第15話─猛牛と狂虎
飴色の刃を持つ巨大な戦斧と、白き刃を備える爪がぶつかり合う。エヴァは己の身長とほぼ同じ大きさのある斧を軽々と振るい、ティバを後退させていく。
「オラオラオラオラァッ! さっきまでの威勢の良さはどうしたのかしら? こんなにあっさり押されてていいわけ?」
「チッ、舐めるな……! ここから押し返してやる!」
いまだ錯乱状態にあるキルトを守るため、エヴァはドンドン前に進みティバを滅多打ちにする。あえて斧刃を魔力でコーティングし、切れ味を鈍くしてある。
その方が、相手をより痛め付け己の愚行を思い知らせることが出来ると考えているのだ。残虐そうな笑み浮かべ、エヴァはガードの甘い脇腹を蹴った。
「隙アリ! ウルァッ!」
「ぐっ、危な! ……チッ、まずいな。流石にここで三枚目のサモンカードを使うわけには……」
ギリギリでガードが間に合ったティバだが、凄まじく重い蹴りに戦慄する。このまま戦っても、怒りでブーストされているエヴァを倒すのは厳しい。
だからといって、手の内をこれ以上晒すことはしたくなかった。キルトを殺すチャンスが消えた以上、いたずらに手札を見せればのちのち追い込まれるのは火を見るより明らかだからだ。
「なぁにブツブツ言ってんの? 余裕しゃくしゃくってわけ? なら……これならどう!?」
『アクセルコマンド』
ティバを蹴り飛ばし、エヴァは斧を左手に持ち替える。デッキホルダーから、地面を掻く牛の前足が描かれたカードを取り出しスロットに入れた。
すると、エヴァの履いているグリーブが変形しヒヅメのような形になる。足裏には、移動補助用のローラーが取り付けられていた。
「このミノスの爆走脚で! とびっきりの蹴りをプレゼントしてやるわ!」
「チッ……冗談じゃねえ! これ以上攻勢を強くされてたまるか! ……仕方ない、ネヴァル! 引き上げだ、撤退するぞ!」
ローラーを使い、高速タックルを繰り出すエヴァ。これは勝ち目がないと判断し、攻撃を避けたティバは迷うことなく待機していた相棒に呼びかける。
「はいはーい! ポータルの準備は出来てるわョ。さあ飛び込んで!」
「覚えていろ、次は必ず……キルトを殺してやるからな!」
「あ、コラ! 待ちなさい……チッ、もう逃げたの。まあいいわ、次見かけたら問答無用で殺す」
直後、ティバの真後ろにポータルが開きネヴァルが顔を出す。捨て台詞を残し、ティバは仲間と共に撤退していった。
エヴァは舌打ちした後、変身を解除しキルトの元に向かう。ルビィの励ましもあって、ようやく落ち着いてきたようだ。
「はあ、はあ……エヴァちゃん、せんぱい……?」
「そうよ、アタシよ。安心して、あのクソガキは追い返したから」
「そっか、よかったぁ……うう、うえぇ……」
無理矢理過去のトラウマをほじくり返され、キルトは泣き出してしまう。変身が強制解除され、ルビィが弾き出された。
「うおっ! ……っと、大丈夫かキルト!?」
「お姉ちゃん……ごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって……」
「気にする必要ないわよ、人の弱みにつけ込まなきゃ優位に立てないクズが悪いんだから。ほら、おいで。久しぶりにおんぶしてあげる」
「……今回は譲ってやろう。キルトを救ってくれた礼だ」
「ふふん、今回はと言わず、これからもずっと譲ってくれてもいいのよ?」
「調子に乗るな、この妖怪年増ツインテールめ!」
「あー! また年増って言ったわね! 後で覚えてなさいよこのメストカゲ!」
戦いの緊張感を吹き飛ばず勢いで、ルビィとエヴァは口喧嘩を始める。エヴァにおんぶされたキルトは、クスクス笑っていた。
辛い過去を忘れるには、笑うのが一番。陽が傾きつつあるなか、三人は騎士団を追ってミューゼンの街へと帰っていくのだった。
◇──────────────────◇
「……うう。ここはどこだ? 僕は確か……そうだ、よく分からない二人組に……って、なんだこれは!?」
その頃、ベルフェゴールとサタンに捕らえられたフェルシュが目を覚ましていた。違和感を感じて見下ろすと、X字状の板に磔にされていることに気付く。
おまけに、鎧も服も全部剥ぎ取られ全裸にさせられていた。狭いコンテナのようなものに入れられ、どこかに輸送されているらしい。
