第25話─竜と虎の決戦

「もっかい食らいなさい! ミノスムーンサルト!」


「あーら、あたし同じ技は二回も食らわない主義なのよ。ってわけで、こうしてあげる!」


『ロストコマンド』


「てやっ……ふべっ! ミノスの爆走脚が……消えた!?」


 エヴァは滑走し、再びネヴァルにムーンサルトを叩き込もうとする。それを見たネヴァルは、デッキホルダーからカードを取り出す。


 粉々に砕けた剣と鎧が描かれたカードをスロットインすると、エヴァに異変が起こる。アクセルコマンドの効果が消え、すっ転んでしまったのだ。


「いった~……やってくれたわね、このオカマ孔雀!」


「マッ、失礼ね! もうあったまきた、これでおしまいにしてやるわ!」


『アルティメットコマンド』


「フン、だったら必殺技合戦といこうじゃないの! 返り討ちにしてやる!」


『アルティメットコマンド』


 戦いはいよいよ大詰め。互いに切り札を投入し、相手を仕留めようとする。先に動いたのはネヴァル。彼の本契約モンスター、ビューコックが出現した。


 ネヴァルは翼にしていたマントを元に戻し、勢いよくひるがえす。それをビューコックがクチバシで咥えて、コマを回すようにスピンさせる。


「食らいなさーい! ビューティフルタイフーン!」


「ハッ、そんな人間コマなんかにやられるもんですかっての! 食らえ! ファラリススクラッチ!」


 全身から刃物のように鋭い切れ味を持つ羽根を生やして、エヴァめがけて突撃する。対するエヴァも、召喚したキルモートブルに乗り突進していく。


 二人のサモンマスターがぶつかり合い、溢れ出た魔力が突風となって吹き荒れる。両者共に威力は互角のようであり、一進一退の押し合いが続く。


「んぬぅぅぅぅぅぅ……! パワフルな牛ちゃんね、でも負けないわよォ!」


「頑張ってブルちゃん! あとちょっとであいつのバランスを崩せる! そしたらトドメを刺せるわ!」


「ブモォォォォォォ!!」


 永遠に続くと思われた二人の対決は、唐突に終わりを迎えた。周囲に渦巻く両者の魔力が膨れ上がり、混ざり合ったことで大爆発を起こしたのだ。


「キャッ!」


「あいたっ! ブルちゃん、大丈夫!?」


「んもぉ~」


「そう、よかった。デッキは無事だけど……ダメね、流石にダメージが大きすぎて変身を維持出来ない……」


 爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされるエヴァとネヴァル。地面に叩き付けられ、二人ともダメージがかさんだことで強制的に変身が解ける。


