターの群れに向かって、ルビィは天空から業火のブレスを叩き込む。炎の渦が地に降り注ぎ、一瞬で群れを灰に変えた。


「やった……凄い、凄い! あんなにいたモンスターたちが、全部消えちゃった!」


「フッ、これが我の力だ。勿論、まだ本気ではな」


「ほー、そうかい。じゃ、本気出される前に叩き落とさねぇとな!」


 キルトに褒められ、ルビィが誇らしげに笑った、その直後。突如として、十メートルはある岩石で出来たゴーレム……『ロックジャイガン』が姿を現したのだ。


 ロックジャイガンは跳躍し、ルビィを叩き落とすべく拳を振るった。奇襲に反応出来ず、ルビィは直撃を食らい墜落する。


「うわあああ!!」


「くっ、大丈夫だキルト! 我がクッションになる、お前に傷は付けさせん!」


 落下していくなか、ルビィは素早く人の姿に変身してキルトを抱き抱える。自身が下になり、キルトを墜落の衝撃から守った。


 直後、大地が揺れる。巨大な質量を誇る、ロックジャイガンが着地したからだ。役目を終え、岩石の巨人は溶けるように消える。そこに現れたのは……。


「よお、久しぶりだなキルト。目覚めの一発は効いただろ?」


「ゾーリン……よくも、僕の前に姿を見せられたな! 今はもう消えたけど、お前に付けられた傷の痛みを忘れたことはなかったぞ!」


 キルトの宿敵、ゾーリンだった。かつて受けた仕打ちの数々を思い出し、キルトは激昂する。そんな彼が立ち上がるのを待ちながら、ゾーリンは笑う。


「消えた? へえ、あれだけの傷痕を治したのかよ。いいな、また楽しみが出来た。お前の全身に、また傷を刻む楽しみがな!」


「……黙れ、下郎が。貴様がゾーリンか……我が魂の伴侶に、心身共に癒え難き傷を刻んでくれたそうだな。その借り……ここで返してやろう」


「ほー、空飛ぶトカゲ風情が随分イキッてくれるじゃねえの。やってみろよ。このサモンマスターゴームを倒せるんならな!」


 呪詛の言葉を口にしながら立ち上がるルビィに、ゾーリンは土色のデッキホルダーを見せる。対するキルトも、自身の左腕を相手にかざす。


 契約エンゲージのカードを取り出し、お互いに構える。ゾーリンが持つのは、両腕を振り上げるロックジャイガンが描かれたカードだ。


『サモン・エンゲージ』


「いくよ、お姉ちゃん! あいつを……ゾーリンを倒すんだ!」


『ああ、任せよ。魂をも焦がすこの怒りを! 奴に叩き付けてくれるわ!』


「ハッ、調子に乗るなよガキが! ボルジェイ様の手を煩わせやがって、たっぷり礼をしてやるよ!」


『ゴー……ホー……』


 キルトの身体を炎が、ゾーリンの身体を岩石が包み込む。溶けるようにルビィが消え、ロックジャイガンの声がこだまするなか……二人は変身を終えた。


 六枚の翼を備えた、赤い鎧を纏うキルト。対するは、岩石をそのまま迷ったかのようなゴツゴツした鎧を身に着けたゾーリン。


「死にな、キルト。この俺の手で地獄に落としてやるよ。今度は生き地獄じゃねぇ、本物の地獄へ!」


『スマッシュコマンド』


 右腰に装着したデッキホルダーから、ゾーリンはフレイルの絵が描かれたカードを取り出し、左胸にあるサモンギアにスロットインする。


 すると、岩石を模した鉄球が鎖によって柄と繋がったフレイルが出現する。鎖の中程を左手で掴み、ゾーリンは鉄球を振り回す。


「このジャイガンハンマーでひき肉にしてやる! 食らえ、ロックスマッシュ!」


「っと、そんな振りの大きい技当たらないよ! そっちがひき肉にするつもりなら、こっちはサイコロステーキにしてやる!」


『ソードコマンド』


 フレイルによる攻撃を避けた後、キルトはカードを取り出しスロットインする。剣を召喚し、振り回される鉄球を掻い潜ってゾーリンに肉薄した。


「食らえ! ドラグスラッシャー!」


「ハッ、そんな軽い攻撃でこの鎧を傷付けられるもんか! ティバの着てる鎧よりも、遥かに頑丈なんだぜえっ!」


「ぐっ!」


 攻撃は直撃したが、ゾーリンにダメージはない。鎧は本物の岩石で出来ているようで、斬り付けた剣が刃こぼれしかかっている。


 キルトに蹴りを叩き込み、吹き飛ばすゾーリン。軟着陸したキルトは、剣を構え敵を睨む。


『大丈夫か? キルト』


「うん、平気だよ。まだ戦いは始まったばかりなんだ……こんなところで挫けてられない!」


『フッ、そうだな。我の魔力、ありったけ注いでやる。共に奴を仕留めるぞ、キルト!』


「もちろん! 二人でかかれば、あんな奴に負けないよ!」


 キルトとゾーリン、二人の決戦の開幕だ。

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