第7話─勇者、天罰てきめん
キルトがゴンザレスを撃破した頃。彼を追放したフェルシュたちは、今まで通り魔王退治の旅を続けていた……のだが。
「おい、どういうことだ? 前にここで買い物した時よりも『おまけ』が少ないんだが?」
「そりゃそうだろ、あの時はあんたらじゃなくてあのちびっ子……キルトくんへの労いも込めて色を付けてあげたんだから。分かったら帰ってくんな、こっちは忙しいんだ!」
「あ、おい! ……クソっ、僕は勇者だぞ! それをこんな扱い……!」
これまでのように、順風満帆とはいかなかった。まず、これまで諸々の雑用を押し付けていたキルトを追放したため、個々の負担が増えた。
次に、立ち寄る町での住民たちとのコミュニケーションに綻びが生まれはじめた。良くも悪くも我の強い勇者たちと、住民たちの潤滑油になっていたキルトがいなくなったからだ。
「何今の店主、感じ悪っ! ねぇフェルシュ、あいつ適当に罪でっち上げてさ、王様に頼んでブタ箱にブチ込んでもらった方がよくない?」
「だな。オヤジに頼めば、王の特権であんなクソ店主なんざ即刻死刑だ!」
人前ではないため、猫を被らず素の状態でエシェラと話をするフェルシュ。流石にこんな話を町中では出来ないので、外にある森の中にいた。
フェルシュはただの勇者ではない。彼らの住む大地、メソ=トルキアにある大国、レマール王国の第一王子だ。そんな彼が、何故勇者をしているのか。
それは、単なる暇潰しに過ぎない。そもそも、現在メソ=トルキアは闇の眷属たちの侵略など受けてはいない、極々平和な大地なのだ。
「まあ、それは置いといてよ。そろそろ、本物の魔王の軍勢でも出てこねえかなぁ。普通のモンスターを退治してるの、飽きちまったぜ俺ぁ」
「そうですね~。やっぱりこの設定、無理がありません? 存在しない魔王の脅威なんて、だーれもピンと来てませんよ?」
ゴロンと地面に寝っ転がり、ゾルグはぼやく。メルムも頷きつつ、そんな風に呟きを漏らした。
「別にいいだろ、何も問題はねぇ。ある程度日数が経ったら、適当にドラゴンでも殺して死体を持って帰りゃいいんだ。こいつが魔王の正体です、ってな」
「あ、それよりも~いいこと思いついちゃいました。いっそ、キルトくんを探し出して~、実は彼が魔王でしたってことにしたらどうです~?」
「あ、いいわねそれ。勇者を抹殺するために、魔王自らパーティーに潜入してたけどバレて殺された……なんて、結構イイ筋書きじゃない?」
類は友を呼ぶ、ということわざがあるが……フェルシュだけでなく、彼の仲間もなかなかのクズ揃いなようだった。
かつての仲間を裏切って捨てた挙げ句、今度は魔王の濡れ衣を着せてなぶり殺してしまおうとしているのだから。
「ナイスアイデアだ、メルム。なら、追放しないでおけばよかったな。その方が、もっと楽しめ」
「ほー、おぬしか。自称勇者とその仲間たちというのは。ふむ、思うておったより……だいぶクズいの、おぬしらは」
フェルシュも乗り気になりはじめたところで、何者かの声が響く。全員が声のした方を見ると、そこには長いアゴヒゲを蓄えた老人が立っていた。
幾何学模様で彩られた灰色のローブを身に付けた老人は、ニコニコ笑っている。だが──目だけは、笑っていなかった。
「なんだぁ? ナニモンだよ、じいさん」
「わしか? わしは『怠惰』のベルフェゴール。暗黒領域を統治する、十三人の魔戒王が一人……序列第七位『
「はぁ? 何言ってんだこいつ。あ、そうか。ムダに歳取ってボケてんだな。可哀想に」
ベルフェゴールと名乗った老人を、ゾルグはあざ笑う。フェルシュたちも嘲笑する中、老人の
『カーッ、予想以上のゴミどもだな! 老人はいたわるって常識すらねえのかよこいつら! マジでイライラするぜ……おい、オレ様と代われベルフェゴール。あいつらはオレ様が潰す!』
「これこれ、そういきり立つでないサタン。なぁに、どの道こやつらは冥獄魔界行きなんじゃ、そこでたっぷり折檻してやればよい」
「……ねえ、ヤバくない? あのおじいちゃん。さっきから……誰と喋ってんの?」
「よく分からねえがよ、あいつ魔戒王って言ってたよな? 本物の魔王だってんなら都合がいいじゃねえか、あいつを倒せば大手柄だぜ!」
