第23話─再戦の時

「これでいい、デッキホルダーの新調は終わった。あやつ……キルトが用いるサモンギアと同じ、オリハルコンとブルーメタルの合金製だ」


「ありがとうございます、タナトス様。これであたしもティバも、存分に戦えますわァ」


「強度は折り紙付きだが、油断はするな。下手を打てば、お前たちもサモンマスターケルベスの二の舞になるぞ」


 同時刻、理術研究院ではティバとネヴァルがメソ=トルキアに戻る準備を整えていた。新たな素材で作り直されたデッキホルダーをタナトスから受け取り、ネヴァルは礼を言う。


 そんな彼に、タナトスは忠告をする。ゴンザレスやセラーと違い、同じ組織に属する者として彼らには仲間意識を持っているのだ。


 ……、だが。


「安心しろよ、タナトス。オレたちがあんな捨て駒みたいなヘマ……いてっ!」


「こらっ、直属じゃないとはいえ上司にそんな態度したら失礼でしょ!」


「ってぇなあ、いきなり殴るんじゃねえよネヴァル!」


 ボルジェイとゾーリン以外には、例え格上であっても軽口を叩くティバの後頭部をネヴァルが叩いて諫める。そんなやり取りをしている二人に、タナトスは声をかけた。


「夫婦漫才をしている暇があったら、出発したらどうだ? 私は怒らぬが、ゾーリンに雷を落とされては堪らぬだろう?」


「……それもそうだな。隊長のゲンコツはクッソいてぇし。行くぞネヴァル、今度は二人がかりで裏切り者を殺すぞ」


「フフフ、いいわねェ。あんたのテラーコマンドがあれば、実質キルトを封殺出来るわけだし。もう一人さえなんとかすれば、勝ったも同然よ」


 ティバとネヴァルは、現地に向かう前だというのにもう勝った気でいる。その慢心が命取りになることを、タナトスは経験で知っていた。


 だが、あえて忠告はしない。彼からすれば、己を含め全ての命に価値を感じていないのだ。


「……所詮、この世にある命は全て換えの利く歯車に過ぎない。私も、奴らも……クククク」


 仲間を見送りながら、タナトスは笑う。ティバたちの勝敗、生死。そんなものはどうでもいいという感情を込めながら。



◇─────────────────────◇



「ねーキルト、こんなところまで何しに来たわけ? 埃まみれになっちゃうわよ」


「フフ、メレ……姉上や父上に、僕を受け入れてくれたお礼をしたくて。ジョンに聞いたんだ、たまーにこの廃坑道でルビーとかの宝石が採れるって」


 刺客たちが旅だったことなどつゆ知らず、キルトはルビィとエヴァを連れ、ミューゼンから北東に八十キロほど離れた場所にある鉱山に来ていた。


 非番だったジョンとたまたま街で会ったキルトは、彼に相談をした。自分を家族に迎えてくれたシュルムたちに、お礼がしたいと。


『なら、いい話があるぜ。ミューゼンから北東に八十キロ離れたとこに、廃墟になった鉱山があってさ。そこ、まだ奥の方で宝石が採れるんだ。贈り物にゃピッタリなんじゃないか?』


