第8話─心の傷

 フェルシュたちが災厄に見舞われていることなど露知らず、サモンマスターケルベスを倒したキルトは街の中に戻った。


 彼が率いていた山賊たちも、騎士団が壊滅させ全員捕らえられたらしい。後日、裁判を行い裁きが下されるようだ。


 いろいろトラブルはあったが、全て解決したため予定通り授与式が行われる。尾を出すためにドレスの尻に穴が開いたため、結局ルビィはいつものドレスで出席した。


「キルト殿、貴殿はこのミューゼンを守るため惜しみなくその力を振るい、献身的に働いてくれた。その度重なる功績を讃え、ここに聖盾勲章を授与する」


「ありがとうございます、閣下。誉れ高き勲章の持ち主として、これからも恥じぬよう精進してまいります」


 事前に渡されたカンニングペーパーの内容を口にしつつ、キルトは片膝をつきシュルムから勲章を受け取る。


 多くの命を守った者に与えられる、金色の盾の形をした勲章を受け取り、左胸に着ける。これで、キルトは領地を持たない名誉貴族に名を連ねることとなった。


「みな、盛大に祝っておくれ! この街を救った、英雄の誕生を!」


「わーー!」


「いいぞー、おめでとうキルトくん!」


「素敵よー、こっち向いてー!」


 集まっていた観衆は、拍手をしながらキルトに祝福の言葉をかける。キルトは立ち上がり、ぎこちない笑みを浮かべながら手を振り返す。


 その様子を黙って見ていたルビィは、微笑みつつもあることを考えていた。


(キルト……理術研究院時代のトラウマのせいで、大勢の人間に囲まれるのが怖いのだな。無理からぬことか……少しずつ、心をケアしていかねば。それが、我に課せられた使命だ)


 理術研究院での仕打ちにより、キルトは大勢の人に囲まれることに怯えるようになっていた。今は、みなが好意的だと分かっているから我慢出来ているが……。


 このまま放置しておいては、後々よくない影響をもたらす。そう考えたルビィは、主のメンタルケアを精力的に行うことを決めた。


「あ、ルビィお姉ちゃん……?」


「大丈夫だ、キルト。何も怖がることはない。これからは、我が常に寄り添おう。だから、笑っておくれ。今は無理でも、いつか……心の底からの笑顔を」


「……うん!」


 二人は手を繋ぎ、お互いに微笑み合う。そんな二人に、いつまでも拍手が贈られていた。



◇──────────────────◇



「やはり敗れたか、ケルベスは。ま、最初から期待などしていなかった。データを取るための捨て石だからな、あやつは」


 その頃、密かにサモンマスタードラクルVSケルベスの戦いを観察していたタナトスは、データの記録を終え理術研究院に帰還していた。


「ゾーリン、いるか。約束通りデータを……どうした? 何があった」


「おお、タナトス! 問題が起きた、招集した部下のうち、一人が何者かに殺されたんだ! おまけに、ヘッドギアタイプのサモンギアとデッキを盗られちまった!」


 ゾーリンたちの出発に先立ち、必要なデータの収集をして彼の部屋に来たタナトスだが……そこに、最悪の報告が飛び込んできた。


「なんだと? 下手人の姿は見ていないのか?」


「ダメだ、理術研究院のあちこちに設置してある監視用の魔宝玉もチェックしたが影すら映ってねぇ」


「……まずいな。ちなみに、奪われたデッキに封印していたモンスターはなんだ?」


「いや、まだ封印してないやつを盗られた。クソッ、よくも俺の部下を!」


 部下を殺されたことに憤るゾーリンとは対照的に、タナトスは冷静さを保ったまま思考する。


(ボルジェィ様に報告するか? ……いや、不要か。むしろ、これも観察するべきだろう。サモンギアを盗んだ者が、どのように動くかを)


