19 第二階層の脅威
『うっ……! あっ……!』
剣士の女がゴブリンどもに服を剥ぎ取られ、くぐもった悲鳴を上げながら、ズッコンバッコンと
侵入者との戦いで数を減らしたとはいえ、それでも残りのゴブリンは10匹くらいいる。
チャンピオンが一匹と、シャーマンが一匹、あとは普通のゴブリンが八匹だ。
ホブはさっきの戦闘で、チャンピオンの盾にされて全滅した。
そして、今は群れの中で一番偉いと思われるチャンピオンがお楽しみ中だ。
チャンピオンが満足したら、次はシャーマン、その次は普通のゴブリンの順で、剣士の女はまわされるのだろう。
モニター越しに見てるだけで吐き気がしてきた。
「うえ……」
吐き気を堪えながらモニターを切る。
……もしリビングアーマー先輩がいなければ、いや、このダンジョンマスター生活で一歩でも間違っていれば。
あそこにいるのは私だったかもしれない。
そう思うと、トラウマが疼いて冷や汗が出てきた。
水でも飲んで落ち着こう。
コップに魔道具で水を入れ、それを一気に飲み干す。
「ふぅ」
落ち着いた。
落ち着いたところで、もう一度モニターを開く。
監視先はゴブリンのお楽しみ会場ではなく、逃げた3人の所だ。
どうやら、3人はあの後第一階層の迷路を走破してしまったらしく、今まさに第二階層の入り口へと入って行くところだった。
なんで進むの?
戻ればいいのに。
馬鹿なの?
死ぬの?
そして、前に設定した通り、第二階層への侵入者が現れた事で、メニューのアラームが鳴り響く。
それを解除しながら、私は随分増えてきたゴーレム部隊に命令を下した。
さあ、仕事の時間だよ。
◆◆◆
なんなんだ。
何がどうしてこうなった?
僕がいったい何をしたというんだ?
「うっ……ケホッ! コホッ!」
体を蝕む毒に耐えきれず、クララが血の混じった咳をする。
そんなクララに、アナが回復魔法をかけようとした。
何をやっているんだ、この馬鹿が!
「やめろ!」
「……はい」
奴隷紋による命令により、アナは発動しようとしていた魔法を止めた。
まったく。
この状況で、大して役にも立たないクララを助ける為に貴重なMPを使ってどうする。
そのMPは、僕を助ける為に温存するべきだろうが!
「くそ!」
苛立ち紛れに、僕は岩壁を殴りつけた。
岩壁が多少砕けるだけで、なんの解決にもならなかったが。
いつの間にか、洞窟の中全体に漂っていた毒の霧。
これのせいで、すこぶる体調が悪く、頭がクラクラとして上手く回らない。
そんな正常に働かない頭で、僕はここに至るまでの顛末を思い出す。
何故、こんな事になってしまったのかを。
最初は、ただの冒険者ギルドからの依頼だった。
ボルドーの街最強の冒険者にして、唯一の真装使いである僕に、ギルドから特別依頼があったのだ。
曰く、熟練の冒険者としてそれなりに活躍していた男が、マーヤ村へと戻って来ない新人のパーティーを探しに行ったきり消息を絶ったとの事。
おそらくは、死んだのではないかと言われていた。
僕としては興味のない話だったが、依頼となれば受けてやらなくもない。
行方不明になった冒険者は、ギルドでもその腕をかなり評価されていたらしく、そいつを殺しうる何者かがいた場合、真装使いの僕にしか対処できないとも言われたしな。
丁度いいから、僕の事を魔王との戦いから逃げ出した臆病者と馬鹿にする馬鹿どもを黙らせてやる機会だと思って、僕はこの依頼を受けた。
依頼内容は、行方不明の冒険者の捜索、及び、その原因となったものの調査、あるいは排除だ。
少し長丁場になりそうだったから、性奴隷として購入した奴隷達も連れて来た。
村に置いておいて、下郎に手を出されるのも嫌だったから、調査にも連れて来たがな。
幸い、ハンナは落ちぶれて借金をこさえた元駆け出し冒険者。
顔だけ見て買ったが、戦闘でも役に立たない事はないだろう。
アナは、どこかで魔導書を読んだ事があるのか、買う前から簡単な回復魔法を使えた。
回復ポーションの代わりにはなる。