 そんな話を聞かされ、キルトは仲間と共にはるばるやって来たのだ。八年ほど前に閉鎖されたという鉱山だが、たまーに冒険者がやって来るという。


 坑道に巣食うモンスターの討伐や、たまに採掘出来る宝石類での小金稼ぎをしに来るのだと、これまたジョンから教わった。


「へえ、通りで廃坑なのに整備されてるわけだわ。これなら、はぐれないように気を付けるだけでも十分ね」


「そうだな、モンスターへの警戒は我に任せておけ。この鼻なら、どんな薄い匂いも嗅ぎ取ってやれるからな」


「うん、頼りにしてるねお姉ちゃん。さ、宝石探してレッツゴー!」


 そんなこんなで、ライト付きの安全ヘルメットを身に着けた三人は慎重に廃坑を進む。すると、五分もしないうちにモンスターに出迎えられた。


「キキャーッ!」


「キーッキーッ!」


「わ、ジャイアントバットだ! よーし、せっかくだからブランクカードに封印しちゃお! ルビィお姉ちゃん、いく」


「よっ、ほっと!」


 廃坑に住むコウモリ型のモンスター、ジャイアントバットが二体現れたのだ。ついでにサポートコマンド用にゲットしようと、キルトは義手に手を伸ばす。


 が、それよりも速くエヴァが動いた。素早く前進して、軽くジャンプしてからハイキックを繰り出す。加齢な蹴りを浴びせ、モンスターを瞬殺してみせた。


「キュイ~……」


「キキッ、キィ……」


「こんな雑魚相手に、いちいち変身する必要ないわよ。ついでに、アタシもこいつ封印しとこっと。キルトが改良してくれたんだし、有効活用しなきゃね」


「うわぁ……やっぱりエヴァちゃん先輩はかっこいいや!」


 あっさりとジャイアントバットを蹴散らしてみせたエヴァに、キルトは尊敬の眼差しを向ける。ドヤ顔をするエヴァを見て、ルビィは『次は自分の番』と気合いを入れた。


 手早くブランクカードへの封印を済ませ、先へ進む二人。浅い階層は、すでに冒険者たちによってめぼしい鉱石やお宝が持ち去られてしまっていた。


「んー、ダメね。これは奥まで行かないと採掘出来なさそうだわ」


「ちょっと危険だけど、潜ってみる? 何かあったら、エヴァちゃん先輩のポータルできか……う、くっ!」


「キルト、どうした!? 腕が痛むのか!?」


 次のフロアに進もうとした、その時。義手が接続されている部分に、強い痛みを覚えキルトはうずくまってしまう。


 心配するルビィたちを余所に、キルトは悟る。──再び、ティバが来ると。


「ここにいたら、まずい……! 敵が来る、地上に戻ろう!」


「分かった、エヴァ頼む!」


「任せて! さ、飛び込むわよ!」


 ティバの襲来を察知したキルトは、廃坑の外に出るべくエヴァたちに声をかける。彼らがいる廃坑は広いとはいえず、全力で戦えば崩落してしまう。


 敵味方もろとも生き埋め、などという事態は洒落にならないので、三人は急いでポータルを通って脱出する。廃坑の外にある広場にキルトたちは撤退した。


「大丈夫か? 無理はするな、キルト。最悪エヴァに任せて、撤退するという手も」


「そいつはさせねえぜ? よぉキルト、また会えて嬉しいなぁおい」


「ハロ~。今回はあたし、ネヴァルちゃんもいるわよ~」


「! もう来たか……しかも、今回はコンビでの襲撃……どうあっても逃がさないつもりか」


 唯一癒やせなかった古傷の痛みに苦しむキルトを逃がそうとするルビィだが、そうは問屋が卸さない。ポータルが開き、ティバとネヴァルが現れた。


「当たり前だろ? ボルジェイ様を裏切ったクズには死んでもらわなきゃならねぇんだよ……そうじゃなきゃ、オレの怒りは収まらねぇ!」


「あたしたち、ボルジェイ様には多大な恩があるのよねェ。だからサ、ここで死んでほしいのよ」


 右腰に装備したデッキホルダーから契約エンゲージのカードを引き抜き、キルトたちに見せびらかすティバとネヴァル。


 そんな彼らを、エヴァとルビィ、キルトは睨む。逃がすつもりがないのなら、ここで返り討ちにするのみ。


「ふざけたこと抜かしてんじゃないわよ、ションベン臭いクソガキども。これ以上キルトは傷付けさせない、誰であっても!」


「そうだ、もうキルトは十分に苦しんだ。これ以上我が主を苛むつもりなら。……魂ごと塵にしてやる」


「もう僕は負けないよ。ティバ、ネヴァル。お前たちを倒して、僕は過去と決別する!」


 キルトとエヴァも契約エンゲージのカードを取り出し、相手に見せる。両陣営共に、退くつもりはない。殺るか殺られるか……未来は二つに一つ。


『サモン・エンゲージ』


 四人は同時にカードをスロットインし、サモンマスターの姿に変身する。燃え上がる決意を胸に抱く竜の騎士、サモンマスタードラクル。


 愛する者を滅さんとする者たちへの怒りを、憎しみをたぎらせ破壊衝動をあらわにするサモンマスターブレイカ。


 彼らに相対するは、血に飢えた狂虎の化身、サモンマスターバイフー。そして、その相棒……未知数な実力を持つサモンマスタールージュ。


「キルト、あっちの鳥野郎はアタシが相手するわ。だから、もう一人の方にリベンジかましてやんなさい」


「うん、ありがとうエヴァちゃん先輩。……行こう、ルビィお姉ちゃん。前の戦いの借りを返してやる!」


『ああ、我とキルト……二人が揃えば敵はない!』


 理術研究院に抗う者たちと、従う者たち。両者の決戦が今、幕を開ける。勝つのはキルトたちか、ティバたちか。


 最後に運命の女神が微笑むのは、果たして──。

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