第14話─恐怖を呼び覚ます叫び

「血祭りにあげてやるよ……このランペイジクローでな! 手か脚か、それとも胴か。選べ、そこから切り裂いてやるよ!」


「そうはいかない! ドラグスラッシャー!」


 白刃を備える、肘までを覆う巨大な篭手を操りティバはキルトに襲いかかる。大きく腕を振るい、三本の爪による斬撃を放つ。


 対するキルトは、バックステップで攻撃を避けて即座に前進。紅蓮の刃による一撃を放ち、反撃を叩き込む。が、鎧に阻まれてしまう。


『ふむ、あの鎧……一見金属製に見えるが、表面を細かい毛で覆われている。そのせいで、衝撃が分散されてしまうようだ』


「ほう。どうやってるのかは知らねえが、よく見てるじゃねえか。だが、それが分かったからなんだ? オレの顔でも狙うか? 来いよ、狙いの分かってる攻撃ほど返り討ちにしやすいぜ」


「しないよ、そんなわっかりやすい反撃なんてね。だからこうするのさ!」


『ブレスコマンド』


 ルビィの言葉を受け、キルトは義手からサモンカードを取り出す。武器に炎を吹き付ける竜の絵が描かれた、武装強化のカード。


 鎧の前に剣をかざし、胸部から吐き出される炎のブレスを浴びせる。強度と切れ味を増した剣を、構え、キルトはもう一度攻撃を行う。


「今度は切り裂く! ドラグスラッシャー!」


「バカが……てめぇの細腕で振るわれる剣なんて、まるで怖くねえぜ」


『ならばその思い上がり、痛みによって後悔するがいい!』


「ハッ、受け止めて……!? は、速い……ぐあっ!」


 完全にキルトを舐めてかかるティバだが、直後に思い知ることになる。それがどれほど愚かなことだったのかを。


 ブレスコマンドが強化するのは、炎を吹き付けた武具だけではない。キルト自身の力や動体視力といった基礎的な能力も上昇するのだ。


「ぐ、う……まさか、本当に鎧に傷を!」


「お姉ちゃんが言ったでしょ? 僕を甘く見てると後悔するって」


「ほざけ、カスが! ここからはもう遊ばねえ、全力でてめぇを殺す!」


 そう叫ぶと、ティバに変化が現れる。腰に巻かれていた、ベルトらしきものが動き始めたのだ。よく見ると、それは虎の尾だった。


 ランペイジクローを装備しているため、両手が塞がっているティバは自力でカードをスロットイン出来ない。そのため、尾を使っているのだ。


『来るぞ、キルト!』


「うん、ここは一旦下がって守りを」


「させるかよ……!」


『テラーコマンド』


 二枚目のカードを警戒し、一旦後退して守りを固めようとするキルト。だが、それよりも早くティバがカードをデッキから引き抜いた。


 雄叫びをあげる虎が描かれたカードを尾で掴み、スロットに投げ入れる。直後、不穏な空気が周囲一帯を包み込む。


「恐怖で動けねえようにしてやる……。グルルル……グルガァァァァァ!!!」


『! 吠えた……奴め、何をしてい』


「う、ああ……やめて、もう痛いことしないで……。嫌だ、腕を切らないで……うう、うあああ!」


『キルト!? どうした、大丈夫か!?』


 ティバが咆哮した直後、キルトの様子がおかしくなる。頭を抱え、過去に味わった恐怖と痛みに怯えながらうずくまってしまう。


「やだ、やだ……許して、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


『貴様……キルトに何をした!』


「クックク、今使ったテラーハウルは相手の心に刻まれたトラウマを呼び覚まし、動きを封じる効果がある。そいつにゃ効果バツグンだぜ、特効と言っていいくらいにな」


『この外道が……!』


「吠えてろ、トカゲ。今のてめぇにゃ何も出来ねえ、おとなしく主がなぶり殺しにされるのを見てろや」


 実体化していない状態では、ルビィはキルトを守れない。爪に魔力を補給しつつ、ティバはゆっくりとキルトに近付く。


 過去の恐怖に苛まれ、キルトの手から剣が落ちる。そして、時間切れを迎え消滅した。これでもう、身を守る手段はない。


「わりとあっさり決着がついたな。死ね、キルト。まずは」


「あんたが代わりに死ね、このゴミが!」


「なっ……ごはっ!」


 キルトに向かって爪が振り下ろされようとした、その時。ポータルが開き、そこからエヴァが躍り出た。華麗な跳び蹴りを放ち、ティバを吹き飛ばす。


『遅いぞエヴァ、もっと速く来い!』


「無茶言うんじゃないわよ! こちとらギリギリまであいつの相棒が騎士団を襲わないかチェックしてたんだから!」


 ルビィに怒られ、エヴァはそう反論する。実は、馬車の中で殺気を察知した時……キルトはティバとネヴァル、両方の気配に気付いていた。


 ティバだけが接近してきたため、キルトは考えた。二手に分かれ、自分と騎士団両方を襲うつもりなのか。それとも、片方が万一の事態に備え待機するつもりなのか。


 それを確かめるため、キルトはあえて騎士団から離れる選択を採った。もし前者の作戦だった場合、騎士たちが襲われてしまう。そこで、エヴァに残ってもらったのだ。


「おいおい、マジかよ……アンタ、エヴァンジェリンだろ? あの魔戒王、グラキシオスのご息女……」


「このクソが詰まった汚い口を開かないでくれる? アタシのこと知ってるなら、よーく分かってるわよね? アタシが闇の眷属同族を嫌ってること」


「ぐ、なんつう威圧感だ……!」


 下っ端とはいえ、理術研究院所属のティバはエヴァのことを知っていた。予想外の存在が現れ、思わず声をかける。


 が、キルトに向けるものとはまるで違う、威圧感と殺意に満ちた罵声を浴びせられ萎縮してしまう。エヴァはそんなティバを無視し、キルトの元へ向かう。


「う、あ……」


「よしよし、もう大丈夫よキルト。だから安心して、ね?」


『キルトは奴の使ったカードのせいで、過去のトラウマに苛まれている。どうにかして我が正気に戻す、お前はそれまでキルトを守ってくれ』


「……そう。アタシのキルトを苦しめてるのは……あのクズなのね? 分かった、殺すわ。この世に生を受けたことを心から後悔させてから……ね」


 ルビィからキルトの状態を聞かされ、一気に怒りの臨界点を突破したルビィ。胸の谷間にしまったデッキホルダーから、契約エンゲージのカードを取り出し、ヘッドギアに取り付けられたスロットに入れる。


『サモン・エンゲージ』


「死ね……キルトを苦しめる奴は! 一人残らず消し去ってやる! それがアタシの、生きる意味だから!」


「くっ、なんて愛の重い野郎だ。だが……魔戒王の娘を殺したとありゃ、ボルジェイ様も喜ぶ。ここで退くわけにいかねぇ!」


 エヴァの身体が、虚空から現れた金属で出来た牛の像の中に封じられる。そして、直後像が砕け変身を果たしたエヴァが姿を見せる。


 キルモートブルと融合し、牛柄の鎧を身に付けた姿になっていた。もちろん、カードを取り出すため胸元は大きく開いている。


 殺意を溢れ出させるエヴァを見て、ティバはむしろ戦意を燃やす。爪を構え、勢いよく走り出す。


「逃げないことだけは褒めてあげる。でも、挑む相手は選ぶべきね。それを教えてあげるわ……このサモンマスターブレイカがね!」


『アックスコマンド』


 向かってくるティバを見ながら、エヴァは胸の谷間から両刃の大斧が描かれたカードを取り出してスロットインする。


 上空に飴色をした斧が現れ、エヴァの元に降ってくる。柄を掴み、刃を地面に叩き付けた。


「このミノスの大戦斧でなます斬りにしてやる。覚悟しなさい、クズ野郎!」


「クズクズうるせぇんだよ! オレにはティバって名前があるんだ、そう呼びやがれ!」


「うるさい! キルトの敵なんてどいつもクズで十分よ!」


 戦闘不能に追い込まれたキルトを守るため、エヴァが立ちはだかる。怒れる猛牛の化身……サモンマスターブレイカの初陣だ。

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