第17話─キルトの決断

 翌日。結局、キルトは答えを出せなかった。ついでに、ルビィとエヴァは戻ってこなかった。


「ふあ……考え込んでたら全然寝られなかった……。もう一眠り、しちゃおうかな……」


 一晩中、養子になるかならないかを考えていたためキルトは寝不足になっていた。今日は安息日、騎士団の仕事はお休みだ。


 お手伝いすることもあまりないため、せっかくだからとキルトは二度寝することにした。ぽふっと横になり、まぶたを閉じ……。


「キルト様、キルト様! 失礼します、大変なことが起きまして……!」


「ふあっ!? な、何ですか!? またモンスターのが襲来!?」


 ……ようとしたところで、慌てた様子のメイドが部屋に飛び込んできた。学園時代以来となる二度寝は、またの機会となった。


「いえ、違うんです! 隣国レマール王国の使者が、突然現れて……キルトさんを引き渡せと言ってきているんです!」


「!? お、王国からの使者……! う、くうっ!」


 メイドの言葉を聞き、キルトは驚く。同時に、左腕の古傷が痛み出した。悪いことが起こりそうな時、必ず両断された腕が痛むのだ。


 取り急ぎ、キルトは寝間着から普段着に着替えてメイドと共に部屋を出る。すでに、シュルムが応接室にて使者の応対をしているという。


「閣下、キルト様をお連れしました!」


「おお、ちょうどいいところに! キルトくん、こっちにおいで」


「は、はい……」


「いや、その必要はありません。この場で彼は回収させてもらいます。もともと、我らの国の民ですからなぁ」


 応接室のソファに、白い礼服を着た太った男が座りシュルムと相対していた。男の背後には、赤い鎧を着た護衛が三人立っている。


 シュルムはメイドを下がらせ、キルトを自分の元に呼ぶ。が、そうはさせまいと先に礼服の男が動き、立ち上がってキルトの左腕を掴む。


「は、離してください!」


「離すものか、フェルシュ様を捨てて逃げおって! 貴様のせいで、我が国は滅亡寸前なのだぞ!」


「使者殿、我が屋敷にて手荒な真似をするのであればただでは済まさぬぞ。それに、キルトくんは我輩たちの恩人。事と次第によっては……」


「うるさいぞ! 部外者は黙っておれ! こやつは勇者であり、レマール王国第一王子たるフェルシュ様の仲間なのだぞ! 元とはいえな! ゆえに、我らが連れ帰ることに問題はないだろう!」


 嫌がるキルトを無理矢理引きずっていこうとする、王国の使者。このままでは、キルトの身に災いが降りかかる。


 直感で悟ったシュルムは、机を叩きながら立ち上がる。あまりの迫力に、使者はビクッと身体を震わせ、手を離してしまった。


「……問題はある。キルトくんは先日、我輩の養子として迎え入れた。すでに養子縁組の書類も用意している。養子とはいえ、他国の貴族の令息を連れ去るのであれば……外交問題に発展しますぞ」


