12 熟練冒険者の脅威
……ヤバイ。
この侵入者、予想以上に強い。
私がこれまで鑑定してきた敵の中で、最強のステータスを持つホブゴブリンが為す術もなく瞬殺された。
そのおかげで少しDPが入ってきたけど、喜ぶ気にはなれないわ。
この侵入者、ステータスもそうなんだけど、それ以上に技術が凄い。
剣の扱いにも、盾の扱いにも、まるで武術の達人みたいなキレがある。
さすが、武器スキルのLvが高いだけの事はあるわ。
武器スキルは、スキルLvが高い程、対応する武器を自在に扱えるようになる。
そして、この侵入者はこの前の三人と違って、中年の戦士だ。
すなわち、年季の入った戦いの経験を持ってる。
それに対して、リビングアーマー先輩は生まれたてホヤホヤ。
当然、武器スキルも持ってない。
というか、無生物系モンスターは成長しないから、これからもスキルは取得できないと思うけど。
ついでに、トラップを使ってサポートする私も、戦いの経験なんて殆どないド素人。
……これは、もしかしたら、リビングアーマー先輩とのステータス差すらひっくり返されるかもしれない。
しまった。
こんな事なら、リビングアーマー先輩の強化にDPを使っておくんだった。
というか、あんな強い奴が、どうしてただの洞窟に来るの!?
しかも、こんな絶妙なタイミングで!
おかしいでしょ!?
でも、文句を言ったところで、侵入者が歩みを止める事はない。
どんどんボス部屋に近づいて来る。
ゴブリンだけ殺して去ってくれという祈りは届かなかった。
現実は無情だ。
でも、ここまで来たら、やるしかない。
覚悟を決めよう。
「ふぅー……」
私は緊張ごと吐き出すような気持ちで息を整え、迎撃に向けて気を引き締めた。
そして、前と同じように、リビングアーマー先輩を不意討ち可能なポイントに配置した。
◆◆◆
「扉?」
マッピングをしながら洞窟の中を探索していると、妙な物を発見してしまった。
古びた扉だ。
洞窟の中に人工物とは、少々怪しい。
ゴブリンどもが作ったという事はないだろう。
奴らに、こんな物を作る技術はない。
だとすると、
「まさか……ダンジョンか?」
そう口には出してみたが、その可能性は低いと思い直す。
俺は他のダンジョンに潜った事があるが、こことはまるで雰囲気が違う。
ダンジョンというものには必ず、モンスター、トラップ、宝の三つがあるものだ。
この洞窟にはモンスターしかいないし、ここをダンジョンとする根拠はこの扉一つだけ。
これをダンジョンとは呼ばないだろうし、こんな実入りの欠片もないダンジョンには、余程の物好きしか入らないだろう。
この扉だって、昔ここに誰かが手を加えたと考えた方が、まだ自然だ。
「……だが、警戒はしておくか」
ここに来るまで、あいつらの痕跡はなかった。
死体すら出てこない。
となると、考えられる可能性としては、この扉の先に足を踏み入れたか、もしくは洞窟の外に出たのか。
後者であってほしいが、前者の可能性の方が高い。
ならば、踏み込むしかないだろうな。
俺は周囲を警戒しながら、そっと扉に手をかけた。
両開きの扉の片側に手をかけ、そこに張り付きながら慎重に開く。
扉は、その古ぼけた外見通りギギギと鈍い音を立てながら、ゆっくりと開いていった。
俺は、扉の開いた部分から中を覗いた。
そこそこ広い空間が広がっている。
だが、逆に言えばそれだけだ。
少し拍子抜けしながらも、まあ、こんなもんかという気持ちで、俺は扉の中に足を踏み入れる。
━━その瞬間、バンッ! と大きな音を立てて扉が閉まった。
そして、扉の陰から、鉛色の刃が俺に向かって振り下ろされた。
「ッ!?」
咄嗟に盾を使って攻撃を受け止める。
重い!
この襲撃者、力は俺以上か!
たまらず距離を取って態勢を立て直そうとして、大きく後ろへと飛び退く。
だが、
「なっ!?」
急に足下が崩れた。
落とし穴だと!?
そこに落ちる前に、何とか体を捻って転がり落下は回避したが、今度はどこからか飛来した矢が俺に襲いかかる。
咄嗟に盾で受け止めた。
そうしたら、今度は音もなく天井からギロチンが降ってくる。
「《シールドウォール》!」
盾のアーツを使って、それを防ぐ。
だか、次はさっきの襲撃者が再び襲ってきた。
真っ直ぐに振るわれた剣を、この崩れた体勢では防ぎきれず、直撃を避けるのが精一杯。
剣で何とか軌道を逸らした結果、相手の剣は俺の足を深く斬り裂いた。
「ぐっ……!」
痛みを堪えながら、残った片足に力を籠めて襲撃者を蹴り飛ばし、その反動で距離を取った。
そして、何とか立ち上がる。
「お前! 何が目的だ!?」
時間を稼ぐつもりで、襲撃者へと語りかけた。
相手は、全身鎧を身に纏った男。
そして、強い。
確実に俺以上のステータスを持っている手練れだ。
俺だって、戦場で華々しく魔王の軍勢と戦う奴らには到底及ばないが、長年冒険者を続けてLvを上げてきたんだ。
俺は決して天才ではないし、真装も使えないが、冒険者としては一流だと自負している。
そんな俺を超える奴が、何故かこんな洞窟の奥にいて、しかもトラップまで使って殺しにきている。
訳がわからん。
そして……
「チッ! 聞く耳持たずか!」
鎧の男は、問答無用とばかりに再び襲いかかってきた。
右手に剣を、左手に盾を持つという、奇しくも俺と同じスタイル。
鎧の男は、右手に持った剣を真っ直ぐに引き、正確な突きを放ってきた。
「むん!」
だが、正確すぎて狙いが丸わかりだ。
盾を上手く使って、突きを受け流す。
こいつ、ステータスは凄いが、技術はそうでもない。
ならば!
