103 ペット

「あ、ご主人様!」


 オートマタが部屋に現れた瞬間、リーフは飼い主にしばらく放置されていた室内犬のようにすり寄って来た。

 完全にペットである。

 一応は、通信用にマモリちゃん人形を渡しておいたんだけど、自分から私に話しかけるのを躊躇ったのか、リーフから話しかけてくる事はなかった。

 代わりに、まるで普通のぬいぐるみのように、マモリちゃん人形を抱き締めてたけど。

 モニターでちょっと見てたけど、美少女顔のリーフがそのポーズやると、凄く絵になってたよ。


「とりあえず、戦いは終わった。残念ながら負けちゃったけど、被害はそれ程でもないから問題ない」

「そうでしたか……お疲れ様です」


 リーフは本当に労るように、あるいは慰めるようにそう言った。

 私が気落ちしてるとでも思ったのだろうか?

 まあ、勇者といい魔王といい、悩みの種が遂に芽吹いてきたって感じで、頭は痛いけど。


 でも、リーフに労われて少し頭痛が軽減した気がする。


 ……ペットのくせに飼い主の心に影響を与えるとは。

 生意気な。

 ちょっとムカついたので、リーフの頬っぺたをぐにぐにと摘まんでおいた。


「ご、ご主人様? いひゃいれふ……」

「うるさい」


 しばらくそうした後、気が済んだから解放してやった。

 なんか、ちょっとストレスが解消した気がする。


「それで本題だけど、魔王様の計画が大詰めを迎えたから、あなたを仕事に連れて行く機会はなくなると思う。

 これからは戦争の連続になるだろうから、非力なあなたの出番はないの」

「あ……そうなんですか……」


 リーフはシュンとした。

 私の役に立てないのがそんなにショックか。

 だから忠犬か!


「……それではご主人様、どうぞ」

「?」


 そう言って、リーフは悲しそうな目でオートマタを見つめてきた。

 どうぞって何が?

 こいつ、何を言ってるんだろう。

 なんで、そんな悲しそうな目で見つめてくるんだろう。


「何の話?」

「え? ボクはもう役に立たないから、処分するんじゃないんですか?」

「は?」


 絶句した。

 そんな事を自分から言うリーフにも、その可能性を欠片たりとも考慮しなかった私にも。

 ……考えてみればそうだよ。

 魔王の計画が大詰めを迎え、人間の国への潜入作戦をやる機会は、あんまりないと思う。

 あったとしても、もう私はリーフなしでも動けるくらいに、この世界の事を知った。

 むしろ、これからはリーフを連れて行っても邪魔になるだろう。

 言われてみれば、リーフの利用価値は既にないに等しい。


 でも、私は処分するという発想には全く至らなかった。


 なんでだろう。

 いくら奴隷のペットとはいえ、私は人間が嫌いだ。

 リーフの事も、利用価値がなくなったら処分するくらいの気持ちでいた筈。

 なのに、いざ利用価値がなくなってみても、私はリーフを処分しようなんて思えない。

 躊躇とかそういうレベルじゃない。

 そもそも、やろうと思えないのだ。

 人間嫌いという自分の根幹が揺らぐような気がした。


「ご主人様……?」


 私が思考の海に沈んだせいで急に停止したオートマタを、リーフが不安そうな眼差しで見つめる。

 反射的に、オートマタの腕はリーフの頭を撫でていた。

 今のは考えてやった訳じゃない。

 体が勝手に動いていた。


「……別に処分はしないから安心していい。あなたを処分したところで私に得なんてないし」

「!」


 続いて、そんな言葉が口から出ていた。

 それを聞いて、リーフの顔が喜色に染まる。

 不覚にも、その顔を見て癒されてしまった。


 ……どうやら私は、自分で思ってるよりもリーフに愛着がわいてたらしい。

 最初、リーフの事を人間ではなくペットだなんて思い出したのは、人間と一緒にいるという不快感を少しでも誤魔化す為の自己暗示みたいなものだった。

 その嘘がいつしか本当になってたんだと思う。

 本当に、私はリーフに対してペットくらいの愛着を持っている。

 かつての愛猫クロスケと同じくらいだろうか。

 いや、さすがにそこまでではないか。


 でも、認めよう。

 私はリーフの事が嫌いじゃないみたいだ。

 ここは変な意地を張らず、認めてしまった方が楽になる。

 勇者と魔王という特大の悩みの種を抱えてる状況で、こんな事でまで悩みたくない。


 幸い、リーフも私に懐いてるし問題ないだろう。

 それに、リーフには奴隷紋という名の首輪が付いている。

 私に歯向かう事はできないし、仮に歯向かったところで、実力差はどうにもならない。

 私が人間を嫌いなのは、どいつもこいつも私にとって不快な感情をぶつけてくるからだ。

 場合によっては、私を傷付ける行動を取るからだ。

 でも、その定義にリーフは当てはまらない。

 それに、ペットとは心の癒し。

 今の私には癒しが必要なのだ。


 その後、とりあえず存分に撫で回した。

 そして、撫で回しながら考える。


 ペットをペットとして認知した以上、飼い主にはその生活に責任を持つ義務がある。

 途中で捨てるのはご法度。

 引き取り先がいない状態で死ぬのもご法度だ。

 日本では、高齢者がペットを残して死ぬのが問題視されてた。


 なら、私はなんとしてでも生き残って、リーフの面倒を見続けなければならない。

 元々死ぬつもりはなかったけど、死ねない理由が増えた。

 よし。

 頑張ろう。

 より一層。

 撫でくり回されて混乱してるリーフを見ながら、私は決意を新たにした。


 まあ、それでも居住スペースには入れてあげないけどね。

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