25 姫と従者のゴブリン退治

「やぁ!」

「ギギィ!?」


 エミーリア様のレイピアが、ゴブリンの喉を串刺しにする。

 すぐに引き抜いて振るわれた二撃目、三撃目で、他のゴブリンも危なげなく仕留めていく。

 最後に残った大物。

 巨体のホブゴブリンさえも、エミーリア様は危なげなく倒してしまわれた。


「ふふん。このくらい余裕ね!」

「油断しないでください。それに、雑魚を倒して良い気になっていては、お里が知れますよ」

「……それは、あなたなりの冗談なのかしら?」


 本気で言っています。

 しかし、エミーリア様のお里はこの国であり、もっと言えば国の中心部である王都。

 この表現は、適切ではなかったかもしれませんね。


 しかし、油断するなというのは、至極適切な助言でしょう。

 どんな強者でも、油断すれば死にます。

 エミーリア様に死んでほしくはない。

 いつも言っている事ですが、今回はより口を酸っぱくして言うべきでしょうか。


 そう考えていたのですが、その暇はなさそうです。


「……来ましたね」


 無数の足音が聞こえ、それからすぐにゴブリンの大群が現れました。

 ホブゴブリン以上の巨体を持つゴブリンの上位種、ゴブリンチャンピオンに率いられて。

 ゴブリンチャンピオンは、ゴブリンでありながら、魔王と戦う精鋭達に匹敵する力を持った強力な魔物。

 おそらく、これが今までの冒険者達を葬ってきた魔物達なのでしょう。

 これは、エミーリア様一人では荷が重いかもしれませんね。


「エミーリ……エミリー様、ここは二人で……」

「手出し無用よ! 私一人で十分だわ!」

「あ!?」


 言うが早いか、エミーリア様はお一人で突っ込んで行ってしまわれた。

 私の胃がキュッと引き絞られる。

 ああなってしまったら、エミーリア様は聞かない。

 助けてしまえば、凄まじく不機嫌になられる。


 幸い、荷が重いというだけで、決して勝ち目が薄い訳ではない。

 仕方ありません。

 ここは静観し、いざとなったら助けましょう。

 それまで私の胃が保てばいいのですが……。


「踊りなさい━━『フランチェスカ』!」


 エミーリア様が今まで振るっていたレイピアを鞘に戻し、ご自身の真装を展開させました。

 その形状は、鞘に戻した物と同じレイピア。

 ただし、華美な装飾が施された美しい真装です。


「《クイック》!」


 エミーリア様が、真装の専用効果『踊る姫君フランチェスカ』によって発動できる特殊なアーツを使い、加速します。

 そして、一直線に群れの中の一体、ゴブリンシャーマンを狙ってレイピアで突き殺しました。

 まずは遠距離攻撃を潰しましたか。

 正しい判断です。


「《ブレードスピン》!」


 続いて、回転しながらレイピアを振り回すアーツが発動。

 そこから発生したいくつもの斬撃が飛び、ゴブリン達を減らしていきます。

 しかし、さすがにチャンピオンは倒せず、ホブゴブリンも耐えました。


「グォオオオオオ!」


 チャンピオンが咆哮を上げながら棍棒を振り上げ、エミーリア様に襲いかかる。

 エミーリア様の防御力でまともに食らえば、一撃死もありえる程の攻撃。

 しかし、エミーリア様は回転しながら、流れるような動きでチャンピオンの棍棒にレイピアを添え、華麗に攻撃を受け流しました。

 

