第21話─心を癒やすは竜の務め

 無事セラーを撃破し、ミューゼンに戻ったエヴァ。激しい戦いになったため、ずっとお腹がぐぅぐぅ鳴りっぱなしだ。


「はー、お腹すいた。屋敷に戻ったらお昼ご飯食べなきゃ。メイドさんたちにお願いして、ブルちゃんにも餌をあげないと」


 格好よく活躍したことをたっぷり自慢し、キルトに褒めてもらおう……そんなことをついでに考えながら、屋敷に戻る。


 とりあえずキルトを探そうと、衣装室に向かう。まだ着せ替えをしているかもしれない、と思ってのことだ。


「キルトー、いるー?」


「あ、エヴァちゃん先輩! 見て見て、この服似合うかな?」


 予想通り、まだキルトは礼服を選んでいる最中だった。彼は現在、涼しげな青色の燕尾服を着ている。オレンジ色の蝶ネクタイが、ちょうどいいチャームポイントになっていた。


「!?!?!!!???!!?!? ちょ、ちょっと……何よその格好……可愛すぎるじゃないの……! 可愛すぎるじゃないの!」


「な、なんで二回言っうわーっ!?」


「もうダメ! 可愛すぎて無理! さあ今から二人で愛の逃避行に」


「行かせるかこの年増ツインテールがーっ!」


「へぶっ!」


 メイドたちの手で、おしゃまなショタ紳士になったキルト。そんな彼を見て、エヴァの愛が暴走する。彼を抱え、そのまま脱走しようとする、が。


 すでに部屋に入り、メイドたちを手伝っていたルビィによって阻止された。キルトを奪還され、ついでに関節技を極められる。


「いだだだだだだ!! ギブ、ギブアップ! 骨が、骨が折れる!」


「貴様のような不埒者の骨なぞ全てへし折ってくれるわ!」


「……元気ねぇ、彼女たち。さすがキルト様のお仲間……」


「そうね、とっても賑やかで見てるだけで面白いわ」


「いや、なんというか……恥ずかしい限りです。ほんと……」


 もはや定番になりつつある、ルビィとエヴァのドタバタを見ながらクスクス笑うメイドたち。一方のキルトは、情けないやら恥ずかしいやらでため息をつく。


 それから数十分後、ようやく着せ替えタイムが終わり昼食となった。現在、シュルムは領内の視察に出ているためキルトたち三人だけでの食事となる。


「ほう、そんな相手だったのか。そのタナトスという人物……かなり厄介だな」


「アタシもそう思うわ。裏でいろいろ動くタイプの奴って、侮れないから」


「そうだね、ただ……タナトスは神出鬼没だから、こっちから仕掛けて倒すってのはたぶん無理だと思う」


 セラーの話題はそこそこに、三人はタナトスについて話をする。理術研究院長、ボルジェイの右腕たる厄介な敵にどう対抗するかを話し合う。


「そういえばさ、疑問に思ってたんだけど。なんでサモンギアにカードを入れると音声が鳴るわけ? 音声認識システムなのこれ」


「それは我も気になっていたな。わりと音も大きいし、不意を突くような使い方には不向きだろう」


「だからだよ。そもそも、音が鳴ったり一変身でカードを一回しか使えなかったりとかの制約は、全部僕が『あえて』入れたんだ」


 ロブスターの蒸し焼きを殻ごと食べながら、エヴァはふと抱いた疑問をキルトに問う。ルビィも便乗すると、そんな答えが返ってきた。


「え、そうなの?」


「うん。僕はサモンギアを暗殺とかの汚い手段に使われるのが嫌だったんだ。だから、いろんな制約をブラックボックスにブチ込んでやったのさ。ボルジェイなんかには解析出来ないようにね。ふふん!」


