第3話─ワイバーンとの戦い

 シュルムたちと一緒に、馬車に揺られることはや十分。キルトとルビィは、すっかり侯爵親子と打ち解けていた。


「まあ、そうでしたの。キルトさんは暗黒領域で研究員を……まだ子どもですのに、とても優秀なのですね」


「とはいっても、もう辞めちゃったんですけどね。やっぱり、闇の眷属に混ざって働くのは気苦労が多くて」


 馬車の中では、四人が和気あいあいと話をしていた。キルトは真向かいに座っている、シュルムの娘メレジアに褒められていた。


 元勇者パーティーの一員だった、という過去は彼らに話さず、それより前の来歴だけを語る。面倒な事態になるのを避けるためだ。


「ほー、暗域か。我は初耳だぞ、その話」


「あら、ルビィさんも知らなかったのですか?」


「まあな。我とキルトは昨日出会ったばかりだからな、まだまだお互い知らないことばかりだ」


「ふむむ、興味深いものですな。……っと、続きは食事をしながらにしましょう。もう領地に着きますからな」


 謎の多いキルトの過去に、ルビィたちは興味津々なようだ。が、詳しく聞く前に馬車が街の中に入った。


「わあ、大きな街……!」


「歓迎するよ、我がパルゴ領最大の街……ミューゼンへようこそ」


 巨大な防壁に囲まれた、大きな街へとキルトたちは進んでいく。その様子を、遙か空の上から一羽のカラスが見ていた。


 そのカラスが、災いを運んでくることを……この時のキルトは、まだ知らなかった。



◇──────────────────◇



「ボルジェイ様、ご報告致します。例の少年、キルトを発見したとマガイカラスから連絡がありました」


「ようやく、ですか。いやぁ、探しましたよ。この三ヶ月、ずぅっと……ね」


 闇の眷属と呼ばれる、人間やエルフたちと異なる種族が住む世界……暗黒領域。縦に積み重なった階層世界の一つに、巨大な研究施設があった。


 『理術研究院』と呼ばれるその施設の最上階に、二人の男がいる。片方は、豪華な椅子に座りにこやかな笑みを浮かべていた。


 闇の眷属特有の紫色の肌は、陽の光を浴びてツヤツヤと輝いている。男は立ち上がり、報告をしている部下の元に歩み寄る。


「いやぁ、本当に長かった。あのガキに出し抜かれ、サモンギアの研究資料とデータを全て破壊された……あの日からなぁ!」


「へぶっ!? ボ、ボルジェイ様! お気を確かに」


「黙れ! そもそも、てめぇらは何やってやがんだよえぇ!? たかがガキ一人捜し出すのに、何カ月かけてやがるんだこの無能めが!」


「うぶ、ごふ、あぶあっ!」


 ボルジェイと呼ばれた男は、それまでの穏やかな雰囲気を一変させる。白衣を着た部下に殴りかかり、押し倒して馬乗りになる。


 そのまま拳を振るい、部下を血祭りにあげていく。最初は抵抗していた部下だが、次第に動きが弱くなり……ついに息絶えた。


「はあ、はあ……。おっと、いけないいけない。ついつい頭に血が昇ってしまう。……ゾーリン!」


「ハッ、お呼びでしょうか、ボルジェイ様」


「この汚物を片付けろ。実験の材料くらいにはなるだろう」


「かしこまりました」


 ボルジェイは魔法で返り血を浄化した後、別の部下を呼び出す。警備服を着た巨漢が現れ、ミンチと化した死体の処理を行う。


 そんな彼に、ボルジェイは声をかける。


「ああ、そうそう。例のガキ……キルトが見つかったそうだ。ゾーリン、お前に勅命を下す。すでに送り込んだ私の右腕と協力して奴を殺し、サモンギアを回収しろ」


「! ……なるほど、かしこまりました。では、いよいよ『アレ』を使うのですね?」


「そうだ。キルトが資料を破棄したせいで、ブラックボックスを解析出来なかったが……こちらもサモンギアを作製出来た。オリジナルには劣るが、奴の始末に不都合はない」


 そう言うと、ボルジェイは指を鳴らす。すると、左胸に装着するタイプのベルト付きプロテクターが空中に現れる。


 プロテクターの表面には、キルトの義手と同じカードスロットが付いている。ゾーリンはプロテクターを手に取り、身に付けた。


 すると、右腰にゴツゴツした岩のエンブレムが掘られた長方形のカードデッキが出現する。すでに、モンスターは封印済みのようだ。


「いつでも実戦に投入出来るよう、すでにゴーレム型のモンスター『ロックジャイガン』を封印してある。ゆけ、ゾーリン……いや、サモンマスターゴーム! キルトを抹殺するのだ!」


