第5話─刺客の足音
スッキリ気分を晴らしたキルトたちは、仲良く屋敷に戻る。シュルムたちに出迎えられ、感謝の言葉を贈られた。
「騎士団から報告を受けたよ。ありがとう、キルトくん。君は本当に、この街の救世主だ」
「いえ、そんな。困っている人を助けるのは当たり前の話ですよ。少なくとも、僕はそうです」
「まあ、なんと美しい心をお持ちなのでしょう。わたくし、すっかり感動しましたわ」
「我輩もだよ。キルトくん、今日は疲れただろう? 客室を整えてある、ゆっくり休んでおくれ」
「おお、それはありがたい。我は一度、『べっど』なるもので寝てみたかったのだ」
キルトたちが戦っている間に、屋敷では客室を整えてくれていたようだ。ルビィに促され、キルトはメイドの案内のもと部屋に向かう。
「明日、勲章の授与式を行う予定だ。時間になったらメイドが起こしに行くから、それまでゆっくり寝ていておくれ」
「ありがとうございます、侯爵様。もう、くたくたになっちゃ……むにゃ」
「ふふ、もうおねむか。愛いやつよ、では我が負ぶってやろう」
眠気が限界を超えてきたキルトは、ルビィに背負われる。彼女の暖かく大きな背中に安心感を覚えながら、眠りに落ちるのだった。
◇──────────────────◇
「クソッ、あのガキめ……! あいつさえいなきゃ、侯爵親子を誘拐してやれたのに!」
その頃、キルトたちが馬車を見つけた街道の近くにある山の中に例の山賊たちがいた。自分たちの邪魔をしたキルトに、ヒゲ面のお頭は苛立っている。
「だが、あのガキの使う不可思議な力にゃ勝てねぇ。どうすれば仕返ししてやれんだか……」
「……力が、欲しいか? あの少年と、同じ力が」
根城にしている洞窟の中で、一人ヤケ酒をあおるお頭。その時、彼の背後から冷たい声が聞こえてきた。驚きつつ振り返ると、そこには一人の人物がいた。
全身を覆う漆黒のローブを纏い、頭にはフードを目深に被っている。白い髑髏の仮面を身に着けているため、性別は分からない。
「な、なんだてめぇ!? ナニモンだ、どうやって入ってきやがった!?」
「質問の多い奴だな。だが、生憎答えるつもりはない。むしろ、私が聞きたい。お前は、力が欲しいか?」
お頭の質問に答えることなく、死神の如き装束を纏う人物は重ねて問う。しばし考え込んだ後、お頭は頷いた。
「ああ、貰えるんなら欲しいさ。あのガキのせいで……ちょっと待て、なんでお前がそんなこと知ってんだ?」
「答えるつもりはない、と言ったぞ。私の役目はただ一つ。この『サモンギア』と『カードデッキ』を、力を望む者に与えることだ」
死神はそう口にし、右手を差し出す。その手には、デフォルメされたケルベロスのエンブレムが彫られた、黒いデッキホルダーがあった。
「なんだこりゃ。こんなもんで、本当にあのガキを殺せるのか?」
「そうだ。サモンギアを身に付け、このデッキを使え。そうすれば、お前も奴と同じ力を行使出来るぞ」
「へ、へへへ。そりゃ面白そうだ。くれよ、なぁ。そこまで言っといて、やっぱやーめたは無しだぜ!」
「分かっているとも、受け取れ。このサモンギアは、すでにケルベロスの魔物『トライヘッダー』を封印済み。お前はこれより、この魔物と契約しサモンマスターケルベスを名乗るがよい!」
お頭がデッキホルダーを受け取ると、彼の胸にプロテクター型のサモンギアがひとりでに装着される。サモンギアから溢れ出る力に、お頭は酔いしれる。
「へ、へへ。こいつぁすげぇ! 本当に力がみなぎってきやがる! こいつがあれば、このゴンザレス様に敵はいねえぜ! フハハハハハ!!」
(ククク、そうだ、それでいい。キルトと戦い、ボルジェイ様のためにデータを提供しろ。命と引き換えに、一時の夢に酔えるのだ。よく味わえ、短い幸福をな)
狂喜乱舞するお頭を見ながら、死神は仮面の奥で笑みを浮かべる。キルトの元に、最初の刺客の魔の手が迫ろうとしていた。
◇──────────────────◇
翌日の朝。キルトへ勲章を授けるための授与式が開会した。街の住民は、騎士団を助けた噂の英雄を一目見ようと会場である街の広場に集まる。
「見た? あの子どもがワイバーンの群れをやっつけたんですって!」
「しかも、たった一人でって話だぜ。なんでも、不思議な召喚魔法を使うとか」
「すごーい! どんな魔法なんだろ、見てみたいなぁ」
群衆が詰めかける中、キルトはルビィと共に礼服を着て待機していた。緊張で固まるキルトに対し、ルビィは不満そうに顔をしかめている。
「むぐぐ、この服は何故こうも窮屈なのだ! いつものドレスではダメなのか!?」
「あー、うん、そうだね……」