クララは……まあ、荷物持ちだな。
そうして3人を引き連れ、マーヤ村近くの森を探索している時、この洞窟の入り口を見つけた訳だ。
調査の一環として、僕は特に気負いもせずに中へと足を踏み入れた。
それが地獄の入り口とも知らずに。
洞窟の中にはゴブリンがいた。
それくらい、僕どころか駆け出し冒険者であっても容易く倒せる相手だ。
歯牙にもかけずに殺しながら進んで行くと……そこには一際大きいゴブリンを中心とした、ゴブリンの群れがいた。
群れのボスと思われるゴブリンは、凄まじい強さだった。
この僕でも、真装を使わなければ太刀打ちできないと思わされる程に。
なるほど、行方不明の冒険者を殺したのはこいつだったのかと納得した程だ。
だが、それでも、その時の僕には余裕があった。
真装を使えば負けはしない。
僕の真装『アキレウス』は無敵だ。
そう思っていた。
しかし、そのゴブリンは予想以上にしぶとく、周りのゴブリンどもも邪魔で、これ以上続ければMPが切れて敗北もあり得るという状況にまで、僕は追い詰められた。
あそこで逃走を選んだのが、間違った判断だとは思っていない。
冒険者は、命あっての物種だ。
結果として、お気に入りの奴隷であるハンナを囮として使い潰すという事態になってしまったが、僕は生き残った。
あの反抗的な娘を屈服させる快感をもう味わえないのは残念だが、性奴隷くらい代わりはいくらでもいる。
また似たような奴隷を買えばいい。
今はギルドへと生きて帰り、あのゴブリンの情報を伝えて依頼を達成させるのが先だ。
そう思い、出口を目指して洞窟の中を進んでいたのだが、いつの間にか毒の霧が漂ってくるようになった。
もしかしたら、あの下り坂を進んだのが間違いだったのかもしれない。
あのゴブリン達ともう一度遭遇しないようにとの判断だったが、失敗だっただろうか?
戻ろうにも、ゴブリン達から逃げる時に走り回ったせいで、マッピングは狂ってしまっている。
進むしかない。
その内、毒の霧だけでなく、毒液が上から降ってきたり、毒の塗り込まれていそうなトラップが現れるようになった。
しかも、ゴーレムまで襲ってくる始末。
そこでようやく気づいた。
この洞窟が、洞窟に偽装したダンジョンだったという事に。
だが、気づいた時にはもう遅い。
まず最初に、ゴーレムに襲われてクララが死んだ。
助ける余力がなかったからと、僕が見捨てた結果だ。
その決断に後悔はない。
そして次に、アナが死んだ。
自分の回復よりも僕の回復を優先させていたから、これも当然の結果か。
荷物持ちがいなくなり、僕は真っ暗な洞窟の中を、自分の手で持ったカンテラで照らしながら進む事を余儀なくされた。
そうしている内に、今度は解毒ポーションがなくなった。
こんな事態になるとは想定しておらず、元々少ししか持ち合わせがなかったんだ。
仕方がない。
毒で減っていくHPを何とかする為に、『アキレウス』を常に顕現させる事にした。
これなら、HPの自動回復で十分にダメージを相殺できる。
だが、毒による体調の悪化までは防ぎきれない。
もうずっと頭痛と吐き気に襲われている。
おかしくなりそうだ。
そして遂に、MPポーションまで尽きた。
これでは『アキレウス』の消費MPを補う事ができない。
MP自動回復のスキルは持っているが、それでは回復量がまるで足りないのだ。
「死ぬ……のか……?」
僕は、ここで死ぬのか?
真装使いで、天才と呼ばれたこの僕が。
こんな所で。
何もできずに。
誰にも知られずに。
絶望が心を襲う。
だが、まだ神は、女神様は僕を見捨てていなかったらしい。
残りのMPが半分を切った頃、それが僕の目の前に現れた。
「扉……?」
弱りきった僕の目の前に現れたのは、古めかしい大きな扉。
僕は、藁にもすがる思いで、その扉を開けた。
そこには、漆黒の鎧に身を包んだ、1人の女剣士がいた。
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