102 敗戦報告

「魔王様、ご報告いたします」

「おお、マモリか! どうなった?」


 カオスちゃん人形が不安と期待の入り交じった声音で尋ねてくる。

 オートマタは意図しない限り、操縦者の感情が表に出る事はないにもかかわらず、これとは。

 余程気になってると見える。

 ……いや、それはいつもの事だった。

 どうやら、憂鬱すぎて、物事の捉え方がネガティブになってるみたい。

 それでも、報告からは逃げられない。


「結論から申し上げます。今回の勇者討伐作戦は失敗。ニコさんは戦死。シロさんに関してはわかりませんが、戦死の可能性が高いでしょう。私もかなりの戦力を失いました」

「……そうか」


 カオスちゃん人形が沈んだ声を出す。

 でも、怒ってる感じはしない。

 これは……とりあえずセーフだろうか?

 内心ビクビクしながら、私は報告を続ける。


「勇者の力は予想以上でした。人質を取って戦い、何とか同行していた十二使徒二人を撃破。及び、砦の戦力に大打撃を与える事には成功しましたが、最終的には勇者が人質を切り捨てる判断を下した事で形勢は逆転。

 そこからは一方的に撃退され、この有り様です。

 あれはもはや、魔王様でなければ止められないかと」

「そうか……ふむ、ご苦労であった。……やはり同胞の死は悲しいのう」


 カオスちゃん人形は、尚も沈んだ様子で語る。

 ……ゴブリンロードとかドラゴンの時はそんなでもなかったような気がするんだけど、言わない方がいいよね。

 きっと、あれだよ。

 ドラゴンの時は寝耳に水すぎて、悲しんでる暇がなかったとか、そういう事だよ。

 ゴブリンロード?

 奴は例外でしょ。


「じゃが、悲しんでばかりもおれん。マモリよ、我の方からもお主に伝える事がある。前に渡した地図を出すがよい」

「はい」


 言われた通り、倉庫に放り込んでおいた地図を転送機能でマモリちゃん人形の手の中に送る。

 そして、人形二体の間に広げた。


「お主がアワルディア共和国を攻略しておる間、我や他の幹部もまた別の国を攻めておった。

 その成果を記しておこう」


 そう言って、カオスちゃん人形はどこからともなくペンを取り出し、前と同じようにぬりぬりと黒いインクで地図を塗り潰していく。

 塗り潰されたのが、滅ぼされた国だ。


 ぬりぬり

 ぬりぬり

 ぬりぬり


 ……長いな。

 この短い期間で、どんだけ潰したんだろう。

 その後、実に数分の時間をかけて塗り絵タイムは終了した。


「ふぅ、出来上がりじゃ」


 そうして更新された地図を見て、私は絶句した。


「……遂に、進軍経路が開けたんですか」

「左様じゃ!」


 黒く塗り潰された国の一つが、魔王の最終目的地であるエールフリート神聖国の手前にまで到達していた。

 まだウルフェウス王国が落ちてから二ヶ月くらいしか経ってないのに……。

 なんという進軍速度。


「こっちに集中しとったからこそ、今回は勇者にまで手が回らんかった訳じゃ。

 もっとも、この国々に関しても攻め落としただけであって、完全に制圧した訳ではないがの」


 それを差し引いても凄まじい。

 でも、考えてみれば当然か。

 魔王が現れてから約10年。

 そして、この地図は半分くらいが黒く塗り潰されている。

 つまり、僅か10年で世界の半分を支配したという事だ。

 そのペースを考えれば、二ヶ月で国のいくつか滅ぼすくらい訳ないのだろう。

 それに、最近は十二使徒が二人勇者の側にいた。

 その分、他の守りが薄くなってたと考えれば、より納得できる。


「まあ、それはともかく。これより我はエールフリート神聖国の眼前に陣取り、奴らに王手をかけ続ける。

 さすれば、奴らは嫌でも防衛に戦力を集中せざるを得なくなるじゃろう。

 その隙に、お主は他の幹部と共に、あと2、3本、進軍経路を抉じ開けてほしいのじゃ」

「わかりました」


 その後、今後の動きを詳細に魔王と話し合った。

 アワルディア共和国をほぼ確実に落とせる作戦が進行中と伝えたところ、しばらく時間を貰えた。

 その間に私はアワルディア共和国を落とし、残りの幹部は集結して他の進軍経路を抉じ開ける。

 そして、幹部どもの仕事が終わった後に私と合流し、力を合わせてアワルディア共和国の後ろにある二国を迅速に落とすという作戦に決定した。

 最大の懸念は神道が国境砦に居座った場合。

 そうなった場合はアワルディア共和国の攻略を諦め、私が他の幹部に合流する事になる。

 まあ、そうなる可能性は低いとは思うけどね。


 そして最後に、魔王はこう言った。


「マモリよ。我は遂にここまで来た。魔神様の復活、そして我の夢である、魔物の為の世界が実現するまで、あと少しなのじゃ。

 その少しを埋める為にも、より一層のお主の活躍を期待しておる。

 励むのじゃぞ」

「……はい」

「うむ。では、さらばじゃ!」


 そうして、カオスちゃん人形は再び沈黙した。

 ……とりあえず、敗北したのに罰が下らなかった事を喜ぼう。

 魔王が優しい性格で助かった。


 そんな魔王の計画も大詰め。

 このまま万事上手く進めば、もうすぐ魔神が復活する事になる。


 今のままなら、多分、魔神は味方だ。

 でも、たとえ味方であろうとも、自分を殺しうる強者の存在は純粋に怖い。

 機嫌を損ねたら殺されるかもしれない。

 私が未だに魔王を警戒してるのも、そうして突然殺されてしまうのを恐れてるからだ。


 正直、私は魔神に復活してほしくなんかない。

 でも、それで魔王と敵対するのはダメだ。

 せっかく殺されずに済んでる今、わざわざ出る杭になって打たれるなんて、ごめんこうむる。


 なら、選択肢は一つ。

 魔神にすら負けないくらい強くなる。

 敵対しないなら、それでいい。

 でも、いざという時の為に、抵抗する為の力を付けておく。

 

 私はずっとそうしてきた。

 常に強敵の襲来を想定し、どんな敵にも、どんな侵入者にも負けないように、殺されないように、自分の聖域を荒らされないように、強くなる。

 戦力を強化して守りを固める。

 そう、本当にずっとやってきた事だ。


 大丈夫。

 今回も何とかなる。

 何とかする。

 私ならできる。

 だって、そうやってずっと聖域を守ってきたんだから。


「頑張ろう」


 まずは、一刻も早くリビングアーマー先輩切り札を完成させる事からだ。

 できる事からコツコツと。

 その積み重ねが、最強の聖域を造り上げるのである。


「あと、リーフにも色々話しておこうか」


 計画的に、ここからはバトルの連続になる。

 つまり、リーフの出番はない訳だ。

 そうなると必然的にずっとお留守番になるから、ちゃんと言い聞かせておかないと。


 そうして、私は新しいオートマタをリーフの部屋へと向かわせた。

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