「《シールドバッシュ》!」
盾による打撃のアーツを、鎧の男の胸にぶち当て、体勢を崩す。
攻撃の直後じゃ、せっかくの盾も使えないだろう!
そして!
「《ストライクソード》!」
お返しとばかりに、俺はアーツの突き技を鎧の男にぶちかましてやった。
鎧の男が、その衝撃によって吹き飛び、壁に叩きつけられる。
ソロの冒険者を続けて30年。
それでも通用するようにと磨き上げた戦闘技術だ。
これだけは誰にも負けん!
だが……!
「か、硬い……!?」
俺の渾身の攻撃は、奴の鎧に僅かに皹を入れる事しかできなかった。
なんという強度の鎧だ。
見た目はただの鉄にしか見えないというのに。
もしやあの鎧、真装か?
いや、というよりも、むしろ……
「まさか……魔物か?」
鎧の男の正体について考えついた瞬間、またしても、どこからともなく矢が飛来した。
だが、今度は余裕を持って盾で防ぐ。
片足がやられて避けられないのが辛いが、戦えなくはない。
そして、再び鎧の男が突撃してくる。
今度は、盾を全面に構えた体当たり。
俺は、無事な足を軸に回転し、その力を受け流した。
そして、剣での打ち合いになる。
鎧の男の動きは、どこか不自然だった。
動きはやたらと正確なのに、そこに戦士特有の読み合いも駆け引きもなく、ただ決められた通りに動いているかのような、そんな印象を受ける。
それ故に、ステータスで劣り、片足を負傷した状態の俺でも何とか戦えている。
やはりだ。
奴の動きからは、人間らしさを感じない。
まるでゴーレムでも相手にしているかのようだ。
ならば、こいつの正体は……もしやリビングアーマーか?
俺は遭遇した事がないが、
こいつがリビングアーマーで、ここがダンジョンだとすれば、さっきから飛んで来る矢も、天井から降ってきたギロチンも、突然閉まった扉も、落とし穴も、全てに説明がつく。
それに、ダンジョンの中に死体は残らない。
これで、あいつらの死体が出てこない事にも説明がついてしまう。
つまり、あいつらは、このダンジョンに殺された可能性が高い。
「……仇は取ってやる」
俺は決意を固めた。
その確固たる意志が、俺を強くする。
リビングアーマーの攻撃を見切り、確実にカウンターを当てていく。
それによって与えられるダメージは、微々たるものだ。
だが、この微々たるダメージを積み重ねて倒す以外、俺に勝機はない。
いつもの俺であれば、自分が死んでも誰も悲しまないと思っているソロ冒険者としての俺ならば、既に心が折れていたかもしれない。
だが、後輩の仇を何としても討ってやると決めた、先輩冒険者としての俺の心は、決して折れなかった。
リビングアーマーの剣を受け流す。
盾を封じる。
カウンターを当てる。
矢を防ぐ。
そうして、どれだけ戦い続けたのだろうか。
集中していた時間は長く感じたが、実際には数分しか経っていなかったのかもしれない。
そのタイミングで、突如リビングアーマーの動きが止まった。
俺との距離を空けたままに停止する。
追撃をかけたいが、この足ではそうもいかない。
そうして、俺が訝しげにリビングアーマーを見ながら警戒していると、━━突然、今までとは比べ物にならない量の矢が飛来した。
「ッ!?」
それを何とか盾で防ぎ、剣で叩き落とすが、雨あられと降り注ぐ矢を全てどうにかする事はできなかった。
何本かは確実に体に突き刺さり、俺を弱らせていく。
リビングアーマーは動かない。
全ての攻撃を矢に任せたかのように、静観に徹している。
これでは、どうにもならん!
苦肉の策で残った片足を使い、リビングアーマーに突撃を敢行すれば、リビングアーマーはそれに合わせて逃げていく。
今までと違い、明確な知性を感じさせる動き。
何が、どうなって……
それでも必死にリビングアーマーを追いかけていると、天井からギロチンが降り、床から剣山が生え、吊り天井が俺を潰そうとする。
それを何とか避ける度に傷付き、矢に当たり、出血によって意識がボヤけていく。
そして最後に、床が音もなく伸び上がった。
傷付いた体では、その場から飛び退く事もできず、俺の体は凄まじい勢いで天井へと向かっていく。
俺は自分の死を悟った。
あと一秒もすれば、俺は天井との間に挟まれて、潰れたトマトのように死ぬのだろう。
今際の際に頭に浮かんできたのは、英雄になるのだと息巻いていた後輩達の顔。
こんな俺を素直に尊敬してくれた奴らの顔だった。
「……すまん」
お前らの仇を討てなかった。
その事を後悔しながら、俺はダンジョンの天井に叩きつけられ、血の染みとなって、この世を去った。
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