第10話─キルトとルビィのラブラブデート!

 エヴァンジェリンが沼に沈んでいる頃、キルトとルビィは公園で仲良くデートしていた。公園にいる人々は、気を遣って特に声はかけない。


「んー、本当にいい天気。そこのベンチで食べようよ、このパン。冷めたら美味しさ半減しちゃうし」


「そうだな、では……よいしょ」


「じゃあ、僕は隣……わっ!」


「水臭いことを言うな。キルトのポジションは我の膝の上だ」


 入ってすぐに見つけたベンチに腰を下ろすルビィ。その隣に座ろうとするキルトだったが、彼女に捕まり膝の上に乗せられてしまった。


 しかも、逃げられないように真ん中と下の翼四枚でガッチリホールドされてしまう。これではどうにもならないので、キルトは早速逃走を諦めた。


「ん、いい子だ。では、早速パンを食べよう。……思えば、加工された食物を食べるのは初めてだな」


「あ、そっか。お姉ちゃん、ずっとあの霊峰で暮らしてたんだもんね。はい、どうぞ!」


 パン屋の店主から貰った袋から、焼きたてのバターロールを取り出すキルト。それを受け取り、ルビィは匂いを嗅ぐ。


「ふむ、いい香りだ。さて、味の方は……あぐっ」


「僕も食べよっと。いただきまーす」


 大口を開け、パンをまるごと頬張るルビィ。キルトも真似をして、大きく口を開けてかぶりつく。ふわふわな食感と、バターの甘みが口の中に広がる。


「もぐもぐ……んむ、なかなかに美味いな。生肉もいいが、こういう食物も悪くない」


「もう一個食べる? まだたくさんあるから、いっぱいおかわりしてね」


「ん、ありがとう。……む、いいことを思い付いた。」


 キルトから二個目のバターロールを受け取ったルビィは、それを食べようとして……何かを閃いた。パンをちぎり、キルトの口元に持って行く。


「キルト。あーん」


「ええっ!? は、恥ずかしいよこんな所で。みんな見てるし……」


 ルビィの行動に驚きつつ、キルトは公園を見渡す。直後、遊んでいた子どもから談笑していた大人まで、全員目を逸らした。


「これで誰も見ていないぞ! 良かったなキルト、恥ずかしがらなくて済むな。というわけで、あーん」


「うう、分かったよぉ……。あ、あーん……」


 完璧に空気を読んだ彼らに恨みの視線を向けつつ、キルトは差し出されたパンを食べる。もっちもっちと咀嚼しつつ、顔を赤くしていた。


「ふふ、顔を赤くしおって。キルトは本当に可愛いな、パンの代わりに食べてしまいたいくらいだ」


「えっ……」


「ふふ、冗談だ。いくらキルトが可愛いからといって、そんなことをするわけなかろう。さ、次はキルトが我にあーんしてくれ」


「……どうしてもやらないとダメ?」


「ダメだ。やってくれないと、ずっとここに座るぞ」


「うう……一回だけだからね? はい、あ……あーん」


 食べさせてもらった後は、食べさせてあげる側に回ることに。恥ずかしいものの、やらないと帰れないとあっては仕方ない。


 キルトはパンをちぎり、恥ずかしそうなぎこちない動きでルビィに差し出す。ノータイムで指ごと口に入れられ、唾液まみれにされた。


「んー、キルトに食べさせてもらうと百倍美味いな! ふふふ、我はあーんが気に入ったぞ!」


「もう勘弁してください……」


 ノリノリでご機嫌なルビィとは対照的に、キルトは羞恥心が限界突破しかけていた。が、どこかまんざらでもなさそうな表情をしていた。



◇──────────────────◇



「……着いたぞ。ネヴァル。ここがキルトの逃げ込んだ大地、メソ=トルキアだ。……フン、何の面白みもなさそうな場所だな」


「あらァ、あたしは好きよぉ。こういうトコに、イイ男がいたりするのよねェ」


 その頃、ミューゼンから遠く南にある小さな村に二人の闇の眷属がやって来ていた。片方は、格闘家のような出で立ちをした黒髪の少年。


 性格のキツさを思わせる吊り上がった目と、右頬にある三日月型の傷が特徴的だ。キルトより、三つか四つは上だろうか。


 もう一人は、薄く化粧をした人物だ。一見女性に見えるも、声の低さから男だと分かる。こちらは、フリルの付いたピンクの服を着ている。


「お前は何でもすぐに気に入るからな、あまりアテにしていない」


「もう、つれないわねェティバったら。ま、そういう素っ気ないところがイイんだけどネ♪」


「……はいはい。それより、さっさとキルトを探すぞ。居場所を見つけて、ゾーリン様に報告するんだ」


 ティバと呼ばれた少年は、身体をくねくねさせている相棒にそう指示を出すした。ネヴァルは頷き、周囲を見渡す。


 村人たちは、滅多に訪れない旅人に興味津々なようだ。そんな彼らを見ながら、二人は小さな声で話を始める。


「……なあ、ネヴァル。キルトと遭遇したら、戦闘になる可能性が高い。その時に備えて、本契約したモンスターにしといた方が……いいよなぁ?」


「あーら、奇遇ねェ。あたしもおんなじこと考えてたのよ。うふふ、やっぱりあたしたちお似合いじゃなーい?」


「冗談言うな、オレにそのケは……まあいい。さっさと済ませるぞ、逃げられたら面倒だ」


 不穏な会話の後、ティバとネヴァルはそれぞれのデッキホルダーを取り出す。ティバが持つのは、横を向いた虎の顔のエンブレムが彫られた白いホルダー。


 ネヴァルが手にしているのは、クジャクのエンブレムが彫られたピンク色のホルダーだ。二人はそこから、契約エンゲージのカードを取り出す。


「さあ、前哨戦を済ませようか。準備はいいな、ネヴァル」


「おっけー、いつでもイケるわよ」


「なら、早速……殺るぞ」


『サモン・エンゲージ』


 カードを胸に装備したプロテクター型のサモンギアに入れると、二人の姿が変わる。ティバはホワイトタイガーを思わせる、白い全身鎧に身を包む。


 ネヴァルの方は、華やかな赤とピンクを織り交ぜたドレスと、クジャクを思わせる鮮やかな青と緑のグラデーションをしたマントに身を包んだ姿になった。


「おおっ!? なんだなんだ、新手の見世物か?」


「あ、もしかして流れの旅芸人さんたちかも!」


 彼らの近くにいた村人たちは、突然のことに驚きつつそう考える。確かに、これからショーが始まる。


 ……村人たちの誰もが想像していなかった、凄惨で残酷な殺戮ショーが。ティバの獰猛な笑みと共に、惨劇の幕が上がる。


「それじゃあ、競争でもするか。このオレ……サモンマスターバイフーとお前、サモンマスタールージュのどっちが多く殺せるかをな」


「あら、いいわねェ。じゃ、勝った方が相手に一つだけ命令を聞かせられるってルールにしない?」


「却下だ。お前はイカガワシイ命令しかしないからダメ……だっ!」


「へぶっ!?」


「きゃああああ!! い、いきなり何す……あぎっ!」


 変身を終えたティバは、近くにいた村人に駆け寄って蹴りを放つ。胴体を貫き、一撃で息の根を止めた。


 それを見て悲鳴をあげる女性の首を、今度はネヴァルがはね飛ばした。突然の凶行に、村人たちはパニックになる。


「うわあああ! な、なんだよこいつら!」


「ひいいっ! に、逃げろ! 早くしないと殺されるぞー!」


「全く、いつものことながらスタートの合図も無し、ってのはズルいんじゃなーい? ティバちゃん」


「知るか。こういうのは早い者勝ちなんだよ、競争なんだからな……さあ、美味い肉を食わせてやるぞ……『カーネイジファング』よ」


「なら、あたしは『ビューコック』に生き血を飲ませてあげるワ。うふふ、楽しみねェ」


 理術研究院から放たれた、二人の刺客。血に飢えた白虎と朱雀が、平和な村を蹂躙していく。サモンカードを使うことすらせず、たった十分で村は滅びた。


「ハッ、てんでダメだなこいつらは。デモンストレーションにすらならねぇ」


「仕方ないじゃない、こいつら一般人だもの。一応生かしてあるし、さっさと捕食させちゃいましょ」


「そうだな、ボルジェイ様も言ってたしな。獲物を喰わせれば喰わせるほど、本契約したモンスターは強くなり……カードの性能も上がるってな」


 そんなおぞましい会話をした後、ティバは変身を解除して自身のパートナーたる白い虎を呼び出す。虫の息で生かしておいた村人を、捕食させるのだ。


「た、頼む……許して、見逃してくれ! 俺はまだ死にたくない、だから」


「ダメだ。てめぇらみてぇな軟弱な大地の民を見てると、イライラするんだよ。せめて、痛みにまみれて死ね。ゴミが。食っていいぞ、カーネイジファング」


「グルルルル……グルアッ!」


「ひっ! ぎゃああああああ!!」


 生きたまま腹を裂かれ、内蔵を貪り食われた村人は断末魔の叫びをあげる。その近くでは、ネヴァルの呼び出したクジャク型のモンスターが別の村人の身体をついばんでいた。


「……待ってな、キルト。オレはてめえを許さねえ。必ず仕留めてやるからな」


 村人たちの悲鳴を聞きながら、ティバはそう呟く。凶悪なる刺客たちが、キルトに毒牙を突き立てようとしていた。

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