「そうだ、思い出したぞ! あいつら、この僕をよくもこんな目に……!」
仲間のことなどコロッと忘れ、ベルフェゴールたちへの怒りを剥き出しにするフェルシュ。と、そんななかコンテナの入り口が開かれた。
「あら、もう起きてたの。……ふっ、顔は優男なのにココはまだ子どもね。だっさ~」
「! な、なんだお前は! 無礼な奴め、名を名乗れ!」
「うふふ、私はアスモデウス。
現れたのは、キワドいピンク色のボンテージ衣装を身に着けた女だった。フェルシュの男の勲章をチラッと見て、ぷっとあざ笑う。
いきなりコケにされたフェルシュは、相手に食ってかかる。すると、そんな答えが返ってきた。彼女もまた、サタンたちの仲間なのだ。
「! そうか、お前あいつらの仲間か! 僕をこんな格好にして、どうするつもりだ!」
「決まってるでしょ~? 無様に負けて捕まった勇者とその仲間の末路なんて一つよ。祖国の民たちの前に晒してあげるの。その粗末なモノもね」
「ぐぬぬぬ……! ハッ、そうだ。ゾルグたちをどうしたんだ!?」
「あー、あの大柄な子? あれはもう使い物にならないから、理術研究院に売っちゃった☆ 今頃、おぞましい実験の『素材』にされてると思うわよ?」
ここに至って、ようやく仲間の安否を問うフェルシュ。そんな彼に、アスモデウスは冷酷な笑みを浮かべながら答えた。
見惚れてしまうほど美しく、それでいて心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じおののくフェルシュ。そんな彼に、悪魔はさらに語る。
「あ、あともう一人……サタンが背骨折っちゃった娘は先に冥獄魔界に送ったわよ。今頃、針山地獄でのたうち回ってると思うわ。ほら、見せてあげる」
そう言うと、アスモデウスは小さな水晶玉を取り出す。そして、空中に地獄の映像を映し出した。映像には、そこかしこに針の山がそびえる風景が映っていた。
そんなおぞましい山に、全裸にされた罪人たちが獄卒によって蹴り落とされていく。その中に、フェルシュの仲間であるエシェラがいた。
『嫌ぁぁぁ!! やめてやめてやめて、許して! こんなところに落ちたら死んじゃう!』
『死なねえよ、少なくとも冥獄魔界にいる間はな。だから、安心して飛び込めやオラァ!』
『ヒッ……いぎゃあああああ!!』
高台から蹴り出され、針の山にダイブするエシェラ。絶叫する彼女を大映しにした後、映像は消えた。
「……く、狂ってる。なんだ、なんなんだお前らは!」
「私たちは暗黒領域を守る魔戒王にして、法と秩序の番人。そこに罪人がいれば、種族を問わず捕らえ裁くのがお仕事よ」
「罪人? 僕たちがか? 無礼な、僕はレマール王国の王子だぞ! 罪人なわけが」
「へーぇ、身勝手な理由で仲間を追放したり、身分を笠に着て好き放題やるのは罪じゃないんだ? 自覚の無い悪って、タチが悪いわね!」
「うごあああ!!」
喚き散らすフェルシュの股間を、アスモデウスはおもいっきり蹴り上げる。凄まじい痛みに襲われ、フェルシュは悶絶する。
「もう一人の仲間ともども、王都に連れてって見せしめにしてあげる。もうクズが増えないように、二人揃って公開去勢ショーするから楽しみにしててね」
「!? や、やめろ……そんなことしたら、王族の血が途絶える! 去勢と死以外なら何でも受け入れる、だからそれだけは」
「やだ。そもそも、あんた以外にも王子や王女がいるってのはもうリサーチしてあるから。まあ、そいつらも纏めて殺すから、どの道王家の血は国ごと絶えるわね! あっはっはっはっ!」
事ここに至って、ようやくフェルシュは理解した。勇者と呼ばれる存在が戦わねばならない、闇の眷属のおぞましさと強さを。
だが、今更気付いたところでもう後の祭り。これまでの栄光に満ちた人生には、もう戻れない。これからはずっと、死ぬまで……苦しみ続けるのだ。
「いやだ、いやだ……いやだぁぁぁぁぁ!!!」
「あーらら、縮こまっちゃって。自称勇者って、どうしてこうもチキンハート揃いなのかしらね。私の知り合いのショタっこたちの方が、もっと肝が据わってるわ」
恐怖が限界を迎え、絶叫するフェルシュ。そんな彼に、アスモデウスは呆れたような視線を送るのだった。
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