27 絶望との戦い
「エミーリア様! お逃げください!」
私は反射的にそう叫び、少しでもエミーリア様が逃げる時間を稼ぐべく、己の真装を顕現させてゴブリンロードに飛びかかりました。
「駆けろ━━『ヘルメス』!」
私の真装。
脚鎧型の真装であるヘルメスが現れ、私の脚に装着されます。
その専用効果『
「《スピードスラッシュ》!」
速度に特化した斬撃のアーツを放ちます。
躊躇なく首筋を狙った一撃。
ゴブリンロードは、それを……
「ほう。人族にしては相当速いな。褒めてやろう」
あっさりと。
それはもうあっさりと。
私の剣を、素手で受け止めていました。
化け物め……!
「お返しだ。《ファイアーボール》」
「くっ!?」
凄まじい速度で生成された火の玉を、なんとか避けます。
しかし、私が避けた事によって、火の玉は倒れていた女性の一人に当たってしまいました。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!?」
火の玉の当たった女性が、凄まじい断末魔の声を上げながら、骨も残らずに焼死します。
申し訳ない……!
「おっと、しまった。俺様とした事が大事な苗床を燃やしてしまった。
おい。女どもを片付けておけ」
『ギィ!』
ゴブリンロードの命令を受けたゴブリン達が、女性達を引き摺って洞窟の奥へと連れて行きました。
普段なら見過ごせない行為ですし、今も助けられなかった事を心から悔やむ気持ちがありますが、それでも、今だけはその行為がありがたい。
足手まといがいなくなり、この場にいるゴブリンの数も少しではありますが減りました。
これで、エミーリア様が逃げきれる可能性が、少しは上がったという事です。
「エミーリア様! 早くお逃げください!」
「でも! 彼女達やデニスを置いて行くなんて……」
「それでもです! 逃げて、この事を陛下にお伝えし、討伐隊を組織してください!
それが、あなた様に今できる最善の選択なのです!」
私は、必死の思いでエミーリア様を説得します。
その間にも、ゴブリンロードへの攻撃の手は緩めません。
ゴブリンロードは余裕の表情で私の攻撃を防ぎ、できるものならやってみろとばかりに醜く嗤っています。
油断しているのならば好都合。
この命に代えてでも、エミーリア様だけは逃がしてみせます!
「デニス……」
「早く!」
私が口調を荒げて促せば、エミーリア様は覚悟をお決めになったかのような顔つきになりました。
それで良いのです。
どうか、どうか、お達者で。
「踊りなさい━━『フランチェスカ』!」
エミーリア様が真装を顕現させ、走り出しました。
真装を使ったエミーリア様の速度ならば、ゴブリンチャンピオンの足でも追いつけません。
あとは、私が命懸けでゴブリンロードを足止めさえすれば……
「くくく。滑稽な足掻きだな。実に愉快だ」
私が覚悟を決めた瞬間、それを嘲笑うかのように、ゴブリンロードが動きました。
「俺様はな、その儚い希望を粉々に粉砕し、獲物が絶望に染まった顔を見るのが大好きなのだ。
見せてやろう。
感じさせてやろう。
本当の絶望というものを!」
そして、ゴブリンロードは、何もない虚空に手をかざしました。
これは、まさか。
まさか、まさか、まさか!?
「踏みにじれ━━『バーバリアン』!」
ゴブリンロードの手の中に、黒と金の色合いをした、禍々しい巨大な斧が現れました。
それと同時に、ゴブリンロードから感じる威圧感が膨れ上がります。
ああ。
これは、間違いなく……
「真……装……」
私がゴブリンロードの宣言通り絶望にうちひしがれる中、奴はニタリと嗤って、エミーリア様に目を向けました。
マズイ!
「グォオオオオオ!」
「エミーリア様!」
「え!?」
ゴブリンロードが咆哮を上げながら斧を振りかぶり、エミーリア様を狙う。
私は『
ダメージはありません。
エミーリア様には。
「デニス!? あなた……!?」
「お気に……なさらず」
代わりに、エミーリア様を突き飛ばした私の左腕が消し飛びましたが、些細な事です。
「《ヒール》」
すぐに簡単な回復魔法を使い、最低限の止血をします。
どうせ、ここで散る命。
腕の一本や二本、惜しくはありません。
「エミーリア様、早くお逃げに」
幸いと言っていいのかわかりませんが、ゴブリンロードは私達をいたぶってから殺したいのか、すぐに襲いかかってくる様子はありません。
今の内に、なんとかして逃げてください。
「エミーリア様、早く……」
「いいえ、それはできないわ。代わりにデニス、あなたが逃げて」
「……は?」
一瞬、何を言われているのかわかりませんでした。
しかし、これでも出来が良い方だと自負している頭は、すぐにその言葉の意味を理解しました。
理解して、しまいました。
「あなたが足止めに残っても、この化け物相手に大した時間は稼げないわ。
その間に逃げても、私の足では追いつかれるだけよ。
でも、あなたなら逃げ切れる。
王国一と謳われる俊足のあなたなら」
その通りだと理性が叫ぶ。
それが最善手なのだと。
同時に、それはならないと感情が叫ぶ。
敬愛する主君を見捨てて逃げる事などあってはならないと、私の心が叫んでいる。
「エミーリア様……」
「デニス、あなたとの二人旅、本当に楽しかったわ」
私の言葉を遮って、エミーリア様は行かれてしまった。
無謀にも、ゴブリンロードに突撃をかける。
いつものように。
私の心配をよそに、危険など顧みずに飛び出して行ってしまう。
エミーリア様は、こんな時でもエミーリア様だった。
「ハハハ! 来るか小娘! 哀れだな弱き者よ!」
「《フラッシュ》!」
「ぬっ!?」
エミーリア様は強烈な光を放つ魔法で目潰しをしかけた。
ステータスでは勝ち目のない化け物であろうと、ダメージを狙わないこの技ならば通用する。
良い判断です。
機転を利かせましたねと、褒めて差し上げたい。
ですが、そんな時間はないのです。
「ぐっ……!」
溢れる涙を拭う事もせず、私は走り出しました。
エミーリア様の決死の覚悟を無駄にする訳にはいかないと。
その一心で。
「必ず……必ず、助けを連れて戻ります!」
その事を絶対の誓いとして胸に刻み、私は一心不乱に洞窟の出口を、そして、その先にある王都を目指して走りました。
必ずや陛下にこの事をお伝えし、一刻も早く、エミーリア様をお救いできる援軍を連れて戻る為に。
私は走りました。
決して後ろを振り返らず。
ただ、ひたすらに走り続けました。
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