自律型戦闘人形の話の一部

新棚のい/HCCMONO

榛名

 バイブレーションの振動音が聞こえた。私用のスマホではない。となると会社支給のPHSか。ビジネスバッグの中をまさぐる。しかし、着信は無かった。

「榛名。鳴ってるのはお前のか」

 バッグの中から顔をあげる。向かい側のベッドに榛名は居ない。周りを見渡す。榛名は窓を背に真っ直ぐ立っていた。窓に射し込む月が妙に明るい。榛名の表情は逆光でうまく見えない。 

「自分は戻らなければなりません」

「戻るって、自衛隊にか」

「そうだったらどんなによかったか……」

 榛名は絞り出すように口にする。

「違うのか」

 榛名は黙って頷く。

「違う、としかお伝え出来ません」

 詮索を拒絶しているとは思えなかった。

「今までご指導ありがとうございました」

 榛名は短く頭を下げて背を向けた。窓のレバーが押し出され潮風が急に入り込む。榛名は窓枠に足をかけた。

「待て、どうする気だ」

 返事はない。代わりに金属がひしゃげて窓が吹っ飛ぶ。遠くでガラスが割れた音が聞こえた。同時に榛名の姿が消えた。榛名はためらいなく窓から飛び降りた。基地の祭りで見た落下傘部隊そのままの慣れた様子の降下。ビジネスホテルの15階からの降下なんて階段の二段飛ばしくらい容易いのだろう。

 でもおかしい。榛名は落下傘なんて背負わなかった。それどころか荷物を何一つ持たずに飛び降りた。まだ擦れも汚れもないビジネスバッグは今もベッドに置きっぱなしだ。

 榛名は証拠隠滅のために自殺したのだろうか。せめて第一発見者になってやるのが上司の務めだと思って地面に目を遣る。 

 しかし落下地点にはホテルのマイクロバスが停まっている。マイクロバスは凹みもなく白い枠の中央に律儀に停車していた。榛名はどこに落ちたのか。疑問が浮かぶと同時に地面が揺れた。咄嗟にしゃがみ込む。揺れは一度で止んだ。恐る恐る立ち上がる。窓の外には巨大な銀色のヒトガタが見えた。子供の頃に見ていた特撮のヒーローに似ている。

「榛名、お前なのか」

 ヒトガタが振り返る。それだけで充分伝わった。ヒトガタは海へ向かって走り出した。二度と帰って来ないと確信する。短い間だったが良いやつだったな、榛名。せめて生き延びてくれよ。

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