第19話─出撃! サモンマスターブレイカ!

 フェルシュたちが死に、新たな刺客が生まれたことなどつゆ知らず。キルトは、シュルムと共にデルトア帝国の首都シェンメックに向かう準備をしていた。


 シュルムの養子になるということは、キルトも正式に貴族の地位に列せられることを意味している。いずれ彼に嫡男が生まれれば話は別だが、そうでなければ将来パルゴ領を継ぐことになる。


 そのため、皇帝や他の貴族たちに顔見せをして、存在の認知と養子縁組の承認をしてもらう必要があるのだ。


「うーん、キルト様にはこっちのタキシードの方が似合うんじゃないでしょうか?」


「いや、こちらの蝶ネクタイ付きの方が似合うと思うわよ。でも、ちょっと大きいわね。街の職人に発注しなきゃ」


 現在、キルトはメイドたちに服をとっかえひっかえされていた。皇帝との謁見に備え、礼服を新調しなければならないのだ。


 最初はキルトも楽しんでいたが、いつしかメイドたちの着せ替え人形にされていることに気付き苦笑いしている。


「ふっ、キルトめ。苦笑いではあるが、楽しそうにしているな。うむ、やはりキルトは笑っているのが一番だ」


「そうね、アタシもそう思う。こういうところだけ、意見が合うわねぇアタシたちは」


「お互い、キルトのことは誰よりも大切にしているからな。いつまでもケンカばかりしていては、キルトにいらぬ心配をさせる……そうだろう? エヴァ」


「まあ、それもそうね。いいわ、これからは対等なライバルとして接してあげる。感謝しなさい、ルビィ」


 キルトの養子縁組を機に、これまでいがみ合いケンカを繰り返していたルビィとエヴァの関係にも変化が現れていた。


 これまではお互い、ただの邪魔者としか思っていなかったが……これからは、共にキルトを守り、支えていく『仲間』にして『ライバル』になったのだ。


「ようやくまともに名前を呼んだわ……」


「どうした、エヴァ。急に固まって」


「あんた、ここにいなさい。アタシはちょっと出かけてくるから。……いやーな気配が、南の方から近付いてきてんのよね。様子を見てくるわ」


 パルゴ領から遠く離れた、レマール王国に現れた邪悪な気配……セラーことサモンマスターフォールンの存在を察知したのだ。


 今はまだ、遠く離れた場所にいる。だが、放置しておけば確実に災いをもたらす。ゆえに、エヴァは戦いに赴こうとしている。


「一人で平気なのか?」


「当たり前でしょ、幸せいっぱいのキルトの余韻を壊したくないし。ここはアタシに任せときなさい。サクッと終わらせて帰ってくるから」


「……分かった。では、我は念のためにキルトをそれとなく見守っておこう。予想外のところから、敵が攻めてくるかもしれぬからな」


「んじゃ、お互いやるべきことをやりましょ。また後で!」


 そう言い残し、エヴァはポータルを開いて中に飛び込んだ。目指すは、レマール王国。ひとまず、王国と帝国の国境まで移動した。


 最初は直接王国内にポータルを開こうとしたのだが、不可思議な力に阻まれてしまい乗り込むことが出来なかったのだ。


 関所を通り、王国に入ろうとするが……役人に止められてしまう。現在、王都で革命が起きて危険なため、入国を禁じているのだという。


(ははあ、アスモデウスね。あれから速攻で処刑をやったってわけか……あの侵入を拒む謎パワーもあの方の仕業ね。参ったわ、これじゃ王国に乗り込んで気配の主を倒す作戦は出来ないか)


 先手を打って攻撃を仕掛けるつもりだったエヴァだが、国境を超えられないのでは諦めるしかない。無理矢理密入国すれば、後々シュルムに迷惑がかかる。


 ゆえに、相手が帝国に入ったところを攻撃する方針に切り替えた。気配の移動ルートから、進路を予測してエヴァは先回りする。


「相手は街道を避けて北上してるわね。自分の姿を見られたくないのか、単にそれが最短ルートだからなのか……。どっちにしても、必ずこの草原を通るはず。ここで待ち構えるとしましょ」


