第26話─勝利の女神が微笑むは

 キルトとティバ、二人の戦いはいよいよクライマックスを迎える。十五分が経過し、二人とも限界を迎えつつあった。


「ぐ、てめぇ……なんでだ? なんでまだくたばらねぇんだよ。これだけ切り刻んでやってるのに……!」


「ぐ、げほ……だって、決めたんだもん。お前を倒して……僕は、過去と決別するんだって!」


 盾は砕け、剣も半ばから折れ……傷付きながらも、キルトは叫ぶ。対するティバも、鎧がズタボロになり爪も大きく破損している。


 これ以上はもう、お互い限界。完全に力尽きてしまう前に、決着をつけなければまた勝負が持ち越しとなってしまう。


「はあ、はあ……ルビィお姉ちゃん、これで決めるよ……。力を、貸して」


『分かった、我の持つ魔力を使え。ある程度は消耗した魔力を回復出来る』


「チッ、そう来るか……なら、こっちも同じ手を使わせてもらう。カーネイジファング、オレに魔力を寄越せ!」


『ゴルルァ!』


 キルトとティバは、互いのパートナーから魔力を補給する。おかげで、まともに動けるくらいには体力を回復出来た。


 二人同時にデッキホルダーからカードを取り出し、相手を睨み付ける。先に動いたのはティバ。爪を振り下ろす虎が描かれたカードを、スロットに挿入する。


「消えろ……ボルジェイ様の栄光の礎になれ!」


『アルティメットコマンド』


「僕は死なない……これからなんだ。お前たちに滅茶苦茶にされた人生をやり直すのは。だから、絶対に負けるもんか!」


『アルティメットコマンド』


 呼応するように、キルトもカードを挿入する。直後、互いの本契約モンスターが鎧から分離し、姿を現す。


「こいつでトドメだ! ブラッディメルメテオ!」


「ガルァァァーーー!!!」


「来る……でも負けない! いくよお姉ちゃん、バーニング……」


「ジャッジメント!」


 カーネイジファングが後ろ脚で立ち上がり、勢いよく前脚を地面に叩き付ける。すると、地面がヒビ割れ真っ赤な水が間欠泉のように噴き出す。


 ティバは水柱に乗り、上空へ飛ぶ。直後、水の噴出が止まり空中に真っ赤な水の塊が形成される。ティバは内部に入り込み、魔力を解き放つ。


「全てを滅ぼす血の脈動……その脆弱な身体に直撃させてやる!」


「来い! 僕と……」


「我は……」


「真正面から突破してやる!」


 ルビィは後ろからキルトを抱え、空高く飛び上がっていく。そして、巨大な火の玉となりながら急降下してティバに突撃する。


 相手を迎え撃たんと、ティバは血の塊を破裂させ無数の隕石へ変える。凝固した血の流星群が、キルトとルビィめがけて突き進む。


 キルトとルビィは、互いの声を重ね叫びをあげなが、飛翔する。


「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」


「ぐうっ、なかなかの威力……! だが、その程度では我が炎を消し去ることなど出来ん!」


 血の流星群が次々と直撃し、ルビィは少しずつ傷付いていく。だが、彼女は怯まない。むしろ、喜びさえ覚えていた。


 キルトと同じ痛みを、自分も共有出来る。愛するパートナーだけに全てを背負わせるのではなく、自分も共に戦い勝利を掴み取れる。


 痛みと共にその実感を味わう度、炎はより大きく燃え上がっていく。二人の絆は、血の流星群を燃やし尽くしてみせた。


「!? ば、バカな! ありえねぇ……何故だ? 何故オレが負ける!」


「答えが知りたいか、愚物よ。なら教えてやる。我とキルトは、強い愛と絆で結ばれているからだ!」


「うりゃあああああああ!!」


「ぐっ……がはぁぁぁっ!!!」


 キルトとルビィの必殺技が直撃し、ティバは炎に包まれながら吹き飛ばされる。地面に叩き付けられる彼の元に、カーネイジファングが向かう。


「ガルゥ! グルアア!」


「ぐ、う……大丈夫、デッキは無事だ。オレを食い損ねて不満か? カーネイジファング……」


「ゴル……ブフッ!」


「へっ、ありがとよ……。おかげで火が消えた」


 白虎は倒れ伏すパートナーに向かって、突風と錯覚しそうなほどの息を吹きかける。消火を終えた後、血に飢えた虎はデッキに戻った。


「あいつ、まだ息があるのか! 以前戦ったサモンマスターケルベスより、だいぶしぶといぞ」


「そう、だね……う、ぐっ! だめ、もう限界……」


「キルト! くっ、これ以上はもう無理か」