気味悪がるエシェラとは対照的に、功名心に逸るゾルグは得物である大剣を呼び出す。頑強な鎧を着ている自分が、あんな老人に負けるわけない。
そうタカを括っていたが、直後に思い知ることになる。いかに自分が、愚かな思い違いをしていたのかということを。
「へっへっへっ、死ね──!?」
「いかんのう、いきなり攻撃してくるとは。おぬし……そこまでして死にたいか」
勢いよく走り出し、老人に大剣を振り下ろすゾルグだったが……ベルフェゴールは、指一本で攻撃を受け止めてみせた。
「ウッソ、マジ!? ゾルグの攻撃を……」
「ゆ、指一本で止めた!? あのじいさん、まさか……とんでもなく強いんじゃ」
「今更気が付いたかの? なら、よぅく見ておくがいい。仲間がボロ雑巾のように吹き飛ぶのをな」
そうベルフェゴールが言った直後、ゾルグの巨体が宙を舞う。手足が千切れ飛び、血飛沫がほとばしる。あまりの早業に、フェルシュたちは何が起きたのか理解出来なかった。
「おぐっごぶぁああああ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!! ヤダヤダヤダ、あたしあんな風になりたくない!!」
一瞬で肉塊になったゾルグを見て、エシェラは仲間を置いて逃げ出した。だが、ベルフェゴールが……否、彼の『仲間』が逃がすはずもなく。
ベルフェゴールの体内から飛び出した『ナニカ』が、エシェラの眼前に立ちはだかった。現れたのは、鋲と金属のプレートが打ち付けられた黒いジャケットとダメージジーンズを着た、荒々しい格好の青年だ。
「な、なによ……あんた誰なのよ!?」
「オレ様は『憤怒』のサタン。
「いぎっ、あがあああ!!」
青年……サタンはエシェラの腕を掴み、荒々しい背負い投げを放つ。落下地点には、小振りな石。そこに叩き付けられ、背骨がへし折れる。
「あが、あ……ぐ、うあっ」
「へっ、クズにゃあちょうどいい仕置きだ。やっぱりよぉ、こういうクズは実際に探さねえと見つかんねえもんだな、ベルフェゴール」
「そうじゃのう。未侵略の大地の下見に来て正解じゃったわ。わしら好みのクズが、こんなに簡単に見つかるとは」
「くそ……こいつらよくも! メルム、立て! 腰を抜かしてる場合か、逃げるぞ!」
あっという間に仲間二人が倒され、勝ち目がないと判断したフェルシュ。唯一無事なメルムを連れて逃げようとするが、彼女は恐怖で動けない。
「む、むむ無理ですぅ~……! たす、助けて……」
「ハハッ、こいつ漏らしてやがるぜ。いい歳してしっこ漏らすたぁ、恥ずかしい奴だな」
目に涙浮かべ、フェルシュの腕を掴むメルム。へたり込んだ彼女の股は、黄色い液体で濡れていた。
「くっ、もういい! なら、僕一人でも逃げ延びてやる! 僕は勇者なんだ、こんなところで死んでいいわけがな」
「うるせぇな、てめぇみたいなクズが勇者なわけゃねーだろ。勇者ってのはな、もっと勇敢で正義感に溢れてる奴のことを……言うんだよ!」
「う、ぐはっ!」
「フェ、フェルシュ……! いや、来ないで……ゆ、許して……」
メルムを見捨てて逃げようとするも、サタンから逃げられはしない。あっさり捕まったフェルシュは、バックドロップを食らい頭から地面に叩き付けられる。
柔らかい土に落ちたとはいえ、致命傷を負うのは十分な威力だ。ピクリとも動かない仲間を、メルムは震えながら見つめる。
「さて、んじゃこいつら連れてくか。どこの国の出身か吐かせて、その国も滅ぼすとしようぜ」
「いや、それは他の者たちの仕事じゃよ。そうじゃなあ……ほれ、あの理術研究院のボルジェイに任せてはどうじゃ? あやつ、手柄を欲しがっておったろう」
「あの『非直系』の腰抜けにか? ……ま、いいや。こっちは罪人の裁きと管理で手一杯だしな。宣戦布告だけして帰りゃいっか」
致命傷を負ったフェルシュたちを抱え、ベルフェゴールとサタンは魔法陣を呼び出す。彼らを連れ、二人は帰還する。
自分たちの住まう、罪人を裁く牢獄の世界……冥獄魔界へと。
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