第2章:コルテン=コラ外郭防衛戦7

 一体何体屠っただろうか。

 手は鉄の塊のように重い。首は鉛のように動かない。

 アライエの体液を浴びすぎたために、ストリングスのセンサー類は異常数値を叩きだしている。


 ひょろりとガーラ型が立ちふさがる。

 レナータはこれを一振りで切り伏せる。

 それから、背後には別のガーラ型が迫った。

 がしっと身体を捕まれたので、咄嗟にもがく。


 身体の体力はみるみる減っていくのを実感した。

 ガーラ型の肢体を解くことができない。

 逆噴射する空気圧を最大にし、ガーラ型の表皮を焼いた。


 じゅうじゅうと音を立てて、ガーラ型は次第にオレンジ色に変色し地面に倒れた。そこに、なけなしの力で軍刀を突き刺す。


 限界が近い。

 レナータにはそれが分かった。

 周りの隊員達も同様に息を切らしながらも複数で身を寄せ合って、ガーラ型の猛攻を凌いでいる。

 パイルランチャーの弾数も残りわずかであった。

 マーク少尉の姿が見えた。新米だが、ここまで生き残るとは。

 レナータは部下の様子を眺めながら、安堵の吐息を漏らす。


 「レナータ!親玉が見つかった。」久しぶりの声だった。

 司令官クーゼの声。


 「どこだ。」レナータは短く答えた。

 狩人としての意識が彼女の脳内を満たす。


 クーゼは前進しろと言ったので、レナータはバッテリーを最大稼働させ、文字通り跳んだ。


 雑魚に興味はない。

 レナータは降りかかるかぎ爪や荷電粒子砲の光をかわしつつ、進んだ。その先に、奴らの司令塔がいる。

 必ず殺さなければならない。


 途中、彼女は軍刀を落とした。

 ガーラ型の体当たりを受けたせいでバランスを崩してしまったためだ。


 「くそっ。」レナータは舌打ちした。

 軍刀は後方50mまで飛ばされた。取りに行く選択肢はあった。

 軍刀がなければ、アライエの硬い金属表皮をえぐることは困難だ。

 だが、取りに行く時間は致命的なロスになる。


 立ち止まっている間にも、勝機はなくなるのだ。

 なら、進むしかない。


 レナータは拳を握りしめ、立ち上がる。

 バッテリーはまだ残っている。

 あと30m程度であれば全速力で風になることができよう。


 「やってやるさ。ここで全てを終わらせる。」

 レナータは唇を噛み、風となって駆けた。


 そのとき、ヘッドギアのマウントディスプレイARに目標座標を示した。

 眼前には、タンク型が6体。

 その最奥には目指すべき司令塔だ。よく見ると、その司令塔の個体は殆どタンク型と同様の形状であったが、それは砲塔を備えていなかった。


 後は、どのように撃墜するかだ。

 目の前には5体のタンク型が取り巻く。

 それぞれが射撃を一斉に行うとすれば被弾は免れない。

 だが、回避に専念すれば、親玉に近づけない。

 タンク型の1体が先制射撃を放った。

 1体の射撃であれば、躱すことは容易だ。

 だが、ここで他2体が一斉射撃を繰り出す。

 咄嗟の判断で、バックステップ。

 寸でのところで攻撃を躱す。

 そして、地面を蹴る。瓦礫を駆けた。

 彼女は先制射撃を行ったアライエへ急接近した。


 「直ぐに2回目の射撃はできないはずだ。」

 レナータの判断は正かった。

 現に、射撃を終えたアライエは一瞬の無防備状態になる。

 射撃を終えたアライエをひとつひとつ渡っていく。

 まるで、奴らを隠れ蓑とするように飛び飛びに、レナータはアライエの頭部を蹴り上げ、さらに別のアライエの懐に入り、次の一手を考える。


 親玉は目の前だった。

 そのとき、レナータのヘッドギアにノイズが走る。

 「隊長、お届け物です。」通信の主はマーク准尉だった。

 彼は、レナータから50m離れたところいた。

 彼はパイルランチャーを構えている。


 レナータは不適に笑った。ナイスだよ、マーク。

 心は戦場の麻薬に満たされる。


 「来い!」レナータは叫ぶ。

呼応して、マークは一発のタングステン弾を放つ。

 その鉄の矢は親玉の懐に吸い込まれたかに見えた。


 しかし、一瞬のところで射角が外れた。

 親玉の金属表皮に傷を付けるも、貫くこと能わず。

 ビー玉のように跳ね返り、明後日の方角へ向かってしまった。


 「くそっ!!」マークが悔しがる声が聞こえた。


 「ありがとう、マーク。十分だ。」

 レナータは迷わず、親玉の懐に潜り込んだ。

 それから、先のタングステンにより開けられた傷穴を見た。

 金属表皮は小さい範囲であったが、確実に抉られて、迷路のようにぐちゃぐちゃした金属の内腑があらわになっていた。


 レナータはすかさず、その傷穴に携帯用コンバットナイフを突き刺した。

 単なる対人仕様の武器だ。ナイフを付き立ってて、金属表皮の内部をえぐり出す。

 ぐちゃぐちゃと甲高くも不快な金属音が響いた。ナイフの刃先はアライエの身体の奥まで吸い込まれた。

 そして、奥まで刺さったところでレナータは手首をぐりぐりと回して、アライエのはらわたを強くかき回した。


 アライエはうめき声こそあげないが、肢体をじたばたとさせて必死の抵抗を試みる。


 「お前も死ぬのが怖いのか?」

 レナータは否応なくナイフを突き刺す。

 ナイフを抜いて、さらに突き刺す。

 突き刺す。突き刺す。抉る。この繰り返しである。


 アライエは動きを止めた。

 充電切れになったドローンのようにぴたっと動きを止めた。

 目の前にいたタンク型は只、呆然とその場にいた。砲塔を構える動作はなく、その場にいるだけだった。


 ガーラ型の大群は蜘蛛の子を散らすように各々が思い思いに動き始めた。


 隊列や戦術などみじんも感じられない不規則な動きだった。

 総じて彼らは人間に興味を失い、あらぬ方向へ動いていった。


 大将首を討ったことで、アライエはまるで子供のようにうろうろしている。


 状況を見るに、クーゼの仮説は正しかった。これで、アライエの大群を挫くことに成功したのだ。

 「我々の任務は終了した。今のうちに撤退するぞ。」

 レナータの指示に呼応し、機動歩兵はコルテン=コラの方角へ向かった。

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