第20話─暴虐の知将、エヴァンジェリン
「年季の、違い……? そんなもの、関係ない! 私は、みんなの仇を討たなくちゃいけないの!」
「ハッ、それがお門違いだっつーのに。ま、説明したところで分かんないか。あんたバカそうだし」
タナトスに吹き込まれた話を信じ込み、エヴァを睨みながら立ち上がるセラー。キルトやルビィなら、真実を告げて目を覚まさせるところだが……。
エヴァはそんなムダなことはしない。他者にいいように使われることしか出来ない者は、さっさと消えるべき……そう考えているのだから。
良くも悪くも、彼女の思考は闇の眷属らしいドライさに支配されている。唯一、キルトに関する事柄を除けば。
「私は……私はバカじゃない! 不敬罪にするわよ!」
「やってみなさいよ、そんな権限があるんならね。はー、これだから権力しか誇れないバカは嫌いなのよねぇ、ホント」
「むうう……もう許さない! 今度はこっちで相手してやる!」
『スピアーコマンド』
弓では攻撃を当てられないと判断し、投げ捨てるセラー。デッキから、先端が二股に分かれた槍が描かれたカードを取り出しスロットインする。
そうして呼び出した、長い柄がある槍を構えてエヴァめがけて突進していく。
「このダブルホーンスピアで貫いてやる!」
「ふーん、流石に愚行を繰り返すほど低能ではないみたいね。なら、こっちもやり方を変えさせてもらおうかしら!」
『アックスコマンド』
リーチの短い篭手では、一方的にセラーになぶられてしまう。相手がケンタウロス体型でなければ、懐に飛び込んでしまえばいいのだが……。
迂闊に潜り込めば、前脚で踏まれたり後ろ脚で蹴飛ばされる可能性がある。そこで、得物を変えて中距離戦を行うことにしたのだ。
「さあ、お次はこのミノスの大戦斧でぶった斬ってやるわ! 覚悟しなさい!」
「今度は負けない! ホーンディスペンド!」
お互い得物を構え、その時を待つ。真っ直ぐ突撃するかに思われたセラーは不意に進路をズラす。エヴァから見て右にステップし、槍を振るう。
「せいっ!」
「っとお、フェイントってわけ? いい判断だけど、アタシには通じないわね!」
「だったら、これも追加する! 避けられるなら避けてみなさい!」
『ウィングコマンド』
エヴァは身体を反らしつつ、斧で相手の攻撃を受け流す。セラーはそのまま走り去り、地面に槍を突き刺した。
槍を基点に、身体を浮かせて無理矢理方向転換して着地した後、三枚目のサモンカードを取り出す。描かれているのは、漆黒の翼だ。
「!? う、馬の方の背中に翼が!?」
「今度は空からよ……! お前の手が届かないところから攻撃してやる!」
馬のボディに、一対の翼が生える。堕天使を思わせる漆黒の翼を羽ばたかせ、セラーは上空へと舞い上がっていく。
今度こそ、エヴァの手が届かない上空からの攻撃で仕留める……つもりでいるのだが、セラーは自分が致命的なミスをしていることに気付いていない。
(バカね、あいつ。アタシならまずは槍で相手を牽制して、ある程度実力と手の内を測ってから翼生やして飛ぶわ。で、弓矢で一方的にいたぶって始末する)
つまるところ、セラーはカードを使う順番を致命的に間違えてしまったのだ。いくら柄が長いとはいえ、槍のリーチも限界がある。
結局は、わざわざ地上に降りなければ攻撃出来ないのだ。とんちんかんな戦法を、エヴァは心の中で思いっきりあざ笑う。
(やっぱド素人はダメね。まるで戦い方がなってないわ。箱入りなお姫様に、戦場で活躍するなんてどだい無理な話よねー)
「さあ、この槍に貫かれなさい! そしてその命を散らし」
「ほいっ、ミノスブーメラン!」
「へ? あきゃっ!」
空にいれば、エヴァの攻撃は届かない。そう思い込んでペラペラ口上を述べているセラーめがけて、エヴァは斧をブン投げた。
得物をブン投げるという発想自体がないセラーは、面食らって動きが止まってしまう。当然、そこに斧が直撃して無様に墜落した。
落下の衝撃で槍がへし折れ、消滅する。これで、セラーは丸腰になった。
「はー、こりゃダメね。気配の邪悪さだけいっちょ前で、あとは赤ちゃんよりダメダメじゃない。こんなのが相手なら、先手を打って始末しに出る必要なかったわね」
「う、ひぐっ、ぐすっ……。そ、そこまで言わなくたっていいじゃない……」
「あーあ、泣いちゃった。ま、だからって見逃すつもりはないけどね。キルトに仇為す意思を一度持った以上……絶対逃がさないから」