 着地した直後、キルトはその場に倒れてしまう。ティバを倒すことは出来たが、トドメを刺すまでには至らなかった。


 ティバは最後の力を振り絞って立ち上がり、自身の背後にポータルを開く。ゆっくりと後ろに倒れながら、捨て台詞を口にする。


「覚えて、いやがれ。今回はオレの負けだ……だが! 傷を癒やしたら、今度はオレが勝つ! ゾーリン隊長やネヴァルと一緒にリンチしてやる、その時を楽しみにしてろ!」


「ハッ、ついには仲間や上官頼りか。いいぞ、何度でも来い。我とキルトが返り討ちにしてくれるわ!」


 キルトを支えつつ、ルビィは右手の中指を立てティバを挑発する。悔しそうに顔を歪めながら、ティバはポータルの中に落ち……異界へと繋がる門は消えた。


「やったね、お姉ちゃん……どう? 僕……立派だったかな」


「ああ、よくやったぞキルト。見事雪辱を晴らし、奴を打ち倒したのだ! 共に勝利を掴めて、我はとても嬉しいぞ!」


 完全に力尽き、変身を解除するキルト。そんな彼を抱き上げ、ルビィは優しく抱き締めながら頬ずりをする。


「えへへ、僕もうれし」


「素晴らしい、サモンマスターバイフーを退けるとはな。流石はキルト・メルシオン。分家とはいえ、偉大なる英雄の血を継ぐ者なだけはある」


 キルトがはにかんだ、その時。どこからともなく拍手が響き、彼らの宿敵にして全ての元凶、ボルジェイの右腕……タナトスが姿を現す。


 突然のことに、キルトとルビィの間に緊張が走る。疲労困憊な状態では、とてもではないが再度の戦闘は不可能だ。


「フッ、安心するといい。私は戦いに現れたわけではない、純粋に賞賛しに来たのだよ。いや、本当に見事な勝利だった。敵ながら感動を覚え」


「お喋りはそこまでにしろ。キルトから聞いている、貴様ら理術研究院の犯した罪を!」


「ふふ、そうカリカリするな。苛立ちはストレスとなり、君の寿命を縮めるぞ? せっかく延ばした寿命を削りたくはなかろう」


 殺意を込めた視線を送るルビィを相手に、タナトスは飄々とした態度を崩さない。彼らの周囲を回るように歩きながら、キルトに声をかける。


「ところで、我々が開発したサモンギア……第一世代機ファーストと戦って何を感じたかね。よければ、後学のために意見を聞いておきたい」


「……さいっていな代物ですよ、あんなの。ブラックボックスが解析出来なかったからって、あんな風に改悪しますか? 普通。あり得ませんよ、ぜんっぜんセンスがありません!」


「……キルト? 今はあやつに付き合うより撤退した方が」


「いいえ、いい機会です! ここでオリジナルの製作者としてガツンと言ってやりますよ! だいたい……」


 タナトスに問われ、キルトは理術研究院製のサモンギアに対する不満をぶちまける。よほど腹に据えかねていたようで、タナトスすら若干引くほどの剣幕だった。


「サポートカードを使う機能すら搭載出来ないなんて、そっちの研究員はバカなんですか? バカなんですよね! そもそも」


「いや、もういい。耳の痛い話、大変染み入る。……まさかここまで語られるとは」


「ああ、うん、その……まあ、なんだ。お疲れ様……なのか?」


 たっぷり三十分ほど、キルトのサモンギア談義が続く。タナトスは髑髏の仮面の奥で、渋面を浮かべているのだろう。


 それがハッキリ分かるくらいには、声から覇気が消えていた。これには、さすがのルビィもどう対応するべきか迷ってしまった。


「ま、いいさ。こちらとしても『目的』は果たせた。もう一人が合流しないうちに、おいとまさせてもらうとしよう」


「ラッキーでしたね、タナトス。僕が万全の状態なら、ルビィお姉ちゃんと一緒にお前を……う、ゴホッゴホッ!」


「キルト、無理はす……フン、逃げたか。奴め、いずれ決着をつけてやる……覚えておけ」


 咳き込むキルトの背中をルビィがさすっている間に、タナトスは去っていた。彼が立っていた場所を一瞥し、ルビィはそう呟く。


「さあ、エヴァを回収してミューゼンに帰ろう。みんな心配しているだろうからな」


「そうだね。あーあ、結局当初の目的、果たせなかったなぁ」


「なに、宝石はまた後日探しにくればいいさ。今は身体を休めながら、勝利を喜ぼう」


「……うん。分かった!」


 疲れた身体をルビィに預け、キルトは微笑む。ティバを打ち破ったことで、ほんの少しではあるが……彼の心の傷も、癒えはじめていた。

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