第2話─サモンマスター誕生

『ところで、キルト。我はずっとこの中にいなければならぬのか?』


「いや、竜さんが出たいなら出てても大丈夫だよ。常に魔力を消費しちゃうけど、まあ微量だから大丈夫」


『そうか、では……そうだな、元の姿ではちと大きすぎる。姿を変えるぞ、ハッ!』


 無事キルトと契約し、寿命を伸ばしたエルダードラゴン。が、カードの中は案外窮屈なのか、外に出たいらしい。


 キルトの許可を得た竜は、何かを思い付く。カードから出るのと同時に、己の姿を変化させる。そうして現れたのは……。


「えっ!? りゅ、竜さんって女性だったの!?」


「む、言ってなかったか? そうとも、我は雌だ。ふふふ、驚いているな。可愛い顔をしおって」


 キルトと触れ合えるよう、人間へと変身した竜が姿を見せた。スラリと伸びた、ほどよく筋肉の付いた力強い手足は、竜のソレと同じ爪を備えている。


 胴体には鱗のような衣装の赤いドレスを身に付けており、月明かりを受けて輝いていた。絶世の美女となった竜は、キルトを抱き寄せ頬ずりする。


「わっ、わっ、わっ!」


「ふふ、赤くなっているな? 愛いやつめ、ますます可愛がってやりたくなるな!」


「うう、恥ずかしいよ……」


 頬をスリスリされる度、人間となった竜の豊満な胸が少年に擦り付けられる。顔を真っ赤にするキルトを可愛がっていた竜は、ふとあることに気付く。


「おお、そうだ。いつまでも我のことを竜と呼んでいては不便だろう。これからは、そうだな……我のことはルビィと呼ぶがいい」


「う、うん。分かったよ、ルビィ……お姉ちゃん」


「!?!!?!!!???! お、お姉ちゃん……むふふ、なんとも……なんとも甘美な響き! 我は大いに気に入ったぞ!」


 思わずお姉ちゃんと呼んでしまったキルトだが、エルダードラゴン改めルビィは大喜びしていた。腰まで届く長い赤髪が、頭の動きに合わせて揺れる。


「よし、決めたぞ! 今夜はこのまま寝てしまおう! お姉ちゃんがキルトの毛布代わりになってやるからな、安心して寝るがよい」


「ええええ!? い、いいよ! 一人で寝られるから!」


「何もない岩肌の上でか? ならぬ、そんなところで寝たら身体を悪くしてしまうぞ。我は契約モンスターとして、主を守る義務があるのだ!」


 契約早々、ルビィはすっかりキルトに懐いていた。こうなってはもう、抵抗は意味がない。そう観念し、キルトは身を委ねた。


「うー……分かった、今日はこのまま寝る……」


「よしよし、素直が一番。キルトは物分かりがいいな」


「えへへ……そう、かな……むにゃ……すぅ」


 フェルシュたちとの騒動、そして契約で体力を消耗したキルトはルビィに抱かれ安らかな眠りに着いた。ルビィは微笑みを浮かべ、ごろんと横になる。


 翼をかけ布団代わりにしてキルトと自分を覆い、魔法の月を消す。空洞内が暗闇に包まれ、静寂の時が訪れた。


「お休み、キルト。良い夢を見るのだぞ」


 そう呟き、ルビィもまた眠りに落ちていった。



◇──────────────────◇



 翌日、二人は目を覚ます。空洞の外に出て、朝日を浴びるキルトとルビィ。空洞のすぐ外は、断崖絶壁になっており眼前に雲海が広がっている。


「うわぁ、きれい……。こんな景色、初めて見たよ」


「ふふ、いいロケーションだろう? 我は毎朝、この景色を独り占めしていたが……これからは二人占めになるな」


「えへへ、そうだね。……っと、のんびりしてる場合じゃないや。を確認しないと」


 キルトはルビィに降ろしてもらった後、義手に魔力を流し込みカードを取り出す。それを、腕の外側にあるスロットに挿入しようとする。


「む? キルト、何をするのだ?」


「ルビィお姉ちゃんと契約して使えるようになった『契約エンゲージ』のカードの試運転をしたいの。僕はこれを使って、ルビィお姉ちゃんと融合して戦うんだよ」


「ほう! 我の脳には、先祖から受け継いできた様々な知識があるが……そのような戦い方をする召喚師は初めてだ。では、早速やってみてくれ!」


「うん、分かった! それじゃあ行くよ! サモンカード、セット!」


『サモン・エンゲージ』


 昨夜生成された契約のカードをスロットに挿入すると、義手から無機質な音声が流れる。直後、ルビィの姿が消えキルトが炎に包まれた。


 少しして炎が消えると、キルトの姿が大きく変化していた。左腕と頭部以外を赤い鱗で出来た鎧が覆い、背には六枚の翼が生えている。


 キルトはルビィを『纏う』ことにより、彼女の力を使えるようになったのだ。


『おお、このような感じなのだな! ふむ、中々に不思議な感覚だ』


「うん、僕も本契約は初めてだからちょっと浮遊感があるかな……ま、いいや。とりあえず、山を降りるね。麓に行けば食べられる木の実が見つかるだろうし」


『よし、では行こう! 上手く飛べないようであれば我がサポートしよう。安心していいぞ、キルト』


「ありがとう、ルビィお姉ちゃん。よし、しゅっぱーつ!」


 朝ご飯を求め、キルトは霊峰の麓へ向け飛び立っていった。それからしばらくして……結局、キルトは人里近い森まで遠征していた。


「……まさか、ここまで食べられそうなものが見つからないとは思わなかった。うう、お腹すいたよー」


『済まん、霊峰周辺の食物はほぼ狩り尽くしていたのを忘れていた……ん? 何やら向こうが騒がしいぞ』


「ほんとだ、何かな……!? 大変、馬車が山賊たちに襲われてる!」


 森の奥へ行こうとしたその時、金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。そちらの方に向かうと、木々の間から街道が見えた。