 少しだけ嘘を混ぜて、シュルムは使者たちを睨む。だが、多少怯んだだけで尻尾を巻いて帰るつもりはないようだ。


「なんだと!? ……ぐぬぬぬ、そんなの知ったことではない! かくなる上は……お前たち、やれ!」


「ハッ!」


 使者の言葉を受け、護衛たちが動く。キルトはシュルムを守るために立ちはだかるが……両者の間にポータルが開き、傷だらけのエヴァが現れた。


「ひいっ!? な、なんだこいつは!?」


「あんたらぁ~……アタシのキルトになぁにしようとしてるわけ……? そんなに死にたいの……?」


「ひっ、ひいいいいい!! 命だけはお助けをーーーー!!!」


「こ、こら! わしを置いて逃げるな! この役立た」


「フンッ!」


「あぎゃぱっ!」


 凄まじい迫力に、パニックを起こして逃げ出してしまう。一人残された使者も逃げようとしたが、エヴァに髪を掴まれ、机に顔面を叩き付けられた。


「うわ、いたそ……」


「ごめんね~、キルト。あのメストカゲと決着つけようとしたら、ハッスルし過ぎちゃって。でも大丈夫、これからはアタシが」


「我もいるぞ、この年増ツインテール! どうやら、今回も引き分けのようだな」


「まあね、決着つけるより大事な用が出来たし。おいブタ、キルトに何するつもりだったのか全部吐け。さもないと腹かっさばいて自分のはらわた食わせるわよ」


 続いて、これまた傷だらけなルビィもポータルから現れる。エヴァは顔中血まみれな使者に向かって、怖気の走る声で脅しをかけた。


 これには、流石の使者も横柄な態度を続けられない。無様に失禁しながら、何故朝イチで屋敷に突撃してキルトを連れ去ろうとしたかを話す。


「じ、実はぁ……昨日、フェルシュ王子とその仲間を捕らえたという奴が来ましてぇ……」


「え、捕まったのあの人たち……一体誰に?」


「ま、魔戒王とか名乗るぅ……アスモデウスって奴に……」


「あ、終わったわねそいつら。アスモデウスって言ったら、暗域を守る法と秩序の番人の一人よ」


「ほう、キルトを苦しめたクズどもにもしっかり天罰が下ったわけだ。勇者だかなんだか知らぬが、クズには相応しいな」


「は? ちょっと、その話詳しく」


「では、隅っこの方で話そう」


 ひとまず使者を解放し、エヴァはルビィと共に応接室の端っこに移動する。そして、手短にフェルシュたちがキルトにしたことを聞く。


「へーぇ、そんなクソどもなんだ……今からアタシが殺しに行っていい?」


「我は構わんが、あのブタの話を聞いてからでもいいのではないか?」


「それもそうね。おいブタ、そいつらは今どうなってんの?」


 シュルムたちの元に戻りつつ、完全に頭に血が昇ったエヴァを宥め、使者もといブタから詳細を聞こうとするルビィ。キルトはシュルムの後ろに隠れ、行く末を見守る。


「げ、現在……王都の広場にて磔にされ、仲間ともども見せしめにされていますぅ……。今日の日没までに、パーティーから追放した仲間を連れてきて、真摯に詫びて許してもらえば解放するって、アスモデウスが……」