「むー、こんな式典が終わったらさっさと脱いでやる! やはり、我はいつもの服の方がよい!」
いつもの赤いドレスから、式典用の黒いドレスに着替えさせられたルビィ。胸の辺りが相当窮屈なようで、不平たらたらだった。
一方のキルトは、妙にそわそわしていた。単に緊張しているだけでなく、何か嫌なことが起こりそうな予感を抱いていたのだ。
(……この感覚、いつものアレだな。このザワザワ感が来ると、いつも嫌なことが起こるんだ)
そんなことを考えていた、その時。街の遥か東の方から、物凄い雄叫びが響いてきた。群衆がぎょっとする中、一人の騎士が走ってくる。
「侯爵閣下、大変です! 先日閣下を襲ったと思われる山賊の一団が、東門を攻撃しています!」
「なに!? おのれ、性懲りもなく襲ってきたのというのか!」
「はい、現在騎士団が応戦しています。念のため、討伐完了まで安全なところに」
「! お兄さん、危ない!」
騎士が報告をしている中、キルトは殺気を感じ取り彼を突き飛ばした、その直後。上空から誰かが落下してきた。
「ほー、鋭いカンだな。このゴンザレス様の急降下キックをかわすとは!」
「お前、昨日の──! 胸に着けてるそれは、まさか!? いや、あり得ない。サモンギアのデータは全部破棄したのに!」
現れたのは、山賊のお頭ゴンザレスだった。部下が門を攻撃している間に、死神から授けられたサモンギアの力で先に街に侵入したのだ。
腰ミノとプロテクターだけを身に着けた、あまりにも野性味の強すぎる山賊の登場に、集まっていた人々は悲鳴をあげる。
「きゃああああ!! さ、山賊よ!」
「に、逃げろぉぉぉ!!」
「まずい、敵のすぐ近くでパニックが起きたらどれだけ被害が出るか……お姉ちゃん!」
「うむ、任せろ!」
「うごっ!? てめぇ、何しやがる! 離せ、離せっつーの!」
突然の山賊の襲来に、集まっていた領民たちはパニック寸前の状態になる。このままではまずいと、キルトは即座に動く。
ルビィは彼の意図を察し、ゴンザレスの喉を掴んで空に舞い上がる。同時に、腰から尾を伸ばしてキルトに巻き付けた。
「侯爵さん、こいつは街の外に連れ出してから倒します! だから、他の人たちを落ち着かせてあげてください!」
「分かった、気を付けるのだぞ!」
「はい! あと、たぶんこの服破いちゃうと思います! 必ず弁償しますから、許してくださーい!」
シュルムに向かってそう叫んだ後、キルトはルビィと共に西の方へ飛ぶ。東門では、騎士団が山賊の群れと戦っている。
そこにわざわざ合流してしまうより、単独でケリをつけた方がいいと判断したのだ。防壁を越え、ルビィはゴンザレスを地面に投げ付ける。
「そうれっ!」
「ハッ、この程度どうってことねぇ! よっと!」
「むっ、なんと軽やかな身のこなし。それに、この匂い……キルト、あやつただ者ではないぞ」
「うん、それにあいつの胸についてるプロテクター……僕が理術研究院にいた頃、サモンギアの一つとして考案したデザインと同じやつだ。……まさか、独自に開発したの?」
「奴を倒して確かめるしかあるまい。相手もサモンマスターということは……昨日のワイバーンとはワケが違う規模の戦いになるな」
サモンギアの出所は気になるが、それを確かめるにはまずゴンザレスを鎮圧し、無力化しなければならない。
地上に降り立ち、キルトは義手から
「お前、そのサモンギアをどこで手に入れた! 答えろ!」
「ハッ、だーれが言うかよ。知りたきゃ俺を倒してみろよ。てめぇに出来るんならな!」
そう言うと、ゴンザレスは右腰に装着したデッキホルダーからキルトと同じく
「油断するな、キルト。昨日は楽に蹴散らせたが、今回はそうもいかなさそうだぞ」
「うん、分かってる。力を貸してね、お姉ちゃん。いくよ!」
「ぶっ殺してやるぜ、ガキ! サモンマスターケルベス様の力、骨の髄まで味わえ!」
『サモン・エンゲージ』
同時にカードをスロットに挿入し、二人は契約モンスターを見に纏う。ゴンザレスの身体が、黒い毛皮製の鎧に覆われていく。
頭と両肩を、オオカミの頭部を模した兜と肩当てが守っている。その姿は、まさに人型になったケルベロスそのものだった。
「部下を殺しやがって、たっぷり礼をしてやる。覚悟しろ、くそガキ!」
『さっきからガキだガキだとうるさいぞ、貴様。我が主には、キルトという立派な名がある! 貴様が礼儀をわきまえているなら、しっかりと名を呼べ!』
「山賊相手にお説教は無意味だよ、お姉ちゃん。さあ……戦いの始まりだ!」
キルトとゴンザレス、二人のサモンマスターの戦いが、今始まる。
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