 上司への報告は不要。そう判断し、タナトスはゾーリンに声をかける。急ぎ支度を整え、メソ=トルキアに向かうよう伝えた。


「チッ、わぁったよ。今は犯人捜ししてる場合じゃあねえしな。……それとも、お前が代わりにやるか?」


「断る。私にはサモンギアのデータ収集という任務があるのでな。これからまたトンボ帰りし、新しいサモンギアをバラ撒かねばならん」


「へっ、仕事熱心なこって。まあいい、こっちも明日出発する。待ってやがれ、キルト。またたっぷり『可愛がって』やるぜ……クククク」


 ゾーリンは部下が殺された怒りを、キルトをいじめることで晴らすことにしたようだ。タナトスは興味がないようで、無言で立ち去った。


 一方、理術研究院から数百キロほど離れた場所にある、小さな町の酒場にて……。


「ふっふっふっ、チョロいもんね。研究員一人殺って、IDパスさえ手に入れればどこでも入れるんだもん。意外とガバガバね、管理が」


 カウンター席に、一人の女が座っていた。胸元が大きく空いた黄色いチャイナドレスを身に付けた、赤い髪をツインテールにした女だ。


 美しさの中に気の強さを秘めた顔に満面の笑みを浮かべ、ジョッキに並々と注がれたビールを飲み干していく。


「これがサモンカードを入れるデッキ、ねぇ。こんな薄っぺらいカードで、本当に戦えるのかしらね? ま、キルトが作ったんなら出来るんだろうけど」


 カウンターの上には、理術研究院から盗んできたデッキホルダーが置かれている。横を向いた牛の顔のエンブレムが彫られた、白と黒の牛柄模様をしていた。


 サモンギアを盗み出した後、モンスターを探して本契約を行ったのだ。


「ふー、ビールもたらふく飲んだし。そろそろ行かなきゃ。えっと、確か……メソ=トルキアだっけ?」


 ほろ酔い気分な女は、パチンと指を鳴らす。すると、カウンターの上に真っ赤なヘッドギアが現れた。右耳を覆う部分に、カードリーダーが付いている。


 デッキホルダーを豊満な胸の谷間に押し込み、女は席を立つ。隅っこの方で震えているマスターに向かって、声をかけた。


「ヘイ、マスター。代金置いとくわ。今日は気分がいいから、三倍置いてってあげる。外に逃げてった腰抜けどもに、なんか奢ってやんなさい」


「は、はい! あ、ありがとうございます……」


「……フン。どいつもこいつも、人が魔戒王の娘だからって怯えやがって……本当、同族ってつまんない」


 ビクビクしているマスターに、魔法で呼び出した金貨入りの袋を投げつける女。最後にそう吐き捨て、心底つまらなさそうに顔をしかめた。


 ヘッドギアを装着し、女は酒場を出た。遠巻きに自分を見つめる複数の視線に舌打ちした後、町の外へと歩いていく。


「……待っててね、キルト。エヴァちゃん先輩が助けに行くから」


 女はそう呟き、軽快な足取りで町を去って行った。



◇──────────────────◇



「これでよし、と。机に置いておけばいいかな」


「……キルトよ。本当に戻るのか? あの霊峰に。あんなヘンピな場所に居を構えずとも、この街に留まればいいのではないのか?」


 その日の夜。キルトはシュルムへの置き手紙を残し、ルビィと出会った霊峰に帰ろうとしていた。そんな彼に、ルビィが問う。


「……いろいろ、考えたんだ。あの山賊……サモンマスターケルベスとの戦いは、始まりに過ぎないって。これから、どんどん理術研究院の刺客が襲ってくる……そんな予感がするんだ」


「だろうな。一人倒された程度で諦めるような、物わかりのいい組織には思えん」


「僕ね、侯爵様やこの街の人たちが好きになったよ。でも、だからこそ……怖いんだ。彼らを戦いに巻き込んで、死なせてしまうのが」


 感謝の言葉を記した手紙を机に置き、キルトはそう口にする。過去にボルジェイやフェルシュたちから受けた仕打ちが、彼の心を苛んでいる。


 そんな中で出会ったシュルムたちは、キルトにとって大きな救いになった。だからこそ、キルトは怖かったのだ。彼らを巻き込んでしまうことを。


「僕がここにいたら、みんな巻き込まれちゃう。今日は運良く守り抜けたけど、いつもそうとは限らない」


「そう、だな。確かに……キルトの言うことも一理ある」


「だから、お別れするんだ。僕は……あっ」


「……キルト。前に言ったはずだぞ? 悲しみや苦しみを我慢するなと。本当は、キルトも……離れたくないだろう? 彼らや、この街と」


 肩を震わせるキルトを抱き寄せ、ルビィは優しく声をかける。彼女の声に、キルトは凍り付いた心が解かされていくのを感じた。


 目尻に涙が浮かび、ポツリと流れ落ちる。強がっていても、彼はまだ幼い少年。ようやく出会えた信頼出来る人たちとの別離は、辛いのだ。


「……うん。離れたく、ないよ。でも、怖いんだ。僕のせいでみんなが死んじゃったら……って。う、ぐすっ」


「難しい問題だな、確かに。だがな、キルト。そう性急に答えを出さずともよいではないか。今しばらくはここにいよう。少なくとも、君の心の傷が多少は癒えるまでの間は」


 しばし迷った末、キルトは頷いた。誰もいない霊峰に戻れば、未来永劫キルトの心を癒やすチャンスは消えてしまう。


 ルビィは直感を覚えて、彼を説得したのだ。キルトに必要なのは永遠の孤独ではない。信頼出来る者たちとの触れ合いによる、心のケアなのだから。

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