「お任せを。適当に部下を見繕って、すぐに出向きます」


「そいつら用のサモンギアも用意してある。殺せ、あのガキを消し去れ。一片の痕跡もこの世に残さず、跡形もなく!」


 狂気の光を瞳に宿し、ボルジェイは叫ぶ。キルトの元に、古巣からの刺客が迫ろうとしていた。



◇──────────────────◇



「いや、上手い飯だった! 満腹になっ他ぞ、満足満足」


「ごちそうさまでした、侯爵さま。美味しい朝ご飯、ありがとうございます」


「なぁに、気にしないでおくれ。こちらは命を救われたのだ、むしろこれくらいでは礼をし足りないくらいだよ」


 その頃、キルトはシュルムの屋敷にて朝食を食べ終えていた。ルビィ共々満腹になり、満ち足りた笑みを浮かべている。


「ルビィさん、もの凄く食べられるですのね。見ていてとても気持ちのいい食べっぷりでしたわ」


「ふっふっふっ、キルトと契約して若返ったからな! あの頃の食欲が完全復活したのだ! なんなら、まだまだ食べられるぞ!」


「やめてあげようね、ルビィお姉ちゃん。もう十五人前くらいは食べてるからね?」


 ルビィの後ろでは、メイドたちが大忙しで大量の皿を運んでいた。底なしの食欲を持つ竜の乙女に、流石の侯爵も苦笑いだ。


 メインディッシュを食べ終え、次はデザート……というところで、食堂に一人の騎士が飛び込んできた。何やら慌てているようで、汗を滝のように流している。


「侯爵閣下、大変です! 街の西門に、ワイバーンの群れが現れました! 騎士団が応戦していますが、数が多すぎて追い込まれています!」


「なに!? 全く、山賊の次はワイバーンか! 次から次へとよく災いが来るものだな」


「なら、僕が何とかします。応援を呼ぶにしても、時間がかかるのでしょう? 乗りかかった船です、お助けしますよ!」


「うむ、そうだな。食後の運動にはちょうどいい。よし、そこの騎士よ。我とキルトを案内してくれ」


 モンスター襲来の報を聞き、キルトは立ち上がる。騎士団の助けになりたいという気持ちだけでなく、とある目論見もあって助力を申し出た。


「え? あ、はい。閣下、よろしいので?」


「うむ、大丈夫だ。キルトくん、重ね重ね君の助力には感謝するよ。戻ったら、君に勲章を授けよう。我輩から出来る、最大のお礼だ」


「そんな、僕なんかには勿体ないですよ。とにかく、行ってきます。騎士さん、西門に連れて行って!」


「ああ、分かった。二人とも、ついてきてくれ!」


 騎士に案内され、二人は屋敷を飛び出す。大通りを走ること十分、三人は西門に到着下。幸い、まだ騎士団は壊滅していかなった。


「グルァァァ!!」


「怯むな、押し戻せ! ここで負けたら門を破られる、そうなれば領民に被害が出てしまう! そんな事態にしてはならんぞ!」


「ダメです、隊長! 大盾部隊、もう持ちません……!」


 門のすぐ外では、巨大な盾を持った騎士たちが八頭のワイバーンの侵入を阻止している。が、後方の魔法使いたちによる強化魔法の支援があっても相手を押し留めるのは簡単ではない。


 守りが崩されようとした、その時。門の上にある連絡通路から、キルトが身を躍らせた。


『サモン・エンゲージ』


「いくよ、ルビィお姉ちゃん! サモンマスタードラクル、出撃!」


『うむ、初陣のように勝利を飾ってやろうぞ!』


「うん、最初から全力だよ!」


『ソードコマンド』


 ルビィと融合したキルトは、山賊戦のようにカードを使って剣を呼び出す。そのまま急降下し、一番前にいたワイバーンの脳天に剣を突き刺した。


「ゴルルゥアァァ!?」


「てえいっ! 街には入れないぞ、ワイバーンたちめ!」


「な、なんだ? 子ども!? 一体どうして子どもがここに!?」


「大丈夫、あの子は援軍だ! 侯爵閣下のお墨付きのな!」


 突然現れ、そのままワイバーンを屠ってみせたキルトに驚く騎士たち。そんな彼らに、遅れて到着した伝令の騎士がそう告げた。


 その間にも、キルトは二頭目、三頭目のワイバーンを次々屠っていく。切れ味鋭いドラグネイルソードが、魔物の命を絶つ。


「グルギャシャアアア!!」


『キルト、奴ら炎のブレスを吐くつもりだぞ!』


「大丈夫、守りも完璧だからね!」


 四頭目のワイバーンが、ブレスの発射体勢に入る。それを見たルビィが警告する中、キルトは剣を左手に持ち替えた。


 そして、義手の中から赤いカイトシールドの絵が描かれたカードを取り出してスロットに挿入する。すると、少年の手元に小さな炎が現れた。


『シールドコマンド』


「いくよ、ドラグスケイルシールド! どんな高温の炎だって、全部跳ね返してやる!」


「グルァァァ……ギャーーーン!」


 炎は盾に姿を変え、キルトをブレスから守る。灼熱のブレスは威力を増幅しつつ跳ね返され、残りのワイバーンもろとも焼き尽くしていく。


「よーし、これで終わり」


『いや、まだだ! 一頭生き残っておるぞ。小賢しい奴め、仲間を盾にしおったな』


「ゴル……ゴフゥ……」


 ワイバーンを全滅させた、と思いきや一頭だけ生き残っていた。虫の息ではあるが、まだ無力化は出来ていない。


 しかし、この状況こそキルトにとって絶好のチャンスだった。剣と盾を消し、義手から上部に『サポート』と書かれた白紙のカードを取り出す。


「今だ! ブランクカード、ソウルスキャン! ワイバーンを封印し、契約せよ!」


「ゴルッ!? グルァァァァァ!!」


「おお、なんだ!? ワイバーンが……」


「き、消えた。一体、なにがどうなって……」


 騎士たちがざわめく中、キルトは手に持ったカードを眺める。白紙だったカードには、雄叫びをあげるワイバーンのイラストが追加されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る