 珍しく得意げな顔をするキルトを見て、ルビィとエヴァはキュンとしてしまう。製作者からの裏話を聞き、とりあえず二人は納得した。


「キルトもいろいろ考えてるのね。まあ、そういう制約がなかったら結構危険よね、このアイテム」


「あ、そうだ。僕も思い出したよ。エヴァちゃん先輩、そのサモンギアちょっと借りていいかな? 理術研究院製のギアの構造を調べたいんだ」


「いいわよ、その間ブルちゃんと遊んでるから。あ、でも契約とか大丈夫かしら?」


「問題ないかな、半日もあれば終わると思うから支障は出ないよ」


「ふふ、キルトは凄いな。うむ、それでこそ我が魂の伴侶だ!」


「わ、くすぐったいよルビィお姉ちゃん」


 食事をしながら、微笑ましくじゃれ合う三人。昼食を終えた後、キルトは部屋に引っ込み早速エヴァが使っているサモンギアの解析を行う。


 屋敷で働く職人から借りた工具を使い、あっという間にヘッドギアをバラバラにするキルト。それを間近で見ていたルビィは、感心して声をあげる。


「ほう、凄いな。あっという間に分解してしまったぞ」


「まあね、基本の構造は僕のと同じみた……って、なぁにこれ!? ひっどいなあ、ブラックボックスを解析出来ないからってこんな滅茶苦茶な後付けして……」


 手際よく外装を外し、内部の魔導基盤を引っ張り出すキルト。が、すぐに顔をしかめて頬を膨らませる。


 それを見たルビィは、思わずキルトのほっぺを指で押して空気を吐き出させる。ふしゅーという気の抜ける音に、思わず笑ってしまう。


「もー、やめてよお姉ちゃん。人が真面目にやってる時にー」


「いや、悪い悪い。あんまりにもキルトが可愛いのでな、ついちょっかいを出してしまった。で、そんなにこのギアはダメなのか?」


「うん、まるでダメ。てんでなってない。オーク討伐の時にエヴァちゃんから聞いてたから、ある程度予想してたけど」


 どうやら、キルトが持つオリジナルのサモンギアの完全再現はおろか、まともなコピーすら出来ていないらしい。


 ぷんぷん怒りながら、キルトは改良を加えていく。サポートカードを使えるように基盤を組み替え、再びヘッドギアを組み立てる。


 この間、僅か三十分の出来事であった。本来の予定である半日より、遙かに早く作業が終わってしまう。


「ふー、これでよしっと。あんまりいじるところがなかったから、すぐ終わっちゃっ……お姉ちゃん、どうしたの?」


「……いや、改めてキルトは頭がいいのだなと感心していたのさ。我にはちんぷんかんぷんだよ、こういうものは」


「えへへ、ありがとう。さーて、やることはもう終わったし……何しよっかな」


「ふふふ、なら……我と存分に乳繰り合おうではないか! それっ、ダーイブ!」


「ひゃっ! い、いきなりベッドに飛び込むのはビックリするよ!」


 机の上に工具を置き、一息つくキルト。そんな彼を後ろから抱え、ルビィはベッドにダイブする。ゴロゴロ転がり、存分にスキンシップを楽しむ。


 ルビィはキルトのほっぺをむにむにしながら、くんくんと匂いを嗅ぐ。キルトはくすぐったそうに身体をよじりつつ、お返しとばかりにルビィの翼を触る。


「ん……こら、そこは敏感なのだ。あまりしつこく触ると、温厚な我も……ひあっ!?」


「それっ、こちょこちょ~!」


「くっ、ひふっ、はははっ! こ、こら! 翼膜をくすぐるのは卑怯……アハハハハ!! こうなれば反撃だ! 覚悟しろキルト!」


 お互い脇腹や翼膜をくすぐり合う二人。しばらくして、笑い疲れて休憩に入る。ベッドに寝っ転がっていると、キルトが声をかける。


「ねえ、ルビィお姉ちゃん。僕、お姉ちゃんに会えて本当によかった。こんなに心から笑えたの、久しぶりだよ」


「ふふ、そうか。なら、これからはもっとキルトを笑顔にしてやろう。過去の辛い記憶など、全て我やエヴァたちとの楽しい日常で塗り潰してしまえばいい」


「うん! 大好きだよ、ルビィお姉ちゃん」


「ああ、我もキルトのことが大好きだ。いや、そんな程度では済まんな。我はキルトを愛しているぞ、海よりも深く、山よりも高く」


 そう口にしながら、ルビィは優しくキルトの髪を撫でる。こうした触れ合いが、少年の心を癒やし……傷を埋めていく。


 こうした出来事が、のちに来たるティバとの再戦で意外な効果を発揮することになるのだが……キルトやルビィは、まだそのことを知らない。

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