24 姫と従者

「わかりました! その事件! このエミリーが解決してみせます!」


 ああ。

 またエミーリア様が妙な事に首を突っ込んでしまわれた。

 もう少し、ご自分のお立場を自覚していただきたいものだ。

 切実に。


「行くわよ、デニス!」

「はい、エミーリ……エミリー様」


 うっかり本名で呼びそうになってしまったのを慌てて訂正し、意気揚々と民家を飛び出すエミーリア様を憂鬱な気持ちで追いかける。

 また胃を痛める事態になりそうだ。

 そんな嫌な予感を感じながら。






 私の主、エミーリア・ウルフェウス様は、お名前からもわかる通り、このウルフェウス王国の王族だ。

 ウルフェウス王家の第三王女に当たる。

 そして、私はそんなエミーリア様の従者であり護衛。

 このお転婆な姫様を、幼い頃よりお守りしてきた。


 そのまま何事もなく成長されていれば、今頃エミーリア様は結婚相手でも探されていたのだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 二つの大きな事件により、エミーリア様の人生は普通の王族としてのレールから完全に外れてしまった。


 まず一つ目の事件は、エミーリア様が『真装』を発現してしまわれた事。

 真装を使える者は、人類の中でも極一部。

 そして、真装の力は強大だ。

 故に、真装使いというものは、重要な戦力として扱われる。

 

 何故、エミーリア様が真装を使えるようになったのかはわからない。

 真装は、習得に必要な修行法こそ確立されているが、誰がその力を発現するかはわからないのだ。

 己の中にある真なる力と向き合い、引き出す。

 その修行を行っても習得できない者が大半だし、逆に修行をせずとも真装を習得する天才というのも、極稀に存在する。

 エミーリア様は、その極稀に存在する天才だったのだろう。


 まあ、これだけならばまだよかった。

 むしろ、真装が使えるというのは、王族にとってもそれなりに価値のあるステータスだろう。

 才能によって、将来の選択肢が増えた。

 それくらいに思っておけばいいとは、当時のエミーリア様のお言葉だ。


 だが、二つ目の事件によって、そんな事は言っていられなくなった。

 その事件とは、今より10年前に起こった、世界を揺るがす大事件。


 魔王の誕生だ。


 魔物の王である魔王は、数百年に一度現れ、奴らにとっての敵である我々人類を滅ぼす為に暴れ回ると伝えられている。

 その度に、人類は女神様の使徒である勇者様の力を借り、多大なる犠牲を出しながらも魔王を退けてきたという。


 そして、それは此度も同じ事。

 女神様からの神託を受けた女神教によって、新たなる魔王の誕生が世界に伝えられた後。

 世界各国は、神託と同時に伝えられたという勇者召喚の魔法を使い、勇者様の召喚を試みた。

 結果、10年もの時間がかかり、いくつもの国が魔王の軍勢に滅ぼされたが、遂に我が国において、勇者召喚は成功したのだ。


 それはいい。

 勇者様の召喚は喜ぶべき事だ。

 しかし問題は、勇者様が召喚されたからと言って、すぐに魔王との戦争が終わる訳ではないという事。

 人類は勇者様を支え、勇者様が魔王を倒してくださるまで戦い続けなくてはならない。


 その為には、強い戦力が必要だ。

 当然、真装使いなんて貴重な戦力を遊ばせておく訳にはいかない。

 ……そう。

 エミーリア様は、守られるべき王族であるにもかかわらず、いずれ戦場に出る事を、父君である国王陛下より命じられてしまわれたのだ。


 とはいえ、国王陛下も鬼ではない。

 むしろ、あの方は情に厚いお方だ。

 娘を戦場に送るというのも、周りから指摘され続けた末に、それを見ていられなくなったエミーリア様ご自身から申し出た事。

 それを正式に命じたのも、陛下にとっては苦渋の決断だったのだろう。

 私に何度も「娘を頼む」と言われていた。

 陛下に言われるまでもない。

 エミーリア様は、この命に代えてもお守りする。


 とはいえ、さすがに、すぐ戦場に赴くという訳ではない。

 まずは訓練を積み、次に実戦経験を積んでLvを上げてからだ。

 今は、その実戦経験を積んでいる段階。

 そして、経験値の分散を防ぐ為に、護衛の中で最も強い私との二人旅となった訳だ。


 しかし、エミーリア様の提案により、レベル上げのついでに困っている国民達を救済する事になってしまった。 

 いや、それ自体は良い事なのだが、毎回、危険を顧みずに飛び出して行くエミーリア様の姿は、見ていて冷や汗しか出ない。

 胃が痛い。

 もう少しご自身のお立場を自覚して、命を大切にしていただきたいものだ。

 切実に。






「むむ! デニス! 私はあの洞窟が怪しいと思うわ! 入るわよ!」

「エミーリア様、くれぐれもお気をつけてください」

「今はエミリー! そんな事、言われなくてもわかっているわ!」


 見つけた洞窟に向かって一直線に駆けていくエミーリア様を追いかけながら、私は気を引き締めた。

 今回立ち寄った村、マーヤ村で引き受けた仕事。

 それは、最近この村を頻繁に襲い、家畜や女性を奪っていくゴブリンの討伐。

 一見、ゴブリンなんて雑魚を相手にする簡単な仕事に思えるが、実際にはとんだ地雷案件だ。

 私達の前にこの依頼を受けた冒険者達がいたそうだが、誰一人として帰らないらしい。

 行方不明の冒険者の中には、私達と同じ真装使いもいたとか。


 危険な仕事だ。

 だが、魔王との戦いはもっと危険なものとなるだろう。

 ならば、こんな所で怖じ気づいてはいられない。


 私は改めて気を引き締めた。

 何があっても、どんな事があっても、この親愛なる主をお守りできるように。

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