第6話─ケルベロスを駆る者
「八つ裂きにしてやるぜ……死ね、ガキ!」
『ファングコマンド』
「来る……! あれは、メリケンサック?」
先に動いたのは、ゴンザレスだった。ホルダーから牙を剥き出しにする狼の絵が描かれたカードを取り出し、プロテクターに備え付けられたスロットに差し込む。
すると、両手が光り音声が流れた。現れた武器は、牙のような刃物が取り付けられたメリケンサックであった。
「このケルベロスファングで、てめえを切り刻んでやる!」
「そう、でも……そうはいかないな!」
『ソードコマンド』
ゴンザレスに対抗し、キルトもカードをスロットに投入する。竜の力を宿す剣を呼び出し、相手に切っ先を向けた。
「死ねやオラァ!」
「くっ、それっ!」
振り下ろされた拳を、キルトは剣で受け止める。彼にとっては、想定すらしていなかったサモンマスターとの戦い。
加えて、元の膂力の差が少なからぬ影響を及ぼしてくる。モンスターと本契約することで、変身中は身体能力が向上する。
が、そうなると元が貧弱な子どもであるキルトは分が悪くなってくる。何しろ、相手は日々略奪という名のトレーニングをしている山賊。
「ホラホラ、どうした! さっきの威勢の良さはどこに行きやがった!」
「よっ、はっ、ふっ!」
パワーでは、圧倒的にゴンザレス側にアドバンテージがある。迂闊に反撃すれば、パワーで強引にねじ伏せられてしまう。
それを理解しているからこそ、キルトは『とある作戦』に出ているのだ。相手の猛攻を、巧みな剣捌きで防いでいく。
『いいぞ、キルト! だが、いつまでも守ってばかりでは勝てぬ。何か妙案はあるのか?』
「もちろん。この防戦も、その一環だよ。このまま相手に攻め続けさせれば……」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! しぶとい野郎め、こうなりゃ次の手だ!」
『テイルコマンド』
どれだけ攻めても一発も被弾しないキルトに苛立ったゴンザレスは、一旦バックステップで距離を取り二枚目のカードを使う。
犬の臀部と尾が描かれたカードをサモンギアに挿入すると、彼の腰にも同じように尾が生えてくる。しかも、先端にはかぎ爪があった。
「このウルフェンテイルも加えて、てめえを殺してやるよ! 牙と尾の連続攻撃、いつまでかわせるか見物だなぁ!」
「そう来るならこっちだって!」
『シールドコマンド』
ゴンザレスに対抗し、キルトもカードを使い盾を呼び出す。右手に盾、左手に剣。両利きであるキルトにとっては、このスタイルでも問題はない。
むしろ、右利きの敵の相手を多くしてきたゴンザレスからすれば戦いにくい相手だ。
「おもしれぇ、そんな盾砕いてやる! ウルフェンストーム!」
『来るぞ、キルト!』
尾をムチのように自在に振るい、上下左右から回り込むように攻撃を浴びせるゴンザレス。これまで以上に防戦一方なキルトだが、焦ってはいない。
むしろ、『なにか』を待っているかのように冷静差を保ちながら攻撃を捌いていく。その様子を、ルビィは黙って見守る。
(キルト……何を考えている? まあ、何をするつもりでも我はサポートに徹するのみ。必ず、勝利するための策を考えているはずだ。我はただ従うのみ!)
「チッ、この野郎! もう五分は経つぞ、まだ息切れしねえの……か? あ、あれ!? 武器が、武器が消えちまう!」
五分ほど経った頃、ゴンザレスに異変が起こる。それまで振るっていた二つの武器が、溶けるように消えてしまったのだ。
それを見て、キルトはニヤリと笑う。彼は、この瞬間をずっと待っていたのだ。
「あれ、知らなかった? カードの効果はね、魔力を与えないと五分で消えちゃうんだよ。しかも、カードは一度の変身で一回しか使えないんだ」
「なんだと!? あの死神野郎、そんなこと一言も言ってなかったじゃねえか!」
(! 死神……間違いない、あいつにサモンギアを渡したのはボルジェイの側近、タナトスだ! やっぱり……どうやったか知らないけど、僕を見つけたから刺客を送ってきたんだ)
キルトの言葉に、ゴンザレスは激昂する。結果、自分にサモンギアを渡した人物についてポロリと喋ってしまう。
死神の正体を知っていたキルトは、一人心の中でそう考える。そして、死神……タナトスのさらなる目的も看破した。
「クソッ、こうなりゃ三枚目のカードだ! 出てこい、ソラッ!」
『バックラーコマンド』
「……は? なんだこりゃ!? 今更盾なんか出てきたって役に立つかよ、クソが!」
キルトの方はちゃんと魔力を補給し、武装を維持している。ゴンザレスは三枚目のカードに一縷の望みを託すも、現れたのは丸いバックラーだった。
『ふむ、こうなることを分かっていたのだな? キルトよ』
「うん。あいつ、全然魔力を補給する様子がなかったからね。これは多分、何の説明も受けてなかったんだなってピンと来たよ。……多分、あいつは捨て駒だね。実戦データを取るための生け贄だよ」
『そこまで分かるのか?』
「詳しくは後で説明するけど、あいつにサモンギアを渡した奴は平気でそういうことをするよ。冷酷非道な奴だからね」
ゴンザレスがわめき散らしている中、キルトはルビィと会話をする。相手はほぼ無力になったが、まだキルトは仕掛けない。
何故なら、相手にはまだ一つだけ……最後の切り札が残されているからだ。それが残っている間は、迂闊に仕掛けられないのだ。
「はあ、はあ、クソ……ん? なんだ、もう一枚残ってやがる。……『アルティメットコマンド』?」
(気付いた! サモンマスターが一人につき一枚持つ、究極の切り札……。これを凌ぐために、これまで体力を温存してきたんだ。絶対防ぎきってみせる!)
