とある勇者の心が折れる音

 痛い。

 怖い。

 辛い。

 異世界生活を舐め腐ってたバチが当たったのか、俺は今、激痛の中で苦しんでいた。

 この痛みは体の痛みだけじゃない。

 心も痛い。

 心身共に悲鳴を上げてる。


 体の痛みは、さっきのドラゴンの一撃で教会がぶっ壊れた時に、瓦礫の下敷きになったから。

 それでも俺は運が良い方だ。

 他の奴らは瓦礫じゃなくて、ドラゴンの爪か掌に押し潰されてミンチになったんだから。

 ドラゴンの爪が鼻先を通過して行った時の恐怖は、多分、一生忘れられない。

 あと一歩立ち位置がズレてたら、俺も他の連中と同じ道を辿ってた。


 そして、心の痛みは恐怖と罪悪感だ。

 恐怖は言わずもがな。

 今だって、近くにいるドラゴンや魔王、本城さんの姿をした魔物の事が、怖くて怖くて堪らない。


 でも、あんな化け物達を相手に、俺にはできる事があった。

 無力な俺が、唯一皆の役に立てる事。

 鑑定。

 魔王やドラゴンのステータスを正しく伝えていれば。

 何より、本城さんの姿をした魔物、オートマタや、カルパッチョ教官、ランドルフお爺様の鑑定結果を神道に伝えられていれば。

 こんな事にはならなかったかもしれないのに。


 なのに、俺は何もしなかった。

 怖くて、何もできなかった。


 何が他の奴らみたいに無双したいだ。

 戦う覚悟すらなかった、最低クソカスゴミクズ野郎が、よくもそんな事を言えたな。

 ちょっと前までの俺をぶん殴ってやりたい。

 目を覚ませって言ってやりたい。

 妄想に浸ってないで現実を見ろって言ってやりたい。

 そうしたら、もう少し何かが変わったかもしれないのに。


 それに引き換え、神道は凄いよ。

 好きな子の姿した敵に片目を潰されて、目の前でクラスメイト皆殺しとか見せられてるのに、それでも戦意喪失してない。

 今も、仇を討つと言わんばかりに、ドラゴンに挑みかかって行った。

 あれが本物の勇者か。

 俺みたいな、なんちゃって勇者とは大違いだ。


「う、ぐぅ……!」


 そんな勇者様の戦いに巻き込まれたくない一心で、瓦礫の下から這い出す。

 クソ雑魚ナメクジな俺とはいえ、鍛えといてよかった。


 そして、そんな俺以外にも、瓦礫の下から這い出してくる人影があった。


「い、いったい、何がどうなって……」

「アイヴィさん!?」


 瓦礫の下から出てきたのは、鎧姿の金髪の美人。

 騎士団長のアイヴィさんだった。

 でも、その美貌は見る影もない。

 カルパッチョ教官……いや、カルパッチョ教官のゾンビに殴られた時の傷が痛々しく残っているのだ。

 顔は焼き爛れて、両目はともに潰れている。

 HP自動回復で多少は治ってるけど、まだ目は見えないだろう。


「大丈夫ですか?」


 俺は痛む体を引き摺ってアイヴィさんの所まで行き、回復魔法をかけた。

 といっても、俺のステータスとスキルLvじゃ、気休め程度の回復しか見込めない。

 本当に、自分が無力すぎて泣きたくなってくる。


「その声……ケンジか? すまないが、何が起きているのか教えてくれ。

 何故か、戦いの途中から記憶がないんだ」


 俺が回復魔法を使い始めると、アイヴィさんはそんな事を言った。

 ああ、そうか。

 アイヴィさんは多分、カルパッチョ教官の一撃で気絶しちゃったんだ。

 思いっきり顔を殴られたって事は、思いっきり頭を打ったようなもんだし、無理もない。

 

 俺は、とりあえずアイヴィさんに、現状を簡潔に伝えた。

 勇者も騎士もほぼほぼ全滅して、残りは神道だけっていう絶望的な現状を。


 そして、説明が終わった瞬間、向かい合う神道とドラゴンの間に、猛スピードで何かが落ちてきた。

 それが飛んできた方を見て……俺は更なる絶望の底に落とされた。


「ケンジ、今の音は……?」

「……アイヴィさん、どうやら俺達は詰んだみたいです」


 俺が諦めに支配された心境でそう語ると同時に、戻って来た最悪の敵もまた、口を開いていた。


「ほう! 我が遊んでおる間に、随分と片付いたようじゃな!」


 吹き飛ばされてきたガルーダさん。

 そんなガルーダさんと同じくらいボロボロの、ウォーロックさんとエマちゃん。

 対して、快活に笑う魔王は無傷。

 絶望だ。

 絶望の光景としか言えない。

 もう抗う気力すら失せるわ。


「魔王……!」


 だが、俺の心がバッキバキに折れても、神道の心はまだ折れてないみたいで、敵意に満ちた顔で魔王を睨み付けていた。

 神道は、チラリと心配そうな視線で三人を見た後、とりあえず命に別状はないと判断したのか、視線を魔王に戻して問いかけた。


「魔王。お前に一つだけ聞きたい事がある。お前は、守に何をした?」

「む? お主はマモリの知り合いなのか?」

「ああ、そうだ」


 神道……盛り上がってるとこ悪いけど、多分あれ本城さんじゃないよ。

 いや、あのオートマタ動かしてるのは本城さんなんだろうけど。

 鑑定結果の中に『製作者 ホンジョウ・マモリ』ってあったし。


「ほー。あやつに知り合いがいたとは意外じゃのう。

 じゃが、我はあやつに何もしておらんぞ。強そうな奴じゃったから、魔王軍に入ってみんかと誘っただけじゃ。

 まあ、軽く脅しはしたがの」

「やっぱり……! お前のせいで守はあんな事を……!」


 神道……多分それも違う。

 本城さんには、俺達を恨む理由があるんだから。

 

「それだけじゃない! お前はこの街を壊し、何の罪もない人達を殺した! 決して許される事じゃない!

 魔王! 俺はお前を倒す!

 お前を倒して、死んでいった人達の仇を討ち、そして守を解放してみせる!」

「ハッハッハ! いいじゃろう! かかって来るがいい! 勇者よ!」


 そうして、俺の見ている前で、最後の希望をかけた戦いが始まった。

 凄まじく勝ち目の薄い、笑いたくなる程、絶望的な戦いが。

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