 街道には、一台の馬車が停まっている。それを包囲するように、十数人の山賊たちが集っていた。護衛の騎士たちが、馬車を守るべく奮戦しているようだ。


「侯爵閣下を守れ! 死んでも山賊どもを近付けるな!」


「へっへへ、ムダだムダだ! そっちは五人、こっちは十二人いるんだ。野郎ども、こいつらを殺せ! 侯爵とその娘を拉致して、身代金をふんだくっおほぁ!?」


「てーいっ! そんなことはさせないぞ! サモンマスター……えーと……ドラクル見参!」


 盗賊の一人が、騎士に向かって手斧を振り上げた次の瞬間。森から飛び出したキルトが、ドロップキックを叩き込んで吹き飛ばした。


 具体的なサモナー名を決めていなかったため、急遽古い言葉で『ドラゴンの王』を意味するドラクルを名乗ることにした。


「な、なんだこのガキ!? 一体どこから出てきやがった!」


「誰かは知らないが助かったよ! でも、相手は強い。危ないから逃げるんだ!」


 山賊たちは突然の乱入に驚き、騎士たちは逆にお礼と警告の言葉を述べる。対するキルトは、首を横に振りつつ義手からカードを取り出す。


「忠告はありがたいけど、困っている人を見捨てるなんて出来ない! ルビィお姉ちゃん、このまま実戦いくよ! 習うより慣れろだ!」


『ふっ、いいだろう。我とキルトの力、こやつらに見せ付けてやろうぞ!』


「な、なんだ? どっから女の声が!?」


 山賊や騎士たちが驚く中、キルトは剣の絵が描かれたカードをスロットに挿入する。すると、再び音声が鳴り響く。


『ソードコマンド』


「いくよ、こい! ドラグネイルソード!」


 キルトの手元に小さな炎が現れ、剣へと形を変えていく。剣の柄を握り、キルトは近くにいた山賊に斬りかかる。


「食らえ! そりゃあっ!」


「ぐあっ! くっ、このガキ強ぇぞ!」


「へっ、大人を舐めんな! 四人がかりなら勝てねえだろ!」


 抵抗も出来ず、早速一人斬り捨てられた。他の山賊たちは、複数でかかれば勝てるだろうとタカを括っていたが……。


『キルト、後ろから来る! 不意討ちに気を付けよ!』


「ありがと、ルビィお姉ちゃん! はあっ!」


「ぐわあっ! う、嘘だろ!? 完璧に死角に回ったのに!」


「クソっ、よく分かんねぇ声まで聞こえるし……こんな奴に勝てるわけねぇ! 野郎ども、撤退だぁ!」


 山賊たちはキルトの強さに手も足も出ず、仲間の死体を放置して逃げ帰っていく。騎士たちは、あまりにも早い鎮圧に唖然としていた。


「お、おお……なんという技前。助力に感謝するよ。ところで少年、君は一体……?」


「あー、それは……何て言ったらいいのかな……」


 騎士たちのリーダーに素性を問われ、キルトは言葉に詰まってしまう。元勇者パーティーのメンバーで、追放されました。


 と言っても、信じてはもらえないだろう。彼が悩んでいると、馬車の扉が開く。そこから、一人の老紳士が降りてきた。


「何か事情があるのだろう、あまり踏み込まないであげなさい。少年よ、我輩はシュルム・レマンドラ=パルゴという。危機を救ってくれて、本当にありがとう」


「いえ、お気になさらないでください。それじゃ、僕はここで……あっ」


 かっこよく立ち去ろうとしたところで、キルトのお腹がぐぅと鳴る。老紳士は微笑みながら、彼を馬車に招く。


「お腹が空いているのかい? なら、我輩の屋敷においで。助けてくれたお礼に、朝食をご馳走するよ」


『食事か! キルト、ここはやっかいになっておくべきだと思うぞ。ここで別れても、空腹で倒れるだけだ』


「うん、そうだねお姉ちゃん。じゃあ、その……お言葉に甘えさせていただきます、おじいさん」


 流石に自力での食料調達は無理と判断し、キルトはシュルムのお世話になることを決めた。変身を解除して、ルビィと分離する。


「へっ!? ど、どこからこの女性が!?」


「あー、話すと長くなるので……とりあえず、馬車に乗せてもらっていいですか?」


「世話になるぞ、人の子らよ! 我はルビィ、よろしく頼むぞ!」


 驚く騎士たちを尻目に、ルビィは意気揚々と馬車に乗り込む。シュルムとキルトも馬車に乗り、街に向けて移動していく。


 これが、のちにキルトのパトロンとなってくれる大貴族……シュルムとの付き合いの始まりとなることを、少年はまだ知らない。

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