「ふーん、それでそのクソ勇者があんたを寄越したんだ? っていうか、よくここにいるって分かったわねあんた」


「以前、キルト……殿に、逃げられた時に追跡出来るようマーカー魔法をこっそりかけたと」


「フンッ!」


「ぎゃぴっ!」


 エヴァは再び怒りをあらわにし、ブタの髪を引っ掴んでブチッと千切った。見事なハゲ頭にされ、ブタはもうプライドがズタズタだ。


「キルト、こんな奴の言うことなんて聞かなくていいわよ。そんなクズども、助ける必要はないわ」


「お、お願いしまず……アスモデウスは、キルト殿が来なかったら王族を皆殺しにすると……」


「あ、じゃあ好都合ですね。あの国の王族、どいつもこいつも腐りきってますし……。いっそ、王家断絶して共和制にした方がいい国になりますよ」


 ブタの懇願を、キルトはあっさり蹴る。フェルシュを通して、キルトはレマール王族の腐敗っぷりをこれでもかと見せられてきた。


 そのため、彼らを助けるつもりはさらさらなかったのだ。エヴァに言われるまでもなく、知らんぷりを貫き通すつもりであった。


「キルトが即断言するとは、よほど救えぬクズばかりと見える。ブタよ、諦めて帰れ。キルトはテコでも動かぬし、そもそも我が許さん」


「我輩としては、今回の狼藉を貴国の王に陳情してやりたいところだが……不問に処すとしよう」


 ルビィとシュルムも、ブタにそう告げる。その時、机の上に楕円形の鏡が現れた。ピンク色の縁取りがされた鏡に、アスモデウスの姿が映る。


『ハァイ、使者ちゃーん。定時連絡の時間よ~。どう? もう見つけられた?』


「あー、ちょっといいかしら? 貴女、序列七位の魔戒王……七罪セブンシンズ同盟アライアンスの一角、アスモデウス陛下よね?」


『あら? あらあらあら? これはビックリ! コリンちゃんのトコの大魔公が、なーんで通信に出るわけぇ?』


「いろいろあって詳細は省くけど、キルトはそちらにいかせませんから。ね、キルト」


「はい。えっと、あなたがアスモデウスさんですか?」


 ズタボロにされたブタの代わりに、エヴァが対応する。予想外の相手が現れ、アスモデウスは目をぱちくりさせて驚く。


 そんな彼女に、シュルムの後ろから出てきたキルトが声をかける。キルトを見た瞬間、アスモデウスは艶めかし胃舌なめずりをする。


『あら❤ 可愛い坊やね、私の想像の百倍かわ』


「貴様、キルトに色目を使うな! この淫売め!」


『ま、失礼なトカゲ! ……まあいいわ。キルトくん、エヴァンジェリンちゃんの言ったことは本当?』


「はい。……僕はフェルシュさんを許しません。煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしてください」


『おっけ……あ、ちょっと待って。本人が直接話したいって。ほいっ』


『キルト、キルトか! 話は聞いただろう、すぐに戻ってきてくれ! 僕はまだ死にたくない! 今ならまだ間に合う、だから助けて!』


 ルビィに牽制され、べーっと舌を出すアスモデウス。子ども染みたやり取りの後、女王はキルトに問いかける。


 それに対し、キルトは断固としてフェルシュを許さないと答えた。そのまま通信が終わろうとするも、フェルシュが直接話したいと懇願したらしい。


 仕方なく、アスモデウスはフェルシュを鏡に映す。直後、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらフェルシュが必死に懇願を始めた。が……。


「……フェルシュさん。僕、あの時言いましたよね。『戻ってきてほしいと泣き付いてきても知りません』って」


『そ、それは』


「もう遅いんですよ、今更謝っても。僕は未来永劫、あなたを許さない。だから……もう二度と、僕の前に現れないでください」


『ま、待ってくれ! たの』


『はい、時間切れ~。残念、振られちゃったわね。じゃ、約束通り公開去勢ショーしてから殺してあげるわね~』


 話が終わり、鏡が消えた。応接室に静寂が戻るなか、シュルムは呼び鈴を取り出して警備の騎士たちを呼び出す。


「閣下、お呼びでしょうか」


「この者を捕らえ、レマール王国に送り返せ。先に逃げた、赤い鎧を着た騎士たちもこやつの仲間だ。同様に捕らえよ」


「ハッ、かしこまりました! ほら、立て!」


「う、ぐうう……」


 ブタはがっくりと項垂れながら、騎士たちに連行されていく。彼らが去った後、エヴァとルビィは大きく深呼吸した。


「っはぁぁ~。途中で口挟みそうになったけど、最後まで我慢出来てよかったわ」


「うむ、あの【ピー】に怒号の一つでも飛ばしてやりたかったが……キルトの前ではしたない真似は出来ぬからな」


 二人が伸びをしている間、キルトはシュルムに向き直る。ぺこりと頭を下げ、お礼を言う。


「侯爵様……いえ、。僕を守ってくれてありがとうございます」


「なに、気にす……待て、今なんと?」


「……僕、決めました。養子縁組を受けるって。きっと、父上の元でなら……人生をやり直せる。そう思ったんです」


「そうか。ふふ、そうかそうか。今日は嬉しい日だ、本当に……」


 キルトの言葉を受け、シュルムは目尻に涙を浮かべる。騒動を経て、キルトは変わろうとしていた。良い方向へと、少しずつ。

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