最後の切り札、アルティメットコマンドを警戒していたからこそ、キルトはずっと守りを重視して戦っていたのだ。
「へ、へへへ。まだ俺にもツキが残ってたぜ。こいつを使えば! てめえをぶっ殺せるぜ!」
『アルティメットコマンド』
『キルト、気を付けろ! 何かが来る!』
ゴンザレスがカードをスロットに差し込んだ途端、空気が変わる。彼の身体を守っていた毛皮の鎧から、妖しげな気が立ち込めはじめた。
溢れるオーラが、黒い毛並みを持つケルベロスの姿に変わる。彼が本契約しているモンスター、トライヘッダーが実体化したのだ。
「死ねぇぇぇ! トライヘッドファング!」
『アォォーーーン!!』
三つの頭が分離し、それぞれがキルトに襲いかかってくる。キルトは剣を消し、盾を左手に持ち替え……三枚目のカードを使う。
「普通の盾じゃ、アルティメットコマンドは耐えきれない! だから……強化させてもらう!」
『ブレスコマンド』
剣に炎を吹き付ける竜の絵が描かれたカードがスロットに挿入されると、キルトが身に付けている鎧の胸部分に竜の顔が浮かぶ。
そこから聖なる祝福の炎が放たれ、盾を包み込む。盾が神々しいオーラを纏い、一目見て強化されたことを伝えてくる。
『ほう、なるほど。
「そういうこと。こうやって盾を強化すれば、相手の攻撃を耐えきれる!」
「やれるもんならやってみろ! 食い殺せトライヘッダー!」
そこに、三つの生首が襲いかかる。大口を開け、鋭い牙を剥き出しにして盾に噛み付いた。頭が殺到し、キルトの姿が見えなくなる。
「ギャーハハハ!! ざあまみやがれ、無様に食い殺されちまったなぁ! え? これで俺の」
「勝ち、じゃあないよ! 耐えたよ、完全にね!」
『クゥン、ギャーーン!!』
それを自分の勝ちだと思い込んだゴンザレスだが、現実は違った。最後まで攻撃を耐え抜いたキルトは、盾を振り回しケルベロスの生首を振り払う。
トライヘッダーが消滅していく中、キルトは最後の切り札を取り出す。翼を広げた竜の絵が描かれたカードを、スロットに入れる。
『アルティメットコマンド』
「いくよ、お姉ちゃん! あいつにトドメを刺す!」
『フッ、心得た! 我らの絆、奴に見せ付けてやろうぞ!』
ゴンザレスの時と同じように、キルトの纏う鎧からルビィが姿を現す。彼女は後ろからフィルを抱え、天高く飛翔していく。
そして、頂点に達したところで今度は急降下する。あまりのスピードに、摩擦熱によって生じた炎が二人を包む。
『食らうがいい! 我らの奥義……』
「バーニングジャッジメント!」
「ひ、ひいぃ! 来るな、来るんじゃねえ!」
炎は竜の頭部へと形を変え、敵を地獄へ誘うために大口を開ける。恐怖したゴンザレスは、無様に背を向けて逃げ出す。
だが、キルトとルビィは狙いを外さない。寸分の狂いなく、奥義をゴンザレスに直撃させた。
「おりゃああああ!!」
「ぐっ……ごはあっ!」
『ギャウーーーーン!!!』
着弾と同時に火柱が立ち昇り、ゴンザレスが吹き飛ばされる。トライヘッダーの悲鳴と共に、デッキホルダーが砕け散った。
「あ、まずい! デッキホルダーを壊しちゃった!」
『キルトよ、何かまずいのか?』
「まずいってレベルじゃないよ、本契約した状態でホルダーが壊れたら……」
勢い余ってホルダーを壊してしまったことに、キルトは焦りはじめる。ルビィが問う中、再びトライヘッダーが現れた。だが……様子がおかしい。
「ゴルルルル……」
「な、なんだよ。俺はお前の主だぞ。落ち着けよ、な? おちつ」
「ガブゥッ!」
「ぎゃああああ!! お、俺の腕がああ!」
「ギャオオーーン!!」
「……契約が解除される。もしサモンマスターとモンスターの間に絆がなければ、ああやって捕食されちゃうんだ……」
キルトのいる場所からでは、ゴンザレスを助けるのが間に合わない。離れた場所から、キルトは山賊が貪り食われる様をずっと見ていた。
「グル、るるる……キャウアッ!」
『……消滅したか。契約が解除されても、モンスターは主と共に死ぬのだな』
「……うん。それが、命を共有するってことなんだよ……お姉ちゃん」
ゴンザレスを喰らったトライヘッダーは、その場に倒れ消滅する。最期を見届けたキルトは、無言で彼らのいた場所を見つめ続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます