第9話─新たな来訪者

 授与式が行われた次の日。キルトはルビィと共に、ミューゼンの街を散策していた。特に行くところもなく、適当にぶらぶらする。


 商店街に差し掛かり、ルビィはフンフンと鼻を鳴らしながらキョロキョロ辺りを見回している。好奇心を刺激されているようで、翼をパタパタしていた。


「んー、人の住む街というのは興味深いな。いろいろな品を置いてある建物があるぞ……ふむ」


「あれはね、お店っていうんだよお姉ちゃん。食べ物とか服とか、いろんなものを売ってるんだ」


「売る? 売る……とはなんだ? 先祖代々受け継がれた知識としては知っているが、いまいちピンとこないな」


 永い時を生きてきたルビィだが、人の文化や文明には疎いようだ。そこで、キルトは彼女に買い物の仕方を教えてあげることにした。


「んー、じゃあ僕と一緒にお買い物しようよ。少しずつ、人の暮らしを学んでいこ?」


「よし、キルトがそう言うならやってやろう。我は物覚えはいいからな、一回で買い物とやらをマスターしてみせるぞ!」


 フンスッと鼻息を荒くしながら、意気揚々とルビィは商店街を闊歩する。服や小物などは不要だろうと考え、キルトは彼女をパン屋に連れて行く。


「いらっしゃいま……おや、キルトくんにルビィさん。今日はお出かけかい?」


「うむ! 買い物なる行為をしに来たぞ! さあキルト、早速我に教授するのだ。買い物の仕方をな!」


「ふふ、もちろん。えっとね、買い物をするにはお金が必要なんだ。今朝、侯爵様から貰ったこれがそうだよ」


「ほー……まん丸でピカピカして綺麗だな! こういうものを見ていると……竜の本能が疼いてくるぞ」


 ワイバーンやゴンザレス退治をしてくれたお礼にと、シュルムから貰った金貨をジャケットのポケットから取り出すキルト。


 それを見たルビィは、目をキラキラさせる。彼女を含め、知能のあるドラゴンは貴金属や宝石、自身が宝と認定したものを集める本能があるのだ。


「なあキルトよ、一枚だけ……我にその金貨を貰えぬか? 我の宝にするのだ!」


「うん、いいよ。まだ金貨はいっぱいあるから。はい、どうぞ」


「ふふ、微笑ましいねぇ。どうだい、せっかくなら焼きたてのパンを買っていかないかい? ちょっと待っててくれれば、すぐ焼き上がるからさ」


 二人のやり取りを見ていたパン屋の店主は、微笑ましそうにしながらそう申し出た。せっかくだからと、キルトたちは好意に甘えることにした。


 パンが焼けるまでの間、キルトはルビィにお金の使い方、種類と金額の違いなどを教えていく。自称する通り、ルビィはすぐに覚えてみせる。


「ふむ、だいたい分かった。なんぞ、簡単な算術が出来ればいいわけだ。それくらい、我には楽なことよ」


「凄いね、ルビィお姉ちゃんは。本当に何でも覚えられちゃうんだね!」


「ふっふっふっ、どんどん褒めるがよいぞ。その分、我がキルトを可愛がってやるからな~!」


「ひゃっ! く、くすぐったいよ~」


 パン屋の店内で、二人は戯れる。ルビィと触れ合っている間だけは、キルトは年相応の無邪気な子どもに戻れた。


 やがてパンが焼き上がり、運ばれてくる。ふわふわのバターロールを一袋購入し、二人は店主にお礼を言ってパン屋を後にした。


「ふふ、一度実践すればもう問題ない。買い物を完璧に覚えたぞ!」


「あはは、頼もしいねぇ。あ、公園があるよ。いいお天気だし、あそこでパンを食べよう?」


「そうだな、ついでに日なたぼっこでもするか」


 和気あいあいとした雰囲気の中、二人は腕を組み公園に向かう。まるで長年付き合ってきた恋人同士のような雰囲気が、二人を包んでいた。



◇──────────────────◇



「よっと! ふー、次元ドライブシステム解除。無事着いたわね、メソ=トルキアに。さぁて、さっさとキルトを探さないと」


 同時刻、ミューゼンから北東に五十キロほど離れた草原にポータルが開いていた。その中から、宙に浮かぶバイクに乗ったチャイナドレスの女が現れる。


 女はバイクをポータルの中に蹴り捨て、入り口を閉じる。メソ=トルキアの文明レベルでは、バイクを所有していると目立つからだ。


「んじゃ、こっからは徒歩か……あるいは、『コイツ』の力を借りるのもいいかもね」


 そう呟きながら、女は胸の谷間にしまったデッキホルダーから契約エンゲージのカードを取り出す。カードには、寝そべるバッファローの絵が描かれていた。


「出ておいで、キルモートブル! 日光浴させてあげるわ!」


『サモン・キルモートブル』


「……ぶもおおお」


 女はヘッドギアの右耳に備えられたカードリーダーに、サモンカードをセットする。すると、音声が鳴り響くと共に、全身を黄色いプレートで覆った水牛が現れた。


「もお? もおおお」


「そうよ、このアタシ……エヴァンジェリン・コートライネンがあんたのご主人様なのよ。分かった?」


「んもお」


 首を傾げながら匂いを嗅いでくるキルモートブル相手に、女……エヴァンジェリンは自分の名を聞かせる。分かっているのかいないのか、水牛はとりあえずもおと鳴いた。


「よしよし、可愛い子ねー。うん、やっぱり動物はいいわ。闇の眷属どもと違って、媚びへつらわないし。あ、そうだ。牛でも匂いを辿れるかな?」


 のんびりと草を食みはじめたパートナーの頭を撫でた後、エヴァンジェリンは胸の谷間をまさぐる。そこから、使い古したハンカチを取り出す。


「もっしゃもっしゃ……」


「ねえ、ブルちゃん。食べながらでいいから、このハンカチの匂い嗅いでくれる? このハンカチに染み付いてる匂いの持ち主のところに行きたいの」


「くん、くん……もおっふー」


 草を食みつつ、キルモートブルはハンカチの匂いを嗅ぐ。そして、チラッと南西の方角を見てから食事を再開した。


「ふーん、あっちの方向ね。今すぐ行きたいとこだけど、ブルちゃんの食事が終わるまで待たないとね。機嫌損ねると、後々面倒なことになりそうだし」


「もお?」


 サモンギアを盗むため理術研究院に潜伏していた彼女は、嫌というほど知っていた。サモンマスターと本契約モンスターは、一方的な主従関係にはないと。


 互いの信頼度を高めなければ、思わぬところで反旗をひるがえされる。元々動物好きなのもあって、彼女はパートナーの世話に積極的だった。


「どっか街に寄って、ブラッシング用のブラシを買わないとねー。あ、でもこのプレート外したら怒るかしら? うーん……ま、なるようになるか」


「んも、んも」


「ふふ、そう? 全く、ブルちゃんは可愛いわね。何言ってるかは全然分かんないけど」


 キルモートブルの横に寝転び、エヴァンジェリンは昔のことを思い出す。魔道学園時代、キルトと共に過ごした輝かしい青春の日々を。


『じゃあ、今日からアタシがキルトの友だちになってあげるわ。アタシのことは……そうね、特別にエヴァちゃん先輩って呼ばせてあげる! 感謝しなさいよね、キルト!』


『うん、ありがとう! エヴァちゃんせんぱい! ぼく、これでもうさびしくないよ!』


「……懐かしいわね。キルト、もうモンスターと本契約出来たのかしら? あの子のことだから、誰かにいじめられて泣いてるかもしれないわね……まあ、そんな奴がいたら蹴り殺すまでだけど」


 晴れ渡る青空を見ながら、エヴァンジェリンはそう呟く。あまりにも冷たい声色に、隣にいたキルモートブルはビクリと身体を震わせる。


「あ、ごめんね。驚かせちゃった? 大丈夫、ブルちゃんに酷いことなんてしないから。酷いことをしてやるのは、キルトの敵だけだからね」


「も、もおお? もお……」


「お腹いっぱいになった? じゃ、そろそろ出発するわよ。早いとこ、キルトと合流して教えてあげなきゃね。理術研究院の刺客が、もうすぐこっちに来るって」


 満腹になったキルモートブルの背に跨がり、エヴァンジェリンは脇腹をかかとでトントンと叩く。それを合図に、水牛はトコトコ歩き出す。


 目指すは、ハンカチの持ち主……キルトだ。道の有る無しに関わらず、一直線に南西へと突き進む。


「もしキルトが本契約済ませてたら、お互いの強さを計るために手合わせするのもいいかもね。もしまだだったら……こっそり暗域に行って、何か適当なモンスターでも見繕おうかしら」


「もー」


「ん? 急いでくれるの? おっけ、じゃ飛ばしてブルちゃん! 全速前しんんんんんんん!!?!?!」


「ブモォォォォォ!!!」


「ちょ、速い速い速いって! エンジンかけ過ぎ、落ちルァァァァァァァ!!!」


 しばらくは耐えていたが、やがてスピードに負けて振り落とされ、エヴァンジェリンは頭から沼にダイブする羽目に。


 腰まで沈み、みっともなくがに股のポーズでプルプル震えることになったのであった。

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