31 従者の想い
「ぐっ……うぅ……!」
「無理をするでない」
奴を追いかけながら、ランドルフ様が深手を負った私の事を気遣ってくださいます。
ありがたい事ですが、その気遣いは無用です。
私などを心配されるよりも、早く奴を仕留め、エミーリア様をお救いしなくては。
「私は大丈夫ですから、早くエミーリア様を……!」
「しかしな……」
「ランドルフ様! 大丈夫ですよ! 彼の目は熱く燃えている! その気合いがあれば何でもできます!」
「カルパッチョ、お主は黙っておれ」
カルパッチョ殿が、城内では有名な根性論を熱く語りますが、今だけは素直に同意できます。
この思いがあれば何でもできる。
いえ、この思いが立ち止まる事を許さない。
痛みなど、今は感じません。
「ランドルフ様、私は本当に大丈夫ですから」
「……わかった。もう何も言わん。だが、一つだけ言うておく。━━死ぬなよ」
「……はい」
ランドルフ様の言葉に、少しだけ躊躇いながら答えました。
エミーリア様の為ならば、この命などどうなっても構わない。
そう思っていたからです。
しかし、ランドルフ様にこう答えてしまった以上、少なくともエミーリア様をお助けするまでは死ねなくなりました。
そうして、私達が弱りきったゴブリンロードを追っていると、奴は急に向かう方向を変え、洞窟の中にあった下り坂へと降りて行きました。
外へ逃げる事を諦めたのでしょう。
事前に仕掛けた策が実を結んだようで何よりです。
「やはり、先に洞窟中を回って道を塞いだのは正解だったようじゃのう。
これも、洞窟の道筋を完璧に覚えておったお主のおかげじゃ」
「恐れ入ります」
前にエミーリア様と探索した時、マッピングは粗方終えていました。
その時に判明した通路に加え、考えうる限りの道を、ゴブリンロードと接触する前に、ランドルフ様の氷魔法で塞いだのです。
万が一にでも、奴がエミーリア様を連れて逃げるなんて事態にならないように。
「では、行くぞ」
そして、私達もまた、ゴブリンロードを追って洞窟の地下へと入って行きました。
しかし、私達は入って早々にゴブリンロードの姿を見失いました。
おかしい。
いくらなんでも、こんなに簡単に見失う筈がない。
まるで壁の奥にでも消えたかのような、そんな感覚を覚えます。
これでは……エミーリア様が……!
「落ち着け、デニスの坊主。
ここに入る前、地上にあるかもしれん入り口は探し尽くしたじゃろうが。
そして、そんなものはなかった。
すなわち、奴がここから逃げる事はない。
探し出し、確実に仕留めてからお転婆王女を助ければよい。
違うか?」
「……その通りです」
ランドルフ様の冷静な指摘により、私は何とか落ち着きを取り戻しました。
そうだ。
焦ってはいけない。
奴はもう十分に弱っている。
エミーリア様救出において最大の壁であったゴブリンロードの撃破は、既に半分達成されているのだ。
ならば、焦らず、確実に事を進めれば、必ずやエミーリア様をお助けできる。
だから落ち着け、私。
そう自分に言い聞かせ、私達は確実にマッピングをしながら先に進んで行く。
しかし、今度は別の障害が私達の前に立ち塞がった。
「ぐっ……これは……!?」
「ゴホッ、毒じゃな」
進めば進む程、洞窟内は濃い毒の霧に覆われていきました。
その毒を回復魔法や解毒ポーションによって中和しながら、それでも先に進む。
それでも体調の悪さまでは誤魔化しきれず、痛んで弱った頭は、弱気な事ばかりを考えてしまいます。
この毒の霧の中では、エミーリア様はもう……。
そんな考えを、頭を振って振り払います。
別に、エミーリア様がこのフロアにいるとは限らないのです。
別のフロアに捕らわれているかもしれない。
ゴブリンロードを倒してから探せばいい。
そう自分に言い聞かせ、何とか正気を保ちました。
そんな時に、
「……ぁ」
私は、洞窟の地面にうつ伏せで倒れている人の姿を見つけました。
見間違える筈がない。
痛まれてはいるが、シルクのように滑らかだった黄金の髪。
服をなくし、傷だらけにされてはいるが、女性的な魅力に溢れたお体。
間違いない……!
「エミーリア様!」
私は、倒れ伏すエミーリア様に駆け寄り、ゆっくりと抱き起こしました。
お体が冷たい。
ああ、早く温めてさしあげなくては。
いや、その前に傷の手当てを。
それから、それから……
「踊リナサイ━━『フランチェスカ』」
「……え?」
気づいた時、私はエミーリア様の手に握られたレイピアで。
エミーリア様の真装であるフランチェスカで。
心臓を、貫かれていました。
ああ、これは致命傷だなと。
もう助からないなと、頭の冷静な部分が言います。
しかし、何が起きたのかはわかりません。
「デニス殿!」
「デニスの坊主!」
カルパッチョ殿とランドルフ様の声も耳に入らない。
……ああ、そうだ。
まずは、エミーリア様の傷を治してさしあげなくては。
「《シャインヒール》」
私の使える最高の回復魔法を、腕の中のエミーリア様にかけます。
しかし、エミーリア様の体は回復するどころか、所々塵になってしまわれました。
「え?」
「ぬぅ!?」
「なんじゃ、こやつらは!?」
視界の端に、こちらへと走り寄ってくる黒いゴーレム達の姿が映りましたが、そんな事を考える余裕はありませんでした。
エミーリア様には、回復魔法が効かなかった。
それどころか、逆にダメージを負われていた。
これでも出来が良い方だと自負している頭は、この現象の意味を理解してしまいました。
回復魔法を受け付けないのは、アンデット系の魔物の特徴。
人をアンデットへと変える手段は存在します。
禁忌の魔法として。
つまり、ゴブリンロードがその魔法の使い手だったという事でしょうか?
いえ、そんな事はどうでもいい。
「ああ……」
私の心を絶望が襲います。
アンデットになってしまったという事は、エミーリア様は既に死んでしまわれたという事。
私は、私は、エミーリア様を救えなかった。
ならば、ならば、せめて。
「……《フレイムピラー》」
私は、火の魔法を使いました。
燃え盛る炎の柱が、私とエミーリア様を中心に立ち上がり、私達を燃やしていきます。
エミーリア様を、燃やして弔っていきます。
せめて、あなたに人としての最期を。
大丈夫です。
私も、お供しますから。
「デニスの坊主!」
ランドルフ様の声が聞こえました。
申し訳ありません。
死ぬなと言われたのに、それに「はい」と答えたのに。
約束を守れなくて。
しかし、何故でしょうか。
エミーリア様。
あなたをこの腕の中に抱いて死ねる事で、ほんの少しだけ救われたような気がするのは。
意識が途切れる直前、人生最期の瞬間。
私は不敬にも、エミーリア様の唇を奪っていました。
まるで、ずっと昔からこうしたかったかのような、不思議な気持ちに背中を押されて。
その時、ほんの少しだけあなたが微笑んだような気がしたのは、きっと私の気のせいだったのでしょう。
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