 こうなってしまっては、戦闘の続行は不可能。さすがに、もう一戦するには体力と魔力を消耗し過ぎてしまっていた。


「いてて……さすがは王のご息女、ウワサ通り強いわね。疲れちゃったし、ここは……一時撤退よ!」


「逃がすものか! ブルちゃん、轢き潰しちゃいなさい!」


「ぶもおおお!」


「ざーんねん、遅いわ。またいつか会いましょ、アデュー♪」


「キュオー!」


 疲労困憊ながらも、なんとかポータルを作り出すネヴァル。逃がしはしないと、エヴァはキルモートブルをけしかけるが……。


 直撃する前に、ビューコックがネヴァルの襟を加えポータルに飛び込んでしまった。結果、追撃が間に合わず取り逃がしてしまう。


「はー……やられた。サモンカードを使った戦いだと、元の格の差があまり出ないわね……普通に戦えば、あんなのすぐひねり潰せるんだけど……」


 ごろんと寝転がり、エヴァは脱力しながらふぅと息を吐く。大魔公である彼女も、疲労には勝てない。キルモートブルが消え、一人になる。


「あー……ダメ、身体が石になったみたい……。キルトのとこに行かな……ぷしゅー」


 どうにかして身体を起こそうとするも、完全に力尽き倒れてしまう。情けない声を出しながら、エヴァは海岸に打ち上げられたクラゲのような有様を晒していた。



◇──────────────────◇



「食らえ! ドラグスラッシャー!」


「チッ、この……ぐあっ!」


 サモンマスターブレイカとルージュの戦いが終わった頃、キルトはティバことサモンマスターバイフー相手に優位に立ち回っていた。


 ブレスコマンドを使って強化したドラグネイルソードを振るい、キルトは前回の屈辱を晴らすべく猛攻撃を仕掛ける。


「せいっ! やあっ! とおりゃあああ!!」


『いいぞ、そのまま押せキルト! 反撃の隙を与えずに一気果敢に倒してしまうのだ!』


「グッ、クソが……仕方ねえ、こうなりゃ切り札を使うしかねえか……!」


 強化効果を受けた状態のキルトに対抗するには、自分も強化するしかない。そう判断し、ティバは尻尾を使ってカードを取り出す。


 彼が取り出したのは、返り血で赤く染まった黒塗りの人物が描かれたカード。それをサモンギアに挿入した瞬間、禍々しい声が響く。


『バーサーカーコマンド』


「!? な、なに……? この禍々しい魔力は」


『気を付けろ、キルト。こやつ……様子がおかしいぞ』


「グ、ガフフ、グルァッ……。ウガァァァァァ!!!」


 直後、悪寒が走ったキルトは大きく後ろに跳ぶ。直後、彼がいた場所を爪が通り過ぎていた。よく見ると、ティバの様子がおかしい。


 目は焦点が合っておらず、半開きになった口からはよだれが垂れている。これまでとは纏うオーラの質も変わり、おぞましい殺気を放っていた。


「い、一体どうしちゃったんだろう? さっき使ったカードのせい?」


『そのようだな……む、来るぞ!』


「グルアッ!」


「は、速い!? くうっ!」


 キルトが戸惑うなか、ティバはこれまでとは比較にならない猛スピードで突進する。そのまま爪を振るって、連続攻撃を放つ。


「ルァァァァ!!!」


「こいつ、目に見えて身体能力が向上してる……まずい、このままじゃ受けきれない!」


『一旦下がるのだ、キルト! 剣と盾で武装し、奴のカード効果が切れるまで耐えるんだ! 今の奴は、強大な力と引き換えに理性を失っている。そこに付け入る隙があるはず。我が手助けする、離脱するぞ!』


「分かった、ありがとうお姉ちゃん!」


 必死に攻撃を防いでいるキルトに代わり、ルビィは翼を羽ばたかせ後ろに下がる。ティバが手出し出来ない空中に舞い上がり、体勢を立て直す時間を作る。


「ガルルル……グルァッ!」


「バーサーカーコマンド……文字通り『狂戦士』だよ、あれ。どんなモンスターと本契約したら、あんな物騒なカードが生成されるんだろ?」


『さあな、奴の姿からネコ科の獣だろうとは思うが。それより、早くサモンカードを!』


「うん、分かった!」


『シールドコマンド』


 手の届かない場所に逃れたキルトを見上げ、ティバは爪を振り回しながら威嚇する。そんな彼を見下ろしながら、キルトはカードをスロットインした。


 右手に盾、左手に剣。完全武装状態となったキルトは、急降下してティバにシールドバッシュを叩き込む。


「食らえ、ドラグバッシュ!」


「ガルァッ!」


『!? こいつ、跳んだだと!? まずい、頭上から来る!』


 それに対し、ティバは真上に跳ぶことで攻撃を回避した。理性は失われているが、その分闘争本能が研ぎ澄まされている。


 ゆえに、ティバは最適解な行動を採れた。真正面から迎え撃つのではなく、攻撃を避けて出鼻を挫き……弱点である頭部を狙って反撃を仕掛けたのだ。


「ガルッ……グルア!」


「うああっ!」


『キルト! 大丈夫か!?』


「だい、じょうぶ。ちょっとかすっただけだから……」


 咄嗟に身体を仰け反らせ、振り下ろされた爪を交わすキルト。だが、完全には避けきれず顔を斬られてしまう。


 顔の左側を斬られるも、反射的にまぶたを閉じていたため眼球に傷が付き、失明する事態は避けられた。もっとも、一時的に視界を封じられてしまったことに代わりはないが。


「ゴルル……グ、ガフッ! チィッ、仕留め切れなかったか。だが……いい具合に手傷は与えられたようだな、え?」


「やられたよ、まさかそんな危険なカードを持ってるなんて……」


「片目を封じりゃこっちのもんだ。万全じゃねえ状態で、魔力の消費もかさんで……そんなお前が、いつまで耐えられるか見物だな」


 キルトが後退したところで、バーサーカーコマンドの効果が切れティバが正気に戻る。と、同時に口から血を吐いた。


 狂戦士と化すのは、ティバにとって負担が大きいらしい。だが、そんな様子を表に出さず、彼はキルトを挑発する。


(確かに、ね。もう二十分ぐらいは戦ってるし……急いでケリをつけないと、こっちが持たない)


 ソード、シールド、ブレス。全てのカードの効果を異常し続けるには、バカにならないコストがかかる。単純計算で、爪だけを維持すればいいティバの三倍。


 そんなコストを五分ごとに支払わねばならないとう状況で、長期戦を行うなど無謀でしかない。早急に決着をつけなければ、キルトは魔力欠乏症に陥り死ぬ。


「ネヴァルの気配が消えた……勝敗は知らねえが、向こうはもう終わったってわけだ。次は、オレたちがケリつける番だぜ……キルト」


「望む、ところだ……ふぅ。僕は、絶対に負けない!」


 激しい戦いで傷付き、満身創痍な二人。龍と虎、両者の死闘が……いよいよ、終わる。

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