第4話─キルトの過去、ルビィの決意
見事ワイバーンの群れを打ち破り、ついでに契約までしてみせたキルト。その強さに、騎士たちからあっという間に受け入れられた。
変身を解除し、街の中に戻ると騎士団の詰め所に連れて行かれてしまった。どうやら、かなり好かれているようだ。
「いやぁ、本当に助かったよ! 君、とても強いね!」
「本当、こんなにちっちゃくて可愛いのに。ねえ、騎士団に入らない? 君ならすぐに出世出来るよ!」
「いや、その……嬉しい申し出ではあるんですけど、僕はもう誰にも仕えないって決めてるんです。……もう、裏切られるのは嫌なので」
詰め所にて騎士たちに囲まれていたキルトだが、勧誘された途端態度を変える。素っ気なく断った後、外に出て行く。
西門の上にある連絡通路に登り、一人外の景色を眺めていると……追いかけてきたルビィが隣に座った。
「よっと。キルト、どうした? あんなつれない態度などして」
「……」
「馬車の中で、昔研究員をしていたと言っていたな。その時に……何かつらいことがあったのだろう。だから、騎士団に加わるのを拒絶した……違うか?」
「……うん、そうだよ。ルビィお姉ちゃんには……話しておいた方がいいかも。僕の過去を……ね」
いつもと違う声のトーンに、ルビィは何かを察する。キルトに寄り添い、彼を抱きながら話に耳を傾ける。
「……僕ね、二歳の頃に親元から離れたんだ。闇の眷属たちの学び舎……魔道学園に行くために」
「それは……なぜ?」
「僕には、とんでもない才能が眠ってるんだって。たまたまそれを知った学園長が、お父さんたちに頼み込んだんだって後から聞いたよ」
「そうか……キルトは頭が良いのだな。だが、そんな年齢から家族と引き離されたら寂しいだろう」
「ううん、仲良くしてくれる先輩がいたから、学園時代は楽しかったよ。でも……十歳になって、飛び級で卒業してからが……つらかったんだ」
そこまで話したところで、キルトは黙り込む。彼に寄り添っていたルビィは、すぐに気付く。彼の身体が、恐怖で震えていることに。
「学園を卒業した僕は、理術研究院って組織に迎え入れられたんだ……でも、そこで、そこで……」
「キルト、無理をするな。話したくないなら話さなくていい。そこまでして、我は君の過去を知りたいとは思わん」
「ありがとう。でも、誰かに話せば……たぶん、僕は少しだけ楽になれると思う。だから、聞いてほしい。研究院でのことを」
ルビィにそう言うと、改めてキルトは研究院時代の忌まわしい出来事について話す。学園とは一転、研究院の者たちは……自分を、奴隷のように扱ったとキルトは話す。
「研究院の人たちは、毎日僕を殴ったり蹴ったりしたよ。早く研究成果を出せ、じゃないと人体実験の素材にするぞって」
「……クズどもめ! 年端もいかぬ子どもに平然と虐待をするとは! なんと許しがたき行いだ! 出来るならば、今すぐそやつらを八つ裂きにしてやりたい!」
キルトの受けた仕打ちに、ルビィは怒りをあらわにする。大切な主を傷付けた者たちへの憎しみが膨れ上がる中、キルトは首を横に振った。
「もう、いいんだ。とてもつらい七ヶ月だったけど、もう昔のことだから。……それより、重要なのはここからなんだよ。僕は、あるプロジェクトの主任を任されてたんだ」
「フー……よし、落ち着いた。して、そのプロジェクトとはなんだ?」
「……従来の召喚魔法をさらに発展させ、強大な神々にも対抗出来る新たな召喚システムを行使出来るアイテム。サモンギアの開発だよ」
そう言いながら、キルトは左腕を見つめる。上空に向かって炎のブレスを吐き、鬱憤を晴らしたルビィは問いかけた。
「なるほど、だが……何故義手なのだ? そして、何故キルトが身に着けることになった?」
「一つ目の質問の答えは、技術的な問題だよ。今はどうか知らないけど、僕のいた時はギアとカードを入れるホルダーを分ける技術がなくてね。だから、一体型で運用出来る義手にしたんだよ」
「そうだったのか。で、二つ目の問いの答えは?」
「簡単だよ。僕がモルモットに選ばれた、ただそれだけさ」
ルビィの言葉に、キルトは死んだ目をしながら応える。同時に、脳裏に忌まわしい記憶がよみがえり溢れていく。
『いやだ! 離して、離してぇ!』
『悪いな、ボルジェイ様から直々にご指名なんだ。さっさと腕を切り落とすぞ、麻酔なんて使ってもらえると思うなよ? お前なんぞにゃ勿体ない。おい、猿ぐつわ噛ませろ! 死なれたら面倒だ』
『やだ、や……むぐ、んむぅぅ!!』
『そんじゃ始めるぜ。左腕にお別れ言いな。あ、もうしゃべれねえか! ハハハハハハ!!!』
地獄の痛みに襲われる中、キルトは左腕の肘から先を失った。そして、その代わりにサモンギアである義手を装着されたのだ。
壮絶な過去を聞いたルビィは、もう何も言うことが出来なかった。何故キルトが、そんな酷い仕打ちを受けねばならないのか。何故、どうして。