 そう呟き、エヴァは座り込んであぐらをかく。幸い、時間ならたっぷりある。数時間が経ち、日が高く昇る頃。


 ついに、気配の主が姿を現した。エヴァの元にやって来たのは……半人半馬、ケンタウロスのような姿に変貌したセラーだった。


 馬となった下半身も、上半身を包む鎧も全て赤黒い色をしていた。頭部には、二本の角が付いたカチューシャを身に着けている。


「あなた……誰? 不思議ね、私と似たようなオーラを感じる……」


「そのオーラの正体って、コレのことでしょ? 待ってたのよ、あんたが来るのをずっとね」


「! そのデッキ……まさか、あなたもタナトス様からデッキを?」


「違うわ。アタシはキルトを守るために盗んだのよ、このデッキとサモンギアをね。あんたの狙いは分かってる、キルトには指一本触れさせないわよ」


 下から相手を睨み付けながら、エヴァはデッキホルダーを取り出しつつ立ち上がる。一方のセラーも、右腰に着けたホルダーを取り出す。


「キルト……そう、あなたは彼の仲間なのね。なら、私の敵よ。一族の終焉を招いた元凶は、私の手で殺してやる!」


「ハッ、その様子じゃタナトスって奴に何か吹き込まれたみたいね。でも、生憎アタシは間違いを訂正してあんたを更生させてやるような甘ちゃんじゃないの。返り討ちにしてやる、死ね!」


『サモン・エンゲージ』


 そう叫び、エヴァはホルダーから契約エンゲージのカードを取り出し、サモンギアに挿入する。デッキを胸の谷間にしまいつつ、サモンマスターブレイカへと変身した。


 セラーことサモンマスターフォールンもデッキを腰に戻し、弓矢が描かれたカードを取り出して胸のスロットに挿入する。


「返り討ち? それはこっちの台詞よ!」


『アローコマンド』


「へぇ、相手の得物は弓、ね。面白いじゃない」


 セラーの手元に黒い弓が、上半身の背中に赤い矢筒が現れる。素早く矢をつがえ、エヴァめがけて必殺の一矢を放つ。


「死になさい!」


「ハッ、そうはいかないっての。百戦錬磨のこのアタシが、そう簡単に負けるもんですかっつーのよ!」


『ナックルコマンド』


 飛来する矢を皮一枚で避け、エヴァは一枚のカードを取り出す。銀色の篭手が描かれたカードをスロットインし、得物を呼び出した。


 直後、彼女の腕を銀色の篭手が覆った。手首から先は牛の頭部を模しており、鋭い二本の角が生えている。


「このミノスの剛鉄拳でボッコボコにしてやるわ! 覚悟しなさい馬女!」


「馬女? 違う……私には、タナトス様が授けてくれたサモンマスターフォールンという名があるのよ! バイアシスアロー!」


「すっトロい矢ね、そんなもん弾き落としてやる! ミノスナックル!」


 激昂したセラーは、次々と矢をつがえ連射する。対して、エヴァはその場から動くことなく拳を構えた。そして、飛んできた矢をパンチで弾く。


 ガキィン、と篭手と矢じりがぶつかり合う鋭い音が草原に響き渡った。篭手には傷一つなく、美しい輝きを保っている。


「!? そんな、私の矢を全部弾くなんて!」


「フン、この程度の攻撃なんて目を瞑ってても防げるわよ。こちとら、大魔公になるために修羅場潜ってんだから。もっと本気出さないと、勝てないわよ!」


「くうっ……ならこうよ! サークルシュート!」


 普通に射っても通じないならと、セラーはエヴァを中心に円を描くように走り出す。魔力を矢筒に与えて矢を補給しつつ、再び連射する。


「今度は全方位からの攻撃よ! 弾けるもんなら弾いてみなさい!」


「は? あんたバカァ? こんなの弾こうなんて、アホのすることじゃない。こうするに決まってんでしょ!」


 いくらエヴァでも、全方位から休みなく放たれる矢を全て弾き落とすのは無理だ。なので、彼女は真上に飛んで矢をかわした。


 面食らっているセラーに向かって腕を向け、篭手に生えている二本の角を射出する。鎖が付いた角が、セラーの肩に食い込む。


「隙アリ! ミノスクラッチ!」


「しまっ……きゃあっ!」


「っと、まあこんなもんね。分かった? 馬女。あんたとアタシじゃ、戦いの『年季』ってモンが違うのよ」


 そのまま鎖を巻き取り、セラーに急接近したエヴァは膝蹴りを叩き込む。相手がもんどり打って倒れるなか、クラッチを解いて少し離れた場所に着地する。


 好戦的な笑みを浮かべながら、猛牛の化身はそう口にした。

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