理術研究院製作のサモンギアは、サポートカードを扱うことが出来ない。つまり、セラーに残されたカードはアルティメットの一枚だけ。
このままトドメを刺そうと、エヴァは戻ってきた斧をキャッチしつつ相手の元に向かう。身体を起こしたセラーは、最後の抵抗を試みる。
「こ、来ないで! 近寄らないでください! それ以上近付くなら……こ、これを使いますよ!」
斧を引きずりながら近寄ってくるエヴァに、セラーは疾走するバイコーンが描かれたカードを見せ付けながら叫ぶ。
一見勇ましいが、声がうわずっているのが丸わかりだ。当然、エヴァは退かない。むしろ、自分もアルティメットのカードを取り出す。
こちらのカードには、疾走するキルモートブルの姿が描かれている。
「へーぇ。いいわよ、使いなさいよ。せっかくだから、最後くらいは必殺技の撃ち合いで華々しく散らせてあげるわ」
「うう、退かないのね……! なら、今度こそ絶対、ぜーったいに返り討ちにしてやる!」
「やってみなさいよ。有言実行出来た試しもないクセにね!」
『アルティメットコマンド』
両者共に、カードをサモンギアに挿入する。先に効果が発動したのは、セラーの方だった。下半身が分離し、本契約モンスターであるバイコーンに分離する。
人間の姿に戻ったセラーは、相棒の背に乗りエヴァに突っ込んでいく。バイコーンの額に生えた二つの角が巨大化し、ドリルの如く回転する。
「食らいなさい! ダブルホーンドリラー!」
「ハッ、突進合戦ならこっちに分があるわ! 行くわよブルちゃん! あんな馬なんて轢き飛ばしちゃいなさい!」
「ブモオオオオオ!!!」
少し遅れて、キルモートブルが鎧から分離して召喚される。エヴァは背に飛び乗り、相棒を勢いよく走らせる。
キルモートブルとバイコーン、両者が激突する。そのまま押し合いが始まるかと思われたが……ぶつかった衝撃で、セラーが投げ出された。
「きゃっ!」
「はい、これで終わりね。覚悟しなさい……アタシの奥義、とっても痛いから!」
「いやっ! は、離して!」
エヴァは左腕を伸ばし、セラーの後頭部を掴む。斧をバイコーンに投げ付けて怯ませ、進路を開けさせる。彼女の奥義は……ここからが本番なのだ。
「出でよ、エクスキューションロード! さあ……これでフィナーレよ! 食らいなさい、ファラリススクラッチ!」
「いぎっ……あああああ!!」
エヴァの左側に、半透明な黄色の障壁が現れる。それは遙か前方まで伸びており、終わりが見えない。障壁にセラーの頭を押し付け、エヴァは相棒を走らせる。
障壁……エクスキューションロードで顔をすり潰され、セラーは悲鳴をあげる。ある程度走ったところで、エヴァは相手を上空へ放り投げた。
「あ、が……」
「バイバイ、お姫様。来世はアタシと関わらないで済むことを祈りなさい!」
「ひ……いがっ!」
死に体のセラーを追って、エヴァもキルモートブルの背中を蹴り飛び上がる。相手を追い越し、身体を縦に回転させてかかと落としを叩き込む。
断末魔の声を漏らし、セラーは力尽きて落下していく。落下地点には、すでにキルモートブルが待機している。鋭い角に貫かれ、セラーは息絶えた。
「ブル、ゴルル……ヒィンッ!」
「バイコーンも死んだわね。やぁれやれ、ホンット手応えのない相手だったわ。これなら、前に戦った虎のガキの方がまだマシね」
契約者たるサモンマスターフォールンと連動し、バイコーンもまた命を落とした。変身を解除し、エヴァは心底つまらなさそうに呟く。
「ま、いいわ。キルトやルビィが心配してるだろうし、さっさとかーえろっと」
もはやセラーへの興味はこれっぽっちもなく、エヴァはポータルを開いてミューゼンに帰っていった。それからしばらくして、別のポータルが現れる。
「……ふむ。サモンギアを盗み出したのは、グラキシオス王のご息女であったか。ククク、これはいい。彼女がもっと暴れてくれれば、さらにデータを収集出来る……フフ、ハハハハ!!」
セラーの遺体を見下ろしながら、タナトスは愉快そうに笑う。デッキホルダーとサモンギアを取り外し、魔力を送り込んで粉々に粉砕する。
「そろそろ、サモンマスターバイフーとルージュが復帰する。次は、二対二で戦ってもらうとするか……ふふふふふ」
死神は不気味な呟きを残し、消え去った。
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