50 ミッション! 魔王と交渉せよ!
「リーフ、お茶をお出しして」
「……あの、お茶ってどこにあるんでしょうか?」
………。
私は無言でDPを使い、ミルクティーを二つ出して、オートマタと魔王の前に置いた。
「どうぞ」
「おお! 気が利くのう!」
魔王は毒とかを欠片も警戒せずにミルクティーを飲み干し、「美味い!」と言った。
お気に召したようで何よりだ。
それに倣って、オートマタも仮面をズラしてミルクティーを飲む。
当然、オートマタに消化機能は付いていないので、口の中に入った時点でミルクティーを還元だ。
もったいないけど、相手にだけ飲ませるのは失礼だろう。
多分。
「しかし、このダンジョンも愉快じゃったが、その主も中々に愉快な奴じゃなぁ。
ここは、ただの洞窟にしか見えんが、どういうつもりでこうしておるのじゃ?」
「侵入者避けです。収入は間に合っているので」
「ほほう。それはそれは」
魔王の目がギラリと光った、ような気がした。
侵入者に頼らなくても収入に困らないという事は、余程立地がよくて地脈からの吸収量が多いか、ダンジョンマスターがそれ相応のMPを持っているかの二択だ。
魔王は後者と捉えたらしい。
正解だけど。
……これ、受け答えを失敗したかな?
魔王は、強い奴と戦うのが生き甲斐の戦闘民族という可能性もある。
ヤバイ。
全身から冷や汗が流れる。
もちろん、オートマタは微動だにしないけど。
ちなみに、ダンジョンという言葉でリーフが驚愕してたけど、奴隷紋で静かになったので無視。
「で、そこのハーフエルフは手駒の一つかの?」
「一応は。弱すぎるので、戦闘で使う予定はありませんが」
「ふむ。じゃが、人間を手駒として使う発想はおもしろい。
魔王は、人間を手駒にした事がなかったのか。
誰でも思いつきそうな有効な手だと思うけど、もしかして脳筋なのだろうか?
「さて、気になっていた事は聞けたし、本題に入ろうかのう。
話は二つじゃ。
本当は一つだったんじゃが、今この瞬間、二つに増えた」
魔王が指を二本立てて、ピースのように前に突き出しながら、そう言う。
その二つの話が、私の生死に直結してない事を祈るばかりだ。
というか、今この瞬間て。
……まさか、内心で脳筋と思った事がバレた訳じゃないよな?
「まずは本来の目的の方。
一つ聞くのじゃが、ここにギランという名のゴブリンが来なかったか?
人間の国を横から攻めるとか言って出て行ったから、我は様子を見に来たんじゃが」
ギラン。
ゴブリンロードの名前だ。
……言えない。
そいつ、私がぶっ殺しましたとか、死んでも言えない、
「つい先日までここにいましたが、討伐隊が来て殺されてしまいました」
「あー……そうなったか。あの馬鹿、あれ程、準備が整うまでは目立つなと言っておいたというのに」
魔王は、呆れたようにそう言って頭を抱えた。
……うん。
私が言ったのは嘘ではない。
確かにトドメを刺したのは私だけど、簡単にトドメ刺せるくらいまで弱らせたのは討伐隊だし。
私は悪くない。
討伐隊が全部悪い。
それに、魔王はそこまで悲しんでるようにも、怒ってるようにも見えなかった。
どっちかと言うと、不出来な部下を嘆いてる感じ。
案外、魔王は仲間意識が薄いんだろうか?
だとしたら助かるんだけど。
「まあ、あやつの事はもうよい。死んでしまったものは仕方ない。
それに、あやつは、我を性的な目で見る下郎じゃったしな。
そこまで悲しくもないわ」
……これ、仲間意識が薄いとかじゃなくて、ゴブリンロードが疎まれてた感じか。
私もあいつ大嫌いだったから、気持ちはよくわかる。
まあ、ゴブリンロードが嫌いだったというより、ゴブリン全体が嫌いなんだけど。
「その話はもういいとして、二つ目の話じゃ。
率直に言おう。
お主、魔王軍に入らぬか?
今ならギランの穴埋めという事で、幹部として迎えてやるぞ」
……そう来たか。
断りたい。
激しく断りたい。
私が欲しいのは平穏なる引きこもりライフであって、血みどろの殺戮ライフではないのだ。
でも、断って魔王の機嫌を損ねるのもダメだ。
「失礼ながら、私では力不足だと思いますが」
とりあえず、謙遜して遠回りに断りたいと言ってみた。
「そんな事あるまい。
加えて、お主は他の連中と違って頭が良い。
他の連中は、どいつもこいつも、食う、寝る、暴れるしか頭にない脳筋ばっかりじゃからな。
我は、お主のような人材を求めていたのじゃよ」
ダメだぁ。
断れなかった。
「我を見るなり襲いかかってきた他の奴らとは違い、お主は彼我の戦力差を理解して、話し合いを選べる賢き者じゃ。
故に、他の奴らを配下にした時のような、無駄な事はしたくない。
この意味がわかるな?」
わかるよ!
脅しでしょ!?
断ったら、力尽くでボコボコにして屈服させるって意味でしょ!?
詰んだ!
肉体言語を持ち出された時点で、もう私には打つ手がない!
「……慎んで、お受けさせていただきます」
「よろしい!」
魔王は、とっても満足とばかりの輝かしい笑顔を浮かべて、そう言った。
逆に、私の気分は底なし沼のように際限なく沈んでいく。
これから、私は魔王の機嫌を損ねないようにビクビクしつつ、こんな超生物と真っ向から戦えるような奴らを相手にしなけらばならないのだ。
もう憂鬱なんてレベルじゃない。
軽く絶望だ。
でも、この場で殺されなかっただけ、まだよかった。
それを唯一の慰めとしよう。
「それでは、我の新しき同胞よ。お主の名を聞いておこう」
「名前、ですか?」
「左様。我は幹部に加わった者には名を付ける事にしておるのじゃ。
ギランとかは我が名付けた。
しかし、元々名を持っているのであれば話は別という事よ」
よくわからないけど、魔王のこだわりみたいなものか。
ペットには名前を付けるみたいな。
まあ、別に名前くらいなら教えても構わない。
「私は、マモリと申します」
「ふむ。では、これからよろしく頼むぞ。
魔王軍幹部、ダンジョンマスターのマモリよ!」
魔王が快活に笑って、そう言う。
こうして、甚だ不本意ながらも、私は魔王軍に入隊したのだった。
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