「《ツイストスティング》!」

「グォオオオ!?」

「《ツイストスティング・クインテッド》!」

「ギャオオオ!?」


 そのまま、反撃の連続突き。

 手首に回転を加え、それがアーツによって強化された突きは、チャンピオンの体にいくつもの風穴を空けていきます。


「グォオオオオオ!」


 しかし、さすがの生命力と言うべきでしょうか。

 チャンピオンはダメージを物ともせずに棍棒を振り回します。

 しかし、エミーリア様は冷静な判断で距離を取り、次の攻撃手段に魔法を選択。


「《ホーリーアロー》!」


 いくつもの光の矢がチャンピオンに突き刺さり、ついでに、いくつかはホブを貫いて絶命させました。

 チャンピオンにも、確実にダメージを刻んでいます。

 そして、エミーリア様は弱ったチャンピオンに駆け寄って行きました。

 走りながらジャンプし、レイピアを構え、その姿勢から次なるアーツを放ちます。


「《レインテンポ》!」


 刺突の雨がチャンピオンの体を穿ち、貫き、斬り裂き。

 そうして、ゴブリンチャンピオンは血塗れになって倒れました。

 エミーリア様は私の方を振り向き、満面の笑みでピースしています。

 ……可愛い。


「どうよ!」


 可愛い。

 ではなく、素晴らしい戦いでした。

 荷が重いと思っていましたが、結果はこの通り。

 エミーリア様は、凄まじい速度で成長しているという事でしょう。

 Lvも、技も。

 心は……ノーコメントで。


 しかし。


「まだ甘いですよ、エミーリア様」

「へ?」

「グォオオオオオ!」


 血塗れの体で起き上がったゴブリンチャンピオンが、エミーリア様に向けて拳を振り下ろしました。

 勝利の瞬間こそ、最も油断し、最も死にやすい。


 しかし、私の目の前で、むざむざと主をやらせはしません。


「ハッ!」


 私は踏み込みながら腰の剣を引き抜き、チャンピオンの首に向けて一閃します。

 チャンピオンの首が切断され、その断面から噴水のように血が噴き出しました。

 確実に絶命しているでしょう。


「エミーリア様、ゴブリンの生命力は凄まじいのです。これは他の魔物にも言える事ですが、しっかりとトドメを刺すまで安心してはいけませんよ」

「むぅ……」


 ああ。

 結局助けてしまったせいか、不機嫌になってしまわれた。

 頬を膨らませていらっしゃる。

 精神がこんなに未熟では、まだまだ戦場には出せませんね。


「先に進みましょうか。拐われた女性達を助け出すのでしょう?」

「わかってるわよ!」



 そうして、拗ねたエミーリア様と共に洞窟を探索する事、少し。

 私達は、目的の場所に到達する事ができました。

 しかし……


「うっ……!?」

「これは、酷いですね」


 エミーリア様の光魔法で照らされた場所にいたのは、裸に剥かれた上に傷だらけの女性達と、その女性達を弄ぶ大量のゴブリン達。

 あまりにおぞましい光景に、エミーリア様が顔を青くされた。


 ゴブリン達が私達に気づき、襲いかかってくる。

 このような悲劇、一刻も早く終わらせねばならない。

 そんな思いで、私達は剣を振るい、その場のゴブリン達を皆殺しにした。



 そうしてゴブリン達を殲滅し終え、傷ついた女性達に回復魔法をかけようとした、その時。


「何やら騒がしいと思えば。どうやら俺様の住み処に小虫が入り込んだようだな」


 そんな声が聞こえて来た。

 人のものとは思えない、暗く淀んだ声。

 途轍もない威圧感に満ちた、聞いているだけで冷や汗が出てくるような、異形の声。


 その声の方へ目を向ければ、そこには一匹のゴブリンがいた。


 ゴブリンとは思えない、強者のオーラを纏った一匹の魔物。

 それなりに修羅場をくぐり、鍛えられた戦士としての感覚が、全力で警鐘を鳴らす。

 あれには、勝てないと。


「俺様は魔王軍幹部、ゴブリンロードのギランだ。歓迎してやるぞ、小虫ども」


 そんな絶望的な事を告げる、ゴブリンロード。

 そして、その背後から、大量のゴブリン達が現れた。

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