答えのない疑問だけが、頭の中でリフレインする。そんな彼女に、キルトは声をかける。目尻には、涙が浮かんでいた。
「でも、それだけなら僕は我慢出来た。いつか偉くなって、お父さんたちの元に帰れる……そう思ってたから」
「待て、さらに残酷な真実があるのか? ……いや、もう驚くまい。最後まで聞こう。君のパートナーとして、な」
「ありがとう。ある日、サモンギアの実験をしてる途中で聞いちゃったんだ。研究院の長、ボルジェイが独断で僕の故郷を滅ぼしたって話を」
薄々予想はしていたが、ここまで予想通りだともはや乾いた笑いしか出なかった。ルビィは、キルトにここまで残酷な運命を歩ませた神を呪った。
そこまでさせるのか、と。何の罪も無い少年を、どこまで苦しませれば気が済むのか。彼女の怒りは、永遠に消えることはないだろう。
「僕の帰る場所を無くせば、ずっと自分たちのいいように出来るって楽しそうに話しててさ。もう、ぷっつんしちゃったんだよね。だから、サモンギアのデータの全部破壊してブラックボックスの解析を出来なくしてやったんだよ」
そう話すキルトの声には、何の感情も宿っていなかった。数々の残酷な仕打ちが、彼の心を壊してしまったのだ。
「で、混乱に紛れてサモンギアを着けたまま逃げ出して、たまたまこの大地に流れ着いたんだよ。その後は、お姉ちゃんも知ってる通り。勇者たちに拾われて、また裏切られて捨てられて……?」
「……もう、よい。自分の心を殺すな、キルト。悲しみを堪えるな、ここには我以外誰もいない。……泣いていいんだ、我の腕の中で」
キルトを強く抱き締め、そう口にするルビィ。それが、最後の一押しとなった。これまでずっと心の奥底に封じ込めてきた悲しみが、怒りが、憎しみが、やるせなさが。
涙と嗚咽になって、キルトの中から溢れ出てくる。一度流れ出てしまえば、もう止められない。キルトは、ルビィの腕の中で泣いた。
「う……ひぐっ、うわあああああん!!」
「そうだ、泣け。涙は全てを押し流してくれる。悲しみも、苦しみも。そうして流れ出たものは、全て我が受け止めてやる。だから……もう、我慢するな」
「ずっと、こわくて……ぐすっ、いたくて……うでも、かぞくも……ぜんぶ、なくして……うわあああああ!!」
心を殺すことで耐えてきた痛みが、大粒の涙となって流れ落ちていく。泣きじゃくる少年をあやしながら、ルビィもまた涙を流す。
(……許してはおかぬぞ、理術研究院とやらの連中よ。我が主を傷付け、永遠に消えぬ痛みを与えたこと……必ず後悔させてやる!)
キルトを慰めながら、ルビィは心の中で決意を固める。今はまだ無理でも、いつの日にか。キルトを苦しめた者たちに、報いを受けさせることを誓った。
◇──────────────────◇
「ありがとう、ルビィお姉ちゃん。全部吐き出せてすっきりしたよ」
「そうか、ならよかった。キルトよ、一つ約束してくれ。これからは、もう悲しみや苦しみを我慢しないと。キルトが苦しんでいるのを見るのは、つらいのだ」
「……うん。分かった、約束する」
それから五分ほど経って、キルトは泣き止んだ。泣きはらして真っ赤になった目をこすりつつ、ルビィを指切りげんまんをする。
「……ところで、もう一つ聞きたいのだが。先ほどの戦いで、ワイバーンを捕らえていたろう。あれはどういうことなのだ?」
「あ、そこはまだ説明してなかったね。サモンギアには、『本契約』と『仮契約』の二つの契約方法があるんだ。前者がお姉ちゃんで、後者がワイバーンだね」
「ほう、なるほど。だが、本契約をしていれば仮契約などいらぬのではないか?」
泣いてスッキリしたところで、ルビィが新たな質問をする。それにキルトが答えると、もっともなことを言われた。
「ところが、そうもいかないんだよね。本契約しても、生成されるカードは五枚だけ。一つのサモンギアには十枚一組のデッキが付属するんだけど、それだけだと五枚余っちゃうんだ」
「ははあ、読めたぞ。それで、残りを埋めるための『仮契約』というわけか」
「うん。本契約と違って、一回使うと消滅しちゃう使い捨てタイプだけど、デッキの短所を補ったり長所を伸ばすようにカードを追加出来るんだよ」
そう言うと、キルトは義手から先ほど手に入れたワイバーンのサポートカードを取り出す。それを眺めながら、話を続ける。
「勇者パーティーにいた頃は、仮契約だけでやりくりしてたんだ。本契約が必要になるような敵が出てこなかったし」
「ふふ、キルトは強いのだな。流石、我が主と認めた子だ!」
「わっ! やめてよ、髪の毛くしゃくしゃにしないでー」
キルトがカードをしまうと、ルビィがじゃれついてくる。彼女に押し倒されながら、キルトは笑う。その笑顔には、もう悲しみの色はなかった。
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