第13話─狂虎強襲

「魔戒王……確か、闇の眷属たちの住む世界、暗黒領域を束ねる存在だったか。なるほど、なかなか高貴な生まれなのだなお前は」


「そうよ。でも、あんまりいいもんじゃないわ。アタシ、生まれつき力が強かったからみんな媚びてくるのよ。将来の女王に顔売っておこうってね」


 幼少期からそうした野心と下心を持つ者たちに囲まれて育ったことで、エヴァは同族に対して強い嫌悪感を持つようになった。


 魔戒王や両親を除けば、誰も自分に本心を打ち明け真摯に接してくれない。その寂しさが、彼女の攻撃性と残虐さを助長し……気付けば孤独な存在となっていたのだ。


「で、そこで出会ったのがキルトなのよ。お互いぼっち同士、すぐ意気投合してね。百年くらい留年しててよかったって思えたわ、ホント」


「なんだ、意外とバカなんだなエヴァは」


「はあ!? んなわけないでしょ、卒業してもやることないからわざと留年してたのよ!」


 ぷっとあざ笑うルビィに、エヴァは青筋を立てながら反論する。そこに助け船を出すかに思われたキルトだったが、むしろ逆だった。


「えー? でもそのわりに、エヴァちゃん先輩が書いた卒論酷か……」


「キールートー? それ以上言ったらほっぺむにむにの刑にするわよー?」


「ひへる、もうひへるよー!」


 キルトのほっぺをつまみ、ぐいんぐいん手を回すエヴァ。二人のスキンシップを見て、ルビィはジェラシーを燃やす。


「キルトを返せ、ほっぺがたるんだらどうする! ……で、肝心の約束とやらをまだ教えてもらってないが?」


「ん? ああ、そうね。アタシは留年してても平気だけど、キルトはそうもいかなくてさ。で、キルトが十歳の時に卒業することになったんだけど……」


「その時に、エヴァちゃん先輩が僕に約束してくれたんだよね。自分も学園を巣立って、立派な闇の貴族に成り上がって僕を迎えに行くって」


 学園時代に体験した、キルトとの別れ。それがエヴァの精神を成長させた。くすぶっていた彼女は、決意したのだ。


 キルトを迎えるのに相応しい傑物となり、彼を自身の元に招くと。その時のために、お互い大成しよう……そう約束したのだ。だが……。


「まさか、アタシがいろんな大地を渡り歩いて修行してる間に……キルトが理術研究院の奴らに酷い目に合わされてるなんてね。それ知った時、あいつら殺してやろうと思ったわ」


「何故そうしなかった? 時期は分からぬが、お前がもし……」


「出来ないんだよ、ルビィお姉ちゃん。理術研究院は、どの王や組織にも与さない不可侵の存在だからさ。どんな理由があっても、手を出した方が『消される』んだよ」


「そう、腹立たしいことにね。だから、アタシはこうやってサモンギアをパクるくらいしか出来なかったってわけ」


 ルビィのもっともな疑問を遮り、キルトはそう答える。何者にも脅かされぬ立場にいるからこそ、ボルジェイは強権を振るえる。


 そして、エヴァはキルト自身が逃げ出すまで手を打てなかったのだ。下手に彼を連れ出せば、越権行為とみなされ消されてしまうのだ。


「……そうか。お前もいろいろあったのだな。で、今こうして姿を現したということは……」


「もちろん、アタシは闇の眷属の上位層たる魔の貴族……大魔公になったわ。お父様のところじゃない派閥に属してるから、親の七光りなんて言わせないわよ」


 そう言うと、エヴァは胸の谷間からピンバッジを取り出す。六芒星を取り囲む、十二星座のシンボルマークが彫られたものだ。


 十三人の魔戒王の一角、序列二位の覇者コーネリアスの派閥に属する証だ。得意げな顔をしながら、エヴァはバッジをしまう。


「本当はすぐにでも暗域に連れて帰りたいとこだけど……ボルジェイが生きてる間は無理ね。少なくとも、あいつと直属の部下は皆殺しにしないとキルトの命が危ういわ」


 エヴァはそう言うが、理術研究院は軍隊としても機能しており、こちらから攻めてもまず負けるだろう。


 今彼らに出来るのは、襲ってくる刺客をその都度打ち倒すことだけなのだ。


「フン、何のために我がいると思っている? 竜は一度手に入れた宝を決して手放さぬ。相手が何者であろうと、キルトを傷つけさせはせん。それがエルダードラゴンとしての──!」


「! この殺気……お姉ちゃん、先輩! 気を付けて、敵が……来る!」


 話をしていた、その時。三人は自分たちに向けられた、鋭い殺気を感知する。理術研究院の放った刺客の到来を、本能で悟ったのだ。


「……あの騎士どもの中に紛れ込んでるんだな? 裏切り者のクソ野郎は」


「ええ、そうよ。このあたしのカンに間違いはないわァ。ティバ、準備いい?」


「ハッ、誰に聞いてる? オレはいつだって、殺しとメシの準備だけは……万全なのさ!」


『サモン・エンゲージ』


 街道を通り、ミューゼンに帰還する騎士団を付け狙う者たちがいた。キルトの気配を辿りやって来た、ティバとネヴァルだ。


 街道から十数メートル離れた場所にある岩陰に隠れながら、ティバはサモンギアに契約エンゲージのカードを読み込ませる。


「気を付けなさいよ、ティバ。あたしたちの仲間を殺したヤツが、もう合流してるかもよ?」


「なら好都合だ。纏めて殺して首とサモンギアを持ち帰れば、ボルジェイ様に褒めてもらえる。……万が一の時の、撤退の用意は任せたぞ」


「ハイハイ、あたしにお任せ♪ なんかあったら、ばっちりと逃がしてあげるわヨ」


 偵察に使っていた双眼鏡をネヴァルに預け、ティバは騎士の隊列に向かって突撃していく。その姿は、獲物を捉えた猛虎のようだった。


「ふわーあ、こんなに早く終わるなんてー。帰ったらのんびりす……ん? 伝令! 怪しい人物が接近、全隊警戒せよ!」


「ほう、気付いたか。あいつら、大地の民にしちゃ練度が高いな。だが……オレには勝てねぇ」


『クローコマンド』


 見張りをしていた騎士が、ティバの接近に気付き角笛を鳴らす。遠目にそれを確認したティバ……サモンマスターバイフーはカードをスロットインする。


 直後、彼の両腕を巨大な白い篭手が覆う。篭手の先端には三本の鋭い爪が生えており、不気味な輝きを放っていた。


「さあ、誰から血祭りにあげて」


『サモン・エンゲージ』


「そうはさせない! お前の相手は僕だ、ついてこい!」


 騎士団を先に始末してから、ゆっくりキルトを殺せばいい。そう考えていると、馬車の中で変身音声が響く。


 ルビィと融合したキルトが飛び出し、ティバを誘うように隊列から離れていく。当然、ティバはその誘いに乗った。


「泣けるな、無関係な奴らは逃がそうってか? ……いいぜ、今はそんな気分じゃねえ。てめぇと遊んでやるよ、キルト!」


「追ってきた……! 騎士団のみんな! 僕に構わずミューゼンに戻って! 大丈夫、後から戻るから!」


『心配はいらん、我がキルトについてるからな!』


 キルトが大声で叫ぶと、角笛が二回鳴らされる。『了承した』の合図だ。街道から離れ、キルトは草原に飛び込む。


「ここなら、障害物は何もない。あいつに仲間がいたとしても、すぐにわか」


「追いついたぜ、このクソ野郎が!」


「うわ、もう来た!? なら!」


『ソードコマンド』


 一息ついたところに、休む暇なくティバが襲いかかってくる。キルトは義手にサモンカードを読み込ませて、剣を呼び出し応戦する。


 紅蓮の刃と白く輝く爪がぶつかり合い、火花を散らす。お互い一歩も譲らず、つばぜり合いを繰り広げる。


「会いたかったぜ、キルト。覚えてるよな、オレのことは」


「もちろん、覚えてるよ。いつも僕に暴力を振るってきた、ゾーリンの腰巾着のティバでしょ!」


「腰巾着、は余計だ! オレはゾーリン隊長の……ひいてはボルジェイ様の忠実なしもべだ!」


 そう叫ぶと、ティバは両手を広げキルトを押し返す。そして、体勢が崩れてガラ空きになった胴体にドロップキックを叩き込む。


「うぐっ!」


「フン、呻き声のわりには効いてなさそうだな。見りゃ分かるぜ……頑丈そうな鎧だ」


『その通り。我が健在な限り、貴様がキルトにかすり傷一つつけることは出来ぬ。ここで死ね、キルトを苦しめるクズめが!』


「ハッ、契約モンスター如きが偉そうな口利くんじゃねえよ。その言葉、そっくり返してやる。てめぇらの方がここで死ね!」


 紅蓮の炎を操るサモンマスタードラクルと、白き刃を振るうサモンマスターバイフー。二人の戦いの火蓋